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私が見たい世界

音楽とデザインのひと、菅野美音( @sgnmio )です。

奏者と聴き手のつながりをつくりたい、距離を縮めさせたい
あなたが思っている以上に、生の音楽は豊かだということに気づいてほしい

こんな想いで音楽に関わっていっているデザイナーです、どうぞよしなに。


ここのところたくさんの人と会ってお話してインプットの嵐だったので、一度noteにはきだそうと思います。

少し抽象度が高かったり整理しきれていない部分もある話ですが、お付き合いください。



衝撃を覚えたツイート


(加藤さん、掲載をご了承いただきありがとうございます!)

なぜ衝撃だったかというと、何を隠そう、私もこのツイートを見るまで「音楽は良いもの」「音楽は価値があるもの」という思い込みをしていたひとりだったから。


「音楽は良いもの」ということば自体、語り手の主観が入ってる。

こんな簡単なことに気づいていませんでした。


ただざっくばらんと「音楽ってこんなに素晴らしいんだよ、聴いて聴いて!」と言っても、響く人響かない人がいるのは当たり前なんです。人それぞれ価値観が違うわけなので。

加藤さんはこちらでもさらに考察を述べてらっしゃいます。深い…



どんな世界を作りたい?


私は現在企画中のイベント「音楽のアトラクション」を筆頭に"クラシック音楽をあまり聴かない"という若い層に対してアプローチをしていきたい人なのですが、この一連のツイートを見たのち


価値観の押し付け ではなく

価値観の提案 をできたらな、と思うようになりました。


「音楽のアトラクション」はクラシック音楽市場全体で言えばただのフロントエンドに過ぎなくて、規模もっと成長させるぞ!とか、演出は見栄え優先だ!とかは毛頭思っていないです。

私の思う真のバックエンドは、従来通りのクラシック音楽コンサート。そこに行って音楽の価値を感じてもらうことが最終の目的。

「音楽のアトラクション」に来る人には、「音楽のアトラクション」でとどまってほしくない。


私は従来の格式あるコンサートスタイルがとても好きで、今後も無くなってほしくないと思っています。何百年も語り継がれてきたものの伝統を伝える場としてそれがふさわしいんじゃないかなと思いますし、そういった場で演奏されるからこそ音楽自体の価値が担保されてる側面もあるのではないかなと。

でも、それだけではクラシック音楽業界は衰退していく、と私は肌感で感じています。


そのことについてハッとさせられた、株式会社タクティカート 稲垣さん( @yuichilaw1 )のお話。

クラシックを変えようとするともはやそれは今までのクラシックではないけども、それも別の魅力を持つ、と僕は思ってる
そうすると、今までのクラシックのコンサートもさらに価値が増す

なるほど!!!!!!!!

「音楽のアトラクション」作る意義をクリアに言語化してくださって目から鱗でした。


なので、

魅力だと思わない人には、そういった人に向けたまた違うアプローチ、ヒントを与えるということをしてもよいのでは?

聴き手がクラシック音楽に触れるとき、ヒント(手段)が世界にたくさん共存しててほしいな、コンサートホールに行くか行かないかの二者択一ではなくいろんな選択肢があってほしいなと私は思います。

そのいろんな選択肢に触れてもらってそれで刺されば潜在的に価値感じてたということですし、それでも刺さらないのならそれは完全にターゲット外なので もうそれ以上干渉することはありません。


その人にたまたま刺さったヒントが、「知識」かもしれない。「演奏者」かもしれない。「演出」かもしれない。はたまた複合されて「音楽のアトラクション」かもしれない。

あくまでもこれらは音楽に向かう手段なんです。



大事なのは共感ポイント


改めて「音楽のアトラクション」とは?をすごくざっくり言うと、
視覚の力を借りて演奏者と聴き手をつなぐ場。全身で、身近に、音楽体験を体験する場です。

(これはテストの様子ですが)音に連動するような演出を、50キャパほどの小さいハコでやります。


私が着目したのは物理的な距離

クラシックに馴染みないと言う人をいきなり大きなホールに連れていってオケ聴かせる、なんてことはまず難しいですよね。『敷居高いな』『私が行ってもな』と感じさせてしまうのが関の山…。

この『敷居高い』という言葉。

ことばで作られた壁があるとともに、

ここには、「演奏者」と「自分」という、完全に分断された物理的な距離の壁があるわけです。

観客はステージに上がってはいけない。
観客は客席で静かに音楽を聴かなければいけない。

この分断された図式だと 演奏者だけが主体的、観客だけが客観的ということになり、

この"客観性"こそ『敷居高い』と感じるキーになっている、と私は考えています。


主体→客観は至極カンタン。もともと主体的になった経験がある人が客観的立場になると、自分の演奏と比べたり自分へのフィードバックを探したりとなにかしら共感ポイントがあるのですが、

客観→主体は至極難しい。ある種外野なわけです。全く知らないコミュニティにいきなり連れてこられて一緒に楽しみましょうよと言われても、なにが面白いの?って大半の人が思うのではないでしょうか。これでは共感ポイントがまるでない。


人は未知のものに警戒します。

なら、「知らない」を「知ってる」にさせてから引き込んだらどうなのか?


それのテストを、『音楽のアトラクション』で実験してみます。
ただいま製作中ですので、公開をお楽しみに。




『音楽のアトラクション』クラウドファンディングは26日23:59で終わります。

どうぞ、最後まで応援をよろしくお願い申し上げます。下のページにプロジェクトを企画した想いを書いておりますのでぜひご一読くださいませ。


音楽とデザインについては、またこんど!

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しなやかな文化圏を社会と共創する。"デザイン"を 広く 深く とらえ、共創していきたい。音楽が、対話が、人が好き🌱 / 東京藝大デザ2休学中 / 演奏会デジタルプログラム制作サービスenlegacy開発 /『音楽のアトラクション』企画・運営
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