無敵の黄色い長靴。

GITANESを吸い始めるよりずっと昔のこと。
それとは無関係に・・・。

昔は、あちこちに水たまりがあった。
今よりもずっと、あっちにもこっちにも、
少しの雨が降っただけですぐに水たまりが
できていた。子供の頃の話だ。

生まれ育った環境は田舎町だったから
未舗装の道もあったし、空き地も多く
野原もまだまだあった。

少しまとまった雨が降ると、未舗装の道路
にはプールほども大きな水たまりができていた。
水は濁っていて底も見えない。

まだ幼稚園児だった頃だと思う。
「これを履いて行け。まだ水たまりが多いから」
と母に言われ、買ってもらったばかりの
黄色い長靴を履いて友達と遊びに行った。
真夏の雨はもう上がっていた。
いつもと違う方向、小学校の向こうまで行ってみよう。

そこは巨大な工場が廃墟となっていて、
そのとなりも広大な空き地。
間を通る道は未舗装で、プールのような
水たまりができていた。
こうなるともう、
「ほら、入ってみな?」と水たまりに
誘われているようなものである。
友達のMの目も輝き、
「もちろん、入るよな?水たまりに!」
という視線を向けてくる。

濁って深さがわからない水たまりに
おそるおそる片足を入れてみた。
あ!水が入ってこない!長靴ってすごい!

両足を入れてみても、当然長靴は
水たまりの濁った水など寄せつけなかった。
黄色い水は水を切り、頼もしく足元を
守ってくれていた。
これさえあれば、もうみずたまりを
よけながら歩かなくてもいいんだ。
道の真ん中を、気に入ったところを
ずんずん歩いていけばいいんだ!

私「おおすごいぞ!M!長靴ってすごいな!」
M「長靴なくても、俺なんかサンダルやから
  大丈夫やぞ!」
私「足濡れるやろ。長靴やったら足も濡れへん!」


どんどんみずたまりの中央部に進んでいったが
悲しいかな、そこの水位は長靴の丈を
上回っていた。



濁った水は黄色い長靴の中に
洪水のように浸入してきた。あ!
水たまりの真ん中手前で身動きができなく
なってしまった。
重い。水が入った長靴って重い。
足を大きく上げて歩こうとする。膝まで
太ももまで濡れた。ズボンにもすでに
茶色い雨水の飛沫が飛んでいる。

私「おおい!長靴ってアカンな!
  こんな歩きにくいもの、ないな!」
M「そらあそんなに歩きやすかったら
  晴れでも毎日履くやろ!」
何の解決にもならない会話が無駄に
終わり、私は水たまりの中ほどで
相変わらず立ち往生していた。
これ以上服を汚したら、きっとえらいことに
なる。



何人か、普段はあまり一緒に遊ばないが
顔と名前は知っている程度の友達も
数人来た。
「おおーーーい!」
「おおーいい!」
「おーーーー!よーーーー!」

そいつらは、私とMが水たまりで
遊んでいると勘違いしたのか
勢いよく水たまりの中に突進してきた。

「いつできたんや!こんなでっかい水たまり!」
バシャーーーと水しぶきがあちこちで上がった。
コロ(補助輪)付の自転車で突入するヤツも
いた。
「そうか!」
ひらめいた。
濡れずになんとかしようとするから困っているのだ。
濡れる遊びだと考えたら、何の問題もないのだ!

バシャーーーー!



1時間後、私と近所の友達Mは意気軒高と
それぞれの家に帰った。
歩くたびに長靴から濁った水が飛び出して
それもまた面白かった。

もちろん、猛烈に叱られたが
あの黄色い長靴は、使い方さえ間違わなければ
無敵だ ということに気づいた。

足のサイズがあっという間に大きくなり
黄色い長靴はお役御免となった。


 どこかの子供が履く黄色い長靴を
見かけたら、濁った水しぶきと
真っ白でギラギラな太陽と、
進んで水たまりに飛び込んできた
無茶な友達数人の顔を思い出すことがある。


毎日、肺の中を空っぽにするほど
大笑いした日々が懐かしい。

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