見出し画像

SFC TOUCH LAB SHOWCASE Summer 2018 Report

SFC TOUCH LABでは、2018/7/17-7/19の3日間、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにてSHOWCASE Summer 2018(研究会最終発表会)を行いました。槇文彦さんがデザインしたSFCが誇る美しい建築物の中から、MIT MEDIA LAB Complexを彷彿させる雰囲気を漂わせる、Information Technology Center の地下1階を選び、地下から地上まで自然光が採り入れられる開放感のある空間で展示を試みました。
私たちの展示会の模様を、環世界研究者の釜屋憲彦さんにいらしていただき、レポートをお書きいただきました。note記事として公開します。

いったい私の親指は一日に何回iPhoneの画面に触れているんだろうか。数えてみた。ある日、起きてから寝るまでおよそ1200回。その触感といえば、ガラスの硬さとツルツルとした感じ。親指をスライドさせるときのわずかな摩擦。そして、同じ面にある丸くくぼんだホームボタンは、親指をツルツルから解放させてくれる触感の拠り所になっていることに気付いた。

いつだって身体は何かに触れているが、普段はこんなこといちいち気にかけない。しかし、こうやって接触点に意識をそそいでみると思いがけないことが皮膚とモノの間で起こり、意識の外で感じていることが分かってくる。

触覚は知覚の科学として多くのことが明らかになっていないという。それは皮膚が第三の脳といえるほどに、高度な処理をやってのけていることもある。しかし一番の原因は、私たちが分からないことに向き合う際の姿勢にあるように思う。つまり、「客観的ではない」といって切り捨てて、感覚の主体である個人のリアルな体験に好奇心の目を向けようとしなかったのである。触覚は五感の中でも、身体的であり、感じる主体抜きで語ろうとすれば繊細で重要な情報がこぼれ落ちていく。

ところがいま、奇しくもテクノロジーが暮らしに馴染んできたところで、生活者のなかに触感の物足りなさが生まれてきた。そこでやはりまた生活者の一人である研究者が自身の体験と探求を重ね、「感じる主体」まで視野をひろげはじめている。これは主観ではなく、主体の科学である。

「触楽」ということばをご存知だろうか。慶應義塾大学環境情報学部の仲谷正史氏ら著、『触楽入門』(朝日出版会)で知ったが、このことばには、己の身体で触感を楽しもうとする主体の科学としてのエッセンスがつまっている。触覚の不思議と魅力は身体という精密なセンサーで自ら探求してみるとどんどんひろがっていく。私たちが赤ちゃんのころに身の回りにあるものを触って、新しい感覚とじゃれて遊んだように、触ることはそもそも楽しい。

今回ご縁をいただき、触楽する仲谷さん主催の研究会、SFC TOUCH LABのオープンラボ「SHOWCASE 2018 Summer」に伺った。以下は当日のレポートである。学生の方々の日常生活への発見のまなざしと感性、好奇心。そして、仲谷さんの柔軟な知見とお人柄、献身的なサポートによるものだろう、TOUCH LABの展示は触覚という概念をこわし、拡げてくれるような、非常に刺激的な時間だった。

研究紹介

仲谷さんをはじめ、学生の方にとても丁寧に研究を説明していただいたので、ぜひその一部を紹介させていただきたい。

「Two hands feel smoother than one:
The Velvet Slit Tactile Illusionが想起させる「滑らかさ感」の研究」
総合政策学部3年 大野雅貴, 宮岡徹(静岡理工科大学)

「滑らかさ」がどのようにして知覚されているか、その認知的なメカニズムはまだ明らかにされていないという。そこで、本研究ではベルベットハンドイリュージョン(VHI)という滑らかな触感を感じる触錯覚をつかって、滑らかさの正体に迫っている。VHIとは「糸が交差状に配置されたテニスのガットのようなもの両手で挟み前後に動かすと、その両手の間に滑らかな触感を感じることができる触錯覚」。大野氏らは、このVHIをよりシンプルにしたオリジナルの触錯覚(ベルベットスリットハンドイリュージョン:VSTI)を発見し、次の問いに迫った。

