森田徹

 俺の名前は森田徹。『とおる』という名前で活躍する流行のユーチューバ―だ。年収が億を超えると言われるトップのユーチューバ―達には及ばないが、ここ数年は動画の広告収入だけで生きていけているからまぁまぁ人気者だろう。

と、自己紹介はこの位にしておこう。今回話したいのは俺のことなんかじゃない。ここ数日、ネットの一部を賑わせているこの謎サイト『Should I save it?』についてだ。

ネットの各所にそのアドレスがばら撒かれ、俺の動画のコメント欄にもURLが貼り付けられた。勿論通報したが、ためしに開いてみると現れたのは拘束された男女の姿……。各窓に人の姿、タイムリミット、それから金額を示す数字が表示されている。正月早々趣味の悪いサイトだな。最初は誰もがそんな印象で気にも留めて居なかった。俺的には、閲覧数を稼ぎたいならもっとハッピーなことをするべきだと思うのだ。皆が笑って幸せになれるようなこと。バカやって、皆がクスッと笑ってくれるような。だがこのサイト、どうにもガチくさい。

初めの女性の時は、部屋にどんどん水が溜まっていった。時間が0になるころにはもう彼女は水の中でもがき苦しんでいた、彼女のその後は分からない。二人目は男の子だった。俺よりも若い位、多分学生だと思う。彼はガスか何か、苦しみながら、おそらく死んだ。これも映像が切れてしまったから分からない。そして今もう一人、三人目の被害者の時間が切れようとしている。ネット住民何人かの証言で、電子マネーでの振り込みを済ませるとやや時間をおいて解放額の下にある数字がその分増えることは証明された。この辺りは映像・スクショを撮ってあげた奴らが居るから間違いないと思う。つまりこの人達は本当に監禁されていて、タイムリミット内に表示金額を振り込まないと殺されてしまうんじゃないか。一人目・二人目は本当に殺されたんじゃないか。これがネットでの見解だった。この過程がもし本当だったら大変なことだ。悪質な犯罪、それも無差別。警察に通報した奴も居るらしいが、まだ被害届も死体も上がっていないのか相手にされなかったらしい。なんにせよ、これが悪質なジョークであることを祈るばかりだ。

「もう4日か。世のサラリーマンは皆仕事始め。大変だな。俺も動画撮らないと」

伸びをして、俺は撮影道具一式をバッグに詰めて家を出た。今日はちょっと遠出でもしてみようか。

 ハッと目を覚ますと、冷たい床の上だった。起き上がろうとして、全身がガッチリと固定されていることに気付く。

「おいおいマジかよ……」

この状況、既視感がある。あぁ、間違いない。『Should I save it?』で見た、あの光景そのものじゃないか。

「嘘だろ……」

やっぱあのサイトガチだったんだ。っていうことは俺のタイムリミットはあと一日弱……?いや、分からない。俺は何時間気絶していた? 後何時間残ってるんだ? 天井にはやたら重そうな鉄の塊が、今にも落ちて来そうにゆらゆら揺れている。 カメラ、カメラカメラはどこだ。誰か、誰か見ているのか? 俺だ、とおるだ。嫌だ、死にたくない。誰か助けてくれ……死にたくない!


――なぁ、『Should I save it?』に貼られた新しい男、これとおるじゃね?

――本当だ、そっくり。

――ってことはこれやっぱヤラセっていうかネタ? ユーチューバ―達の悪ふざけかよ。

――解放額1000万って何? 高過ぎだろ誰が払うんだよ。

――……違うと思う。とおるはこういう笑えない冗談はやらないよ。

――出、出~~www 私は本当の理解者ですってか?

