_父と暮せば_舞台写真_まんじゅう差し出し伊勢山崎

繊細な演技が激しく揺らす魂…★劇評★【舞台=父と暮せば(2018)】

 引っ越しのために荷物を整理していて古ぼけた広島原爆資料館(正式には広島平和記念資料館)の冊子を見つけた。実はこれは大変な大発見だった。自分では「小学2年生の時に広島で原爆被害の展示を見て、その後の反戦への思いが固まった」ことをよく覚えていた。その時7歳の子どもながらに「いたかったやろな、かなしいな、ぜったいあかん、こんなんあかん」と思ったことも明確に覚えているのだが、裏付けになる証拠がなかった。しかし今回発見したパンフレットには、昭和42年(1967年)、つまり私が小学2年生だった年の日付の書き込みがあった。その時以来、原爆や戦争への激しい怒りと憎悪を育んできた私だが、新聞記者になって若い女子高生たちに戦争について取材をする機会があり、「えっ、日本が戦争で負けたのはアメリカなの?」と素直に聞き返された時のショックは何とも大きかった。原爆だけではなく、戦争そのものも恐ろしいスピードで風化しているのだ。そんな世間の風潮の中、1994年に井上ひさしが生み出し、二人芝居の傑作として上演され続けている「父と暮せば」は広島への原爆投下で被爆しながらも生き抜いた娘と、彼女を見守る父親の物語。原爆の非人道性や悲惨さだけでなく、人々の人生にどのような影響を与え、生存者にもどれほどの心の傷を与えたかを痛切に描き出し、原爆や戦争の記憶を時代ごとに新たな記憶として更新していく力に満ちている作品だ。その「父と暮せば」が今、これまでのキャストを一新して上演されている。初演以降、すまけい、前田吟、沖恂一郎、辻萬長が演じ継いできた父親役を山崎一が、梅沢昌代、春風ひとみ、斉藤とも子、西尾まり、栗田桃子が演じてきた娘役を伊勢佳世が新たに演じる最新版は、演劇界の中でも演技派として鳴らしてきた2人の繊細な演技が観る者の魂を激しく揺らし、心の深いところに大切な何かを宿らせることで、希望の物語として昇華していく劇世界を輝かせている。「父と暮せば」の新たな旅立ちを見逃す手はない。2人の演技を心に焼き付けてほしい。演出は鵜山仁。(舞台写真撮影・谷古宇正彦)
 舞台「父と暮せば」は6月5~17日に東京・六本木の俳優座劇場で、6月21日に山形県川西町の川西町フレンドリープラザで、7月14日に仙台市の日立システムズホール仙台シアターホールで上演される。

★舞台「父と暮せば」公演情報=こまつ座公式サイト
http://www.komatsuza.co.jp/program/#more307
ご予約・お問合せ:03-3862-5941(こまつ座)

ここから先は

2,375字
この記事のみ ¥ 400

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?