Q1:触り方は「滑らかさ」知覚に影響を与えるか
VHIは片手よりも両手を使用した時の方が滑らかに感じることが知られている。もしVHIとVSTIが同じメカニズムの錯覚なら、VSTIによる本実験でも「両手>片手」となる結果が得られるはず。
Q2:その知覚メカニズムは?
もし実験から、Q1の予想の通りとなった場合、「滑らかである」とより感じやすいのは、皮膚刺激と運動刺激に由来する少なくとも2種類の異なる体性感覚の統合が必要。

実験参加者は、6種類の幅でレーザーカットされたカードがランダムに提示され、片手で触る条件(片手条件)と両手で触る条件(両手条件)でそれぞれ、ある刺激(標準刺激)の滑らかさを100とした場合、どれくらい滑らかかを数値で答えた。結果、予想通り、両手で触ったほうがより「滑らか」と感じることが分かった。さらに、切り込みの幅も重要だった。2,3,5,8,10,15mmの中で、8mmの幅が最も滑らかさを感じていたのだ。仲谷氏はこの原因について、「普段は片手でモノを持つことが多く、両手の指で挟むようにモノを持つことは少ない。そうすると、後者のほうが慣れていないので、自分の指を触っていても、自分の指であることが判断しにくいため、“なにか柔らかい滑らかなものを触っている”と思いやすいのではないか」と、考える。また、“なにか柔らかい滑らかなものを触っている”とき、脳の中では物体に触ることで両手から入ってくる皮膚感覚から運動情報が算出される。脳では感覚情報は統合され、予測や判断の参考とされるが、その過程で生じる両側の脳からの「情報の誤差」がより滑らかさ知覚を強めている可能性があるという。

私たちは「滑らかなモノ」は環境の中だけにあると思っている。ところが、滑らかさを感じるのも、実は自身の感覚や運動、経験、解釈など、さまざまな要因に影響されているということが明らかになってきている。「滑らかな動き」という表現があるように、滑らかさには触感だけでなく、身体の体験に基づいた動きのイメージも持ち合わせている。「滑らかさ」とは、動きをイメージしながら自らつくり上げていくような、心地の良い創造的な質感ではないだろうか。

Velvet Slit Tactile Illusionを感じさせるカード

「歩行時の触覚におけるトラフィックナビゲーション」
環境情報学部2年 西門亮

西門氏は、スマートフォンの中にあるような現状のナビゲーションアプリに対して、多様な感覚モダリティーを刺激する新たなシステムの必要性を主張する。今回は、将来的なアプリケーション開発に向けて、そのシステム内容を提案する展示内容だった。

たしかに、いま使われているiPhoneや車に搭載されたナビゲーションアプリは、視覚と聴覚にうったえかけてくるものだ。西門氏は、これだけでは「歩きスマホ」や環境音によるナビ音声の阻害など、危険をともなうような知覚バイアスが課題として浮かび上がってくるとして、「触覚デバイス」の装着を考案している。実際、先日歩きスマホで線路に落ちてしまった中学生のニュースを見たばかり。注意を集中させる機能はもちろん結構だが、夢中になっている状態から帰ってこれるような機能の開発も安全装置として必須である。

極力視聴覚に依存しないナビゲーションを、という視点から以下のような装置を検討していた。

・振動子: 静止時や歩く際に体表に振動を与える。激しい運動や、方向指示には不向き。
・EMS:筋肉を刺激し、情報を与える。方向指示に関しては、左右の身体部位に提示し分けるなど可能。長時間使用には不向き。
・バイノール音源:
ウェアラブルスピーカー(参考イメージ)によってナビ音声を視聴。重量と環境音に妨げられることが課題。

上記の方法を実際に試した結果、EMSが比較的安定してナビゲーションに必要な刺激情報をキャッチできることが分かったという。次のステップとしては、EMSを操る母体となるアプリケーションの開発になる。

気になる点が2つあった。1つは、このしくみでいくと、結局1つの感覚に依存してしまう可能性がある。理由は、そもそも人はいくつもの情報や刺激に注意を向けられるような認知資源を持っていないからだ。真に課題にメスを入れようとするなら、状況によって自動的に複数の感覚が使い分けられるような、柔軟なシステムがより良いかもしれない。