――別に信じなくても良いけど……。私は貯金全額振り込むよ。もし何かあったら嫌だもん。いつもとおるに元気貰ってるし。

――とおる泣いてね? なんかガチっぽい。

――音声聞こえないけど叫んでるよね? これ。

――とりあえずとおるの動画にURL貼ってくるわ。お前らとりあえず一万でも良いから金いれろ。いつもただで動画見てんだろ。

――貯金全部突っ込んだ。あとは任せた。

――ニートワイ、今月のお小遣いをつっこみ低みの見物。

――>>小遣い制の俺も嫁に来月分前借したわ。

――あと6時間! あと300万!

――金入れた奴らはとりあえずURL拡散しろ。

――お願い、助かって。

――おおおおおぉぉぉぉおおお!

――解放額1000万! 現在1000万!

――キタアアアァァァァァァぁぁぁぁ!

――待って時間止まんない。

――おい何でだよ。

――えっえっ。

――涙止まらない。なんで。

――あと23分。

――やだ。

――マジかよ……。

――ダメだった、のか?

――画面暗転したな。もう祈るしかない。

 目を覚ますと、草むらの上だった。外だ。

「……生きてる?」

ここはどこだ? あれは夢だったのか? いや違う。手首にはくっきりと拘束されていた縄痕が残っている。視線を彷徨わせ、脇に自分の荷物が置かれているのに気が付いた。すぐにスマホを取り出す。良かった、充電は生きている。通知だらけだ。皆、心配してくれたんだ。

「……皆が、助けてくれたんだ」

乾いた涙の跡を再び涙が伝った。すぐにインカメで動画を撮る。

「現在1月8日、時刻は21時です。生きてます。皆、ありがとう。本当にありがとう。今はどこか分からない森の中に居ます。とりあえず警察に連絡して、あったこと報告してきます。視聴者側からの情報も知りたいので、どんな感じだったかコメント下さい。皆にも、ちゃんと後で話します。本当にありがとう。こんな顔でごめんなさい。良かった、本当に良かったぁ……」

動画を投稿すると、すぐに沢山のコメントが付いた。心配してくれる人、情報をくれる人、それぞれだったけど、全部嬉しかった。

 すぐに110番で警察を呼んだ。幸い地図アプリが機能したのですぐに保護して貰えた。一人目・二人目の死体が見つかったらしく、警察もピリピリと緊張していた。『Should I save it?』が悪質な犯罪組織によるサイトであることはもう明確だった。視聴者に貰った情報と俺の身に起こったことを照らし合わせ、分かったことが幾つかある。

・被害者は何らかの方法で気絶させられ、密室に連れて行かれる。

・同時に、『Should I save it?』にその様子が掲示される。

・タイムリミットと解放額が表示される。

・解放額は、被害者の年収と思われる。これは俺がたまたまだったのか?

・解放額を満たしてもすぐに解放される訳では無く、タイムリミットが0になるまで、今の状況が続く。

・時間切れになると動画は暗転、解放額を満たしていない者は殺され、満たしていればどこかで解放される。

・犯人たちは姿を見せず、直接的な脅迫もしない。

・動画で確認できるのは映像のみで、音声は聞こえない。

犯人たちのことは何も分からないままだが

・『Should I save it?』に写し出されている人は本当に監禁されている

・解放額を満たせば一先ずその人の命は保障される

この二つが分かったのは大きな成果だったのではないかと思う。俺は幸運にも生存者になったこれは本当に運が良かっただけだ。たまたま名が知れていて、ネットのちょっとした有名人だったから。あれから俺の配信する動画は少し変わった。今まではただのおちゃらけ動画だったが、チャリティー活動など皆に知って欲しい情報を配信するようになった。離れて行ってしまったファンも居るが、新しくファンになってくれた人もいる。俺はこの一件で”認知度”の大切さを身を持って知った。動画配信者として、こういった情報を広めていくのも大事な仕事なのではないかと思う。もちろん『Should I save it?』に新しい被害者が現れたら配信し、援助を呼び掛けている。少しでも被害者が減ることと犯人が早く捕まることを祈りながら、俺は今日も動画を配信している……。


森田徹 解放額1000万 最終金額1056万 解放

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