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漂流していたのは自分の方だったのか…★劇評★【舞台=ペーパームーン(2018)】

 亡くなった方への手紙やいろんな事情から出せない手紙、そして行方の分からない人への手紙、そんな宛先のない手紙を届ける先として、現代美術家、久保田沙耶が美術作品として創った「漂流郵便局」は、久保田が美術祭に出品する作品の着想を得ようと訪れた香川県・粟島で出会った旧粟島郵便局で感じた「ここに流れ着いた」という感覚がきっかけになっているが、私も同じようなことを感じたことがある。本州の太平洋岸で流木を拾い集めてはアート作品やインテリアとして生まれ変わらせる職人を取材に訪れた時だった。「何年もかかって日本に流れ着いたんですね」と流木に触りながらつぶやいていた時に、その職人の男性は私の心を見透かしたかのように「流れ着いたのはあなたの方かもしれませんよ」と言ったのだ。今もその時自分の心の中に起きた「コペルニクス的転回」を鮮明に覚えている。久保田にも私にも訪れたのは「漂流していたのは自分だったんだ」という感覚。おそらく現代人の多くが抱いている気持ちだろう。この「漂流郵便局」をモチーフにしつつも、漂泊や惜別の思いだけではない、なんとも人生の温かみと素晴らしさを感じさせる演劇作品が誕生した。劇団民藝が上演中の舞台「ペーパームーン」である。元NHKディレクターで脚本家・劇作家の佐藤五月が描き出したペーソスあふれる物語を劇団民藝の演出家、中島裕一郎が現代感覚あふれる端正な演出で紡ぎあげていくこの作品は、私たちに「生きていくこと」の大きな意味をそっとささやいてくれるような上質な作品に仕上がっている。
 舞台「ペーパームーン」は6月20日~7月1日に東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターTAKSHIMAYAで上演される。

★舞台「ペーパームーン」公演情報
http://www.gekidanmingei.co.jp/performance/2018papermoon/

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