また、EMSを使ったナビゲーションシステムは私たちの暮らしに馴染むだろうか?ここまで視聴覚によったナビゲーションが普及したのにも理由がある。やはり、人にとって目と耳は正確で、信頼を置く知覚モダリティーだからだろう。逆に言うと、意識として眠っている筋肉振動の感覚や使い方により細やかな注意を向けることで、個人の中に「新しい感覚」が発明されるかもしれない。今後の進展がとても楽しみだ。

子どもとオノマトペ ー 絵本で使われるオノマトペの考察 ー
総合政策学部2年 黒川果鈴

オノマトペとは「くるくる(回転)」、「わんわん(犬の鳴き声)」、「ガヤガヤ(騒がしい様子)」といった場面や感覚が想起されやすい言葉のことをいう。

黒川氏はまだ言語発達の初期にあたる幼児期の子どもにオノマトペが重要な役割を担っているという背景から、どのようなオノマトペが子どもの日常にあるかを分析した。着目したのは、「絵本」だ。子どもたちはどんなオノマトペと絵本の世界で触れ合っているのだろうか?

調べられたのは、①絵本の中のオノマトペの数と、②対象年齢ごとの傾向である。『こどものとも』の4-5才(年中向け)、5-6才向けをそれぞれ1年間分(2017. 1 - 2017. 12)を調べてみると、それぞれ63種類 / 110個、84種類 / 146個となり、年齢が上がるとより豊富なオノマトペが出てくるようになっていた。面白いのは、その中に「ざらざら」、「ペタペタ」、「ふわふわ」といった触覚に関わるオノマトペが多く登場していた点だ。

触感はどう頑張っても当事者の子ども自身でしか体験できない。しかし、絵本は子ども一人で読むものではなく、親と一緒に体験し、楽しめるという特徴がある。そこで、絵本というツールは本当に画期的なバーチャル空間だということを改めて思い知らされる。絵本は、オノマトペを使いながら、個人的な触感体験を共有できてしまう装置なのだ。

今後、黒川氏は実際に子どもと関わるなかでオノマトペの発達を調査していく。オノマトペほどありありと身体的な体験が想像される言葉はない。オノマトペの発達を見ていくことで、人がどのようにして体験を言葉として置き換えていくかが浮かび上がるかもしれない。

ラオス人民民主共和国の北中部農村地における視触素材感性評価傾向
総合政策学部3年 水野里咲

筆頭研究者の水野氏は、とにかくラオスが好きだという。そこでどうにかラオスと関係することができないか?ということで、ラオスの人びとの居住環境をつくる素材に目をつけた。

ラオスの農村地では近年、経済発展の影響から住居のコンクリート化が進んでいるという。伝統的な木や竹製の壁、土でできた床が姿を消しつつある。印象的だったのは、ラオスでの取材で、12歳の少女が「お気に入りの場所」として撮影した場所は彼女のコンクリートの家ではなく、友人が住む伝統的な竹の家だった。これは非常に示唆的で、便利さや快適さと、愛着は異なるということがよく伝わってくる。このような状況に対して、水野氏はラオスの人びとにとっての真の「住みやすさ」を主に触感覚の側面から調査し、明らかにしようとしている。

方法として、まず、日常生活で馴染みのある素材を抽出し、それが清潔か不潔か、あるいはよく触れるものか、といったような評価を本人にしてもらう。日本とラオスとで比較する予定であるというが、先に日本の大学生で馴染みのものを聴いたところ、目にしたり触れる馴染みあるものは、プラスチックやガラスのような人工素材だったという。当たり前といえば当たり前の結果だが、この段階ではアンケートの参加者本人にとって意味があるように思う。私たちは普段、天然素材か人工素材なのかなんて、いちいち意識しない。ましてや、それに対する評価が、個人間、文化による違いが浮かび上がれば、暮らしの中にあるモノに対する意識がまた少し変わってくるのではないだろうか?

