あと5分の集積

すべては「あと5分の集積だ」と思う。

朝、暖かな布団を抜け出して部屋をでる。ドアを閉めきると結露がひどいから、いつも少しそれは開いている。ひんやりとする廊下を抜けて、リビングへ。カーテンの向こうに少しだけ太陽の光を感じるけれど、それはまだ低い位置だ。だからまだカーテンは開けず、電灯をつける。
ガスストーブを点火すると、空間の少しの部分が赤く照らされる。洗面所へと行き、夜に干した洗濯物を確認する。除湿機をかけても乾きが悪くてげんなりする。
乾いたものを洗濯バサミから外してカゴにいれる。夏だったらこれらはすべて乾いているのに。

リビングへと戻り、洗濯物を畳む。しばらくすると花さんも起きてくる。そしてヤカンで湯を沸かす。彼女のルーティンだ。
二人で洗濯物を畳む。そしてそれぞれの収納棚へと仕舞う。じわじわと部屋が暖まってくる。
カーテンを開けると、光が差し込む。台所の床の埃がキラキラと光る。

ダイニングテーブルに座り、子供達の連絡帳を記入する。昨日あったこと、最近の様子、あんなことそんなこと。あったこと。
7時10分。

二人のこどものうち、どちらが先に起きてくるかは、日によって違う。
椅子に座らせて、たいていパンを食べさせる。そしてヨーグルト。
テレビはつけず、僕がYouTubeで音楽をかけている。小学校の時、掃除の時間にかかっていたクラシックの曲だったり、最近聴きこんでいるZORNだったり、山下達郎だったりする。
「どんな夢見た?」「昨日は保育園でなにした?」たわいもない会話。

理子はご飯を食べ終わると、お皿を台所へ運ぶようになった。特にこちらが促すこともなくできるようになり、成長を感じる。ご飯を食べ終わると、テレビタイムが始まるので、iPhoneで聴いていたYouTubeを消す。
7時40分。

玲も食事を終えると理子のそばでテレビを見るともなく見ている。
7時50分。
パジャマから洋服に着替えることができないままでいる理子のお尻を叩きながら、支度を促す。着替えと、タオルと連絡帳をカバンに入れるのに、異様に時間がかかる。

気がつくと8時13分。
「ほらほらもう13分になっちゃったよ」理子に言ってるのと同時に、自分にも言ってる。まだ自分も着替えていない。
花さんが寝室の布団を畳んでくれている。僕はクローゼットからTシャツ、ニット、パンツを選び取り、リビングへ戻る。リビングのドアのガラス部分が、曇って汚れている。朝日に照らされてそれがよく見える。拭きたいけどそれをしている5分がない。

風呂の掃除をする。浴槽と床にスプレーをしてスポンジで洗う。洗い流しているうちに、鏡のくもりが気になり始める。でもここにまで手を出したら、仕事に遅れてしまう。

風呂から出ると、歯磨きを始める。理子にも歯ブラシを渡すけれど、自発的に磨くことができない。テレビを見ていれば、消す。そしたらおもちゃで遊び出す。その間ずっと口の中で歯ブラシを弄んでる。だから歯ブラシはすぐにダメになってしまう。
「歯ブラシをくわえたまま歩いちゃだめって何回言ったらわかるんだ!」と叱責している自分が歩きながら磨いているのだから、説得力など少しもない。

8時40分。
自分の着替えが終わる。45分には出かけるモーションに入りたい。
あと5分。その5分で掃除機をかけたい。一番奥の部屋から順に、廊下、トイレ、洗面所、台所、リビング。掃除機をかけたそばから、また違うゴミが、ほこりが顔を出す。
昨日届いた荷物のダンボールを畳んで捨てたい。燃えるゴミは花さんがまとめてくれている。

8時48分。
まだ出かけることができない。理子も玲も靴下を履いていない。そして自分もだった。
僕は玲を保育園に送るために、まずエルゴをつけ、靴を履く。そして玲を抱っこして、上着を羽織る。同時に理子も靴を履いたり上着を着たりするので玄関はもう狭い。保育園の園庭の砂を、理子の靴が玄関まで運んできてしまうため、すぐに埃として溜まってしまう。あと5分あればほうきで掃くのに。

慌てて4人で家をでる。結局8時55分。花さんがゴミを捨てに行ってくれる。「いってらっしゃい」とマンション内で別れる。
抱っこした玲に、話しかけながら、時には歌いかけながら、保育園まで歩いていく。すると後ろの方から「パパー!」と呼ぶ声が聞こえる。理子と花さんが走ってくる。玲は足をバタバタさせて喜んでいる。

横断歩道まで一緒に歩く。理子とは手をつないでいる。信号のないそれを二人が渡りきるまで見届けて、僕と玲と、花さんと理子は、道路を挟んで平行に歩き出す。
「いってらっしゃい、楽しんできてね」と僕は声を張って言う。
そしてまた玲とお話をする。最近は明確に僕のことをパパと呼ぶようになったので、とても嬉しい。

保育園について、先生たちに挨拶して、検温と体に異常がないかのチェックをする。「変わりないです」と言えるありがたみを感じて、先生に玲を委ねる。
靴を履いて、園を出ると、イヤホンをして出勤するために駅へと向かう。

8時12分。
8時19分の電車に乗りたい。だけどそれはもう難しい。

あと5分あればあれをして、あと5分あればこれをして。あと5分。あと5分。
あと5分の集積で、結局なにもしないで終わる。
動き出せば2分で終わって、時間が押してもどこかで辻褄を合わせるのだろう。そんなものなんだろう。


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