プリンセス探偵執事・2

プリンセスと執事のメカニカル女衒稼業。続かない。

「おいリカルド、しごとだ! 肩車しろ」
大声で呼びつけられ、リカルドは渋々といった様子でやってくる。もっとやる気を見せたらどうだ、とマイヒメは拳を振って文句を言ったが、リカルドの肩ほどもない身体では立派な成人男性の体格を持つリカルドへ恐怖感を与えるには至らなかった。
「なんなんです? それとリカルドって呼ぶのやめていただけません? リチャードって呼んでください。それが私の名前なんですから」
「うるせえな、この短い舌でリチ、リチュ、リッ……発音できるわけないだろ! りっちゅってよばれたくないだろ? だったらおまえはリカルドだよ! おれがそうだといったらな!」
「はあ、そうですか……いえそれよりも、あなたって舌が短いんですか?」
「え、な、なんだよ藪から棒に……おれのこの発音を聞けばわかるだろ、へんな事聞くなよ」
マイヒメは居心地が悪そうに俯いて唇を尖らせた。急にしおらしくなったマイヒメに、リカルドは戸惑いの色を見せた。
「あなたが言い出したことでしょう? それともなにか、私の知らない符丁でもあったりするんです?」
「んなことおれがしるかよ、それより早くおれの用事を聞いてくれ、クビをいいわたされたくなきゃな」
「はいはい。ご用件は肩車でしたか」
「そうだ、そこに立て、いや、もうすこし右だ。右だっていったろ、そっちは左だ。そうだ、そこでおれを肩車しろ」
執事は少女を抱え上げて肩に乗せた。厚ぼったいスカートの布が黒い肩にまとわりつく。ドールラブはリカルドの肩に体重を預けたまま壁に張り付いて何か作業をしているようだった。
「何をしていらっしゃるんですか」
「たいして興味ねえくせに聞いてくるよなインギンブレイ。仕事だよ、『マイヒメ・ドールラブ』は忙しいんだ。客はいつだっているからな、やすむひまもないぜ」
もうかっちまうな、とマイヒメは言う。リカルドは揺らさないよう、肩をすくめることの代わりになる返事を探した。
「……客ねえ……」
天井からぶら下がる小さな胴体の数々を見遣り、執事はぼんやりと言う。ドライバーを握ったままのドールラブはリカルドの方を見やり、少し考え込むように言葉を止めた。
「おまえは詳しくしらねえだろうが、こう見えても政府認可販売の店だぜ。一点の曇りなく合法なのはここだけだし、ほしいってやつは大枚はたいて買っていく。まあ通販が多いけどな。ちょっと失礼」
肩を踏み台にし、少女は少し高い位置にある壁棚に腰を落ち着けた。靴下だけの足をぶらつかせながらシリコンの塊を手に取って眺め回すのが見える。執事は息を吐いて、仕事は終わったとばかりに椅子へ座った。身体が軽いものの特権だな、と思いつつ、ハードカバーを手に取る。ずっしりとしたフルカラーの百科事典は、マイヒメよりかは軽かった。執事が中程まで読み進めた頃、けたたましい音で電話が鳴った。ドールラブは手の中の半田ごてと棚板から床までの距離を目で測り、リカルドを呼んだ。飛び降りるには高すぎる距離だった。
「リカルド! 代わりに出てくれ!」
「ええ。承りました」
リカルドは歩いて行ってペンとメモと受話器を順番に取った。
「はい。こんにちは、こちらインプリンティング・プリンセス。マイヒメ・ドールラブ代理です。……ええ、はい、ええ。ええ、お伝えしておきます。では」
「なんだって?」
「型番20-F-wm-FCの方です。頭部オプションが気に入ったのでもう一つの方もほしいそうで」
「わかった。ありがとう。もう一つって言うとFRか、同色パーツの在庫あったか? あー、どうだっけか……wm-FRだろ……?」
「いえ、色は直接見て選びたいとのことです。近日、営業時間中に来ると」
ドールラブはいやそうな顔をした。
「……なにか因縁が?」
「ちっげえよ、わかってねえなあ。いいか、リカルド、客商売やってるにんげんってのはなあ、店にくる客がきらいなんだよ!」
リカルドは少し、表情をこわばらせた。
「おまえも、そのうちわかるようになる。や、わかんねえならそっちのがずっといい。一生わかんねえといいな! そうだろ!?」
口を開けてけたけたと笑うマイヒメに背を叩かれ、リカルドは渋い顔で『そうですね』と言った。

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