中垣内彩華

私の両親は二人とも芸能人でした。母は女優、父はアイドルで、共に一世を風靡した人気者だったそうです。しかし私が幼いうちに離婚し、私は母に引き取られました。離婚の原因は私を子役として芸能界デビューさせるか、二人の意見が分かれたためでした。裁判に負け親権を取られた父は私の頭を撫でながら「ごめんな」と謝ってきました。そうして私は、母の望むまま芸能界デビューしたのです。親子でのCMも多く頂きましたし、時には親子役でドラマに出演しました。本物の親子として話題を呼んだのを覚えています。俗にいう二世タレントとして、小学校に上がる位までは順調にテレビに出して貰いました。しかし私の実力不足か、次第にテレビに出ることも無くなっていきました。露出が減ってくると、母は私に暴言を浴びせるようになりました。時には居ないかのように存在を無視されることもありました。父には「俺の所に来い」「あいつと一緒に居たらお前がおかしくなる」と何度も言われたのですが、それでも私は母の側に居たかったのです。「アンタなんて生まなきゃ良かった」と言われても、「目元があいつそっくりで気持ち悪いわ」なんて言われても。それが親子というものではないでしょうか。どうしたら母を喜ばせることが出来るのか。私の毎日の中心は母でした。

中学ではスポーツを頑張りました。テニス部に入り全国大会に出場すると、少し取り上げられまたテレビに出られるようになりました。バラエティー番組で大御所芸人とテニス対決なんかをしました。母はとても忌々しげに私を見て来ました。

高校は国内トップの公立進学校に進学しました。出来る限り母にお金をかけさせない様にと考えての選択でした。今度は才女として、クイズ番組などを中心にテレビに出られるようになりました。優勝して何百万の賞金を頂くこともありました。母は私を見なくなりました。

進学した国内トップの大学では、ミスコンでグランプリを取り、才色兼備の大学生として子役時代よりオファーを頂けるようになりました。バラエティー番組で両親のことを聞かれる機会が増え、父や母のことを話すようになりました。父や母もテレビに出る機会が増えました。母は私に優しくなりました。「こうすれば良いのか」と、ようやく分かりました。優秀な道具として、母がテレビに出るきっかけを与え続ければ良いのだと。母が私に望んでいたのは私がテレビに出ることでも私が優秀と取り上げられることでも無く、あくまでも道具として控え目に、賢く生きることだったのだと。

そして私は今、ここに居ます。”ここ”がどこなのかは、私にも分かりません。周りは真っ暗です。試しに声を出してみましたが、グワングワンと反響しました。頑丈な部屋に閉じ込められているようです。悪質なファンでしょうか。それとも身代金目的の誘拐犯でしょうか。直前の記憶が定かではありません。困りました。身動きできないこの状況で、母の為に出来ることは何でしょうか。とにかくまだ私は母の役に立てると思うのです。大学卒業後は本格的に芸能活動に従事することが決まっています。親子でのCMもまた取って来れるでしょう。ダブル主演のドラマだって今の勢いなら夢じゃありません。そういえば、私が最近共演した若手俳優のことを気にいっていました。一緒に食事の場でも設けたら母は私を褒めてくれるでしょうか。

……でも、残念ながらそのどれも叶わないようです。さっきから、ゴオォォっと凄い音が部屋中に響き渡っているのです。それがなんだかずっと分からなかったのですが、ようやく分かりました。部屋の空気がどんどん抜かれているのです。酸素が薄くなって、呼吸が苦しくなってきています。このまま酸素が減って言ったら私はやがて気を失い、そのまま死ぬでしょう。状況を整理すると、これは身代金目的の誘拐だと考えるのが一番しっくりきます。犯人が母にコンタクトを取っているのか、それは分かりません。ただもし犯人が母に身代金を要求しているとしても、私はここで死ぬのが一番母の為な気がするのです。私が犯罪に巻き込まれて死んだら母は「娘を殺された悲劇の母」として取り上げられます。家の前までマスコミが押し寄せる大騒ぎになるでしょう。それこそ、母の求めている物なのでは無いでしょうか。ひっきりなしにマスコミが付いてきて母をカメラに収めようとするはずです。その後も「被害者の会」の顔として、泣きながら「娘を返して下さい」と訴える悲劇のヒロインになれるのです。名女優の母が黒服を身に纏い涙を流す姿は、きっと美しく人の心を打つと思うのです。あぁ、死ぬことで母の役に立てるなんて、なんて幸せな事でしょう。そう思えば死ぬことなど怖くありません。でも神様。もし、もし可能であれば、もう一度母の元に私を送って下さい。今度はきっと、もっと上手にやれるはずだから。


中垣内彩華 解放額1億8500万 最終金額560万2200円 窒息により死亡



後日

「なぁ、ニュース見た?」

「あぁ、あれだろ?中垣内彩華母親と若手俳優まさかのデキ婚ってやつ」

「そうそう。あれ本当酷い話だよな」

「あの俳優中垣内彩華の葬式で号泣してたじゃん。本当は娘の方が好きだったんだろ?」

「元々ドラマで共演した時に噂はあったもんな。男の方の片思いって感じだったけど」

「中垣内彩華って両親よりよっぽど多才でどの分野でも凄かったけどさ、なんか感情の読み取れない感じの子だったよな」

「そりゃ母親があれじゃなぁ」

「父親の方は事件の後鬱になって引きこもりだもんな」

「でもそれが正常なんじゃね? 母親の方がこれでもかと情報番組出て泣いてる方が気味悪いよ。『娘を殺された可哀想な私』感凄くてさ。最近出るとチャンネル変えてる」

「分かる分かる。元々子役時代干されたのもあの母親が『私を出さないなら娘も使わせない』って圧力かけてたからって噂あるよな。今の様子見るとそれも本当なんじゃないかって思うよ」

「娘の死ですら自分の露出の為に利用してるもんな。挙句娘のこと好きだった若い男誑かしてさ。娘死んでるのにやることやってんのかよ、みたいな」

「”セカンドレディ”が中垣内彩華とあって『Should I save it?』も一気に知れ渡ったよな~」

「それが狙いで中垣内彩華狙ったんだとしたらえげつないよな」

「どうだろうな。犯行は無差別っぽいけどさ」

「せめて”ファーストレディ”が見つかってから捕まってれば助かったかもしれないのにな……。ファンが殺させないだろ。解放金も一瞬で集まったんじゃね」

「でもあれ年収らしいじゃん?中垣内彩華CMもめっちゃやってたし、年収億単位だろ? 解放金まで届いたかはあやしいよな」

「あーそっか。年収億って……。俺らの生涯年収より高いかもな……」

「そりゃあれだけ美人でスタイル良くて勉強もスポーツも出来るんじゃお前なんか太刀打ち出来ねーよ」

「お前もな」

「しかし怖いよな~『Should I save it?』。続々被害者出てくるのにまだ何も分かってないって、警察何してんだよ」

「は~、俺捕まったらどうしよ……」

「お前の年収なんて300万位だろ。それ位どうにかしてやるよ」

「畜生、頼むわ」

「にしても中垣内彩華な~……地味に引きずるわ」

「何お前そんな好きだったけ」

「いや、別にそんなこと無かったんだけどさ~……なんでだろうな。ああいうのカリスマって言うのかな」

「あれだけの逸材は今後出てこないかもな~」

「いや、今度産まれてくる子はあれ以上かも知れないぜ」

「ははっ、まぁ楽しみだな。どんな子が産まれてくるか」

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