評価方法の質問項目をより豊富にして要因を増やし、触感、視覚といった知覚情報と、愛着、快適さといった心理の要因の関係性をそれぞれみていくと「住みやすさ」のかくれた多面性が見えてくるかもしれない。好きを軸にして、触感と文化人類学を組み合わせたとても興味深いテーマで、TOUCH LABの雰囲気を知れるポスターだった。

矢印の形態学
総合政策学部 2年 最上紗也子

最後に、一見「触ること」と関係のないように思える研究が印象に残ったので紹介したい。それは「矢印」という記号と人がどう結び付けられているか?という問いのある研究だった。

背景としては、何気なく使っている「矢印」の意味や形の多様性を再認識してみたい、という最上氏の興味と、日常の観察から得た発想がある。

世の中にある矢印をありったけ集めた矢印のコレクションの展示は興味深く、どれ一つとして同じ矢印がないことに気付くとともに、やっぱり矢印性のようなものがあることも同時に感じられた。

研究の試みは、①「矢印の見立て」を再編集してみること、②矢印の要素を分解して記号的な意味を抽出することである。特に、最上氏が矢印には隠れた「人体」が宿っているという見立てをしていることが独創的かつ腑に落ちるものだった。

突然、「あっ、あれも矢印!」と嬉しそうに仲谷さんが避難口をゆび指した。矢印は右を指して、イラストの人はイラストの避難口に向かっている。不思議なことに、仲谷さんの指も、あの緑の人型イラストも全て矢印に見える。魚まで矢印に見えてしまった。魚の骨はもっと矢印だ。たしかに、生き物の形に矢印の起源が潜んでいるのかもしれない。

そうすると「矢印の形態学」は身体の話だ。ということは、「矢印」には「触ること」が潜んでいる。最上氏は矢印の見立てをしたことで、矢印そのものが「流れ」を意味していることに気付いた。では、そこにはどんな「触感」があるのだろうか?本研究の完成時、ぜひ最上氏に伺ってみたい。

矢印の形態学 © Sayako Mogami

さいごに

「SHOWCASE 2018 Summer」の取材を終え、仲谷さんと近くの日本料理屋さんで夕食をご一緒させていただいた。その際、「松江市と身体性」という不思議なテーマで盛り上がった。実は、仲谷さんと私は同郷で、島根県松江市生まれ。原風景がまるで一緒だったのだ。自然がすぐそこにあり、知識よりまず「触ってみること」が一番楽しく、ためになることだった。海の本当の恐さは身体を通じて教わった。潮のにおいは祖父母のにおいであり、生れた土地の風景だ。そんな仲谷さんが主宰するSFC TOUCH LABには、いま様々な領域ですっかり抜け落ちている「からだ」を取り戻そうとする勢いのようなものをものすごく感じた。物理学者の寺田寅彦が「身体は自然現象を測定するのに優れた手法である」とどこかの随筆に書いていたのを思い出す。そのような、手法としての身体を使う姿勢の芽がSFC TOUCH LABにあるように感じ、私自身とても勇気づけられた。

仲谷さん、SFCの学生の皆さま、大変貴重な時間をありがとうございました。

~展示された研究~

Thermal Feedback Influencer
総合政策学部4年 石川友梨
振動触覚刺激が視覚刺激から受ける情動的な印象に与える影響
環境情報学部4年 櫻田和希
ラオス人民民主共和国の北中部農村地における視触素材感性評価傾向
総合政策学部3年 水野里咲
矢印の形態学
総合政策学部3 年 最上紗也子
Two hands feel smoother than one:
The Velvet Slit Tactile Illusionが想起させる「滑らかさ感」の研究
総合政策学部3年 大野雅貴, 宮岡 徹(静岡理工科大学)
3Dプリンタを用いた感性的なスイッチの設計方法
総合政策学部3年 岡崎太祐
3Dプリンター×組紐
総合政策学部3年 笹田葉月
親子のスキンシップが子どもの探索行動に与える影響の検討
環境情報学部2年 緑川真央
子どもとオノマトペ ー絵本で使われるオノマトペの考察ー
総合政策学部2年 黒川果鈴
乳幼児が好む玩具の条件の検討
環境情報学部2年 岡あかり
ヒト見本
総合政策学部2年 門澤舞若
歩行時の触覚におけるトラフィックナビゲーション
環境情報学部2年 西門亮
空間音響の志向性
総合政策学部2年 渡辺諒

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?