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ひとつひとつの感情がきらきらと輝きを放ちながら私たち観客の心の中に降り積もっていく…★劇評★【ミュージカル=生きる(2018)】

 『七人の侍』や『乱』『蜘蛛巣城』『用心棒』『隠し砦の三悪人』などが世界的に評価されているために、現代の若い映画ファンの中には、黒澤明が「時代劇の巨匠」だと思っている人がたくさんいる。それはもちろん間違いではないのだが、むき出しの人間性が激しくぶつかる『天国と地獄』や原水爆への恐怖に憑りつかれた男の悲しい悲劇譚『生きものの記録』、やくざと貧しい医者の交流を描いた『酔いどれ天使』などその実力は現代劇において顕著に表れていると言っても良い現代劇作家である。中でもその才能がいかんなく発揮され、世界から絶賛を受けたのが『生きる』だ。定年まであと少しを残して本当に役人がやるべきことに気付いた老人が命の最後の日々を燃やす物語は、ペーソスにあふれ、人生の何たるかをしみじみとした筆致で描き、世界を涙させた。その映画史に残る名作がミュージカル化され、連日、ミュージカル「生きる」として上演されている。黒澤があらゆる映画テクニックを駆使して描いた特徴的な登場人物の心情や感情が、ミュージカルの舞台では、歌や楽曲として描き出され、より情緒的な流れを生み出している上、繰り出される演劇的なマジックが、昭和の風俗や人々の営みを立体的に組み上げていき、ひとつひとつの感情がきらきらと輝きを放ちながら私たち観客の心の中に降り積もっていく効果を上げていた。黒澤作品がミュージカル化されるのはもちろん世界で初めて。これを見逃すという選択ははっきり言って、ない。演出は宮本亜門。作曲・編曲はジェイソン・ハウランド。脚本・歌詞は高橋知伽江。
 ミュージカル「生きる」は10月8~28日に東京・赤坂のTBS赤坂ACTシアターで上演される。

★ミュージカル「生きる」公式サイト

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