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「インドネシア民話の世界」百瀬侑子

タイトルから、インドネシアの民話を採集・並列した「お話集」のようなものを想像していたのですが、実際には類型神話を併記したり、国外他地域のものと対照したりと、比較神話学のアプローチで書かれています。

インドネシア神話がインド神話の影響を受けているという知識はあったのですが、その伝播の経緯を中国の神話も絡めつつ、稲作をはじめとする農耕の伝播や、作物との関わりなどから考察しています。

殊に、冒頭森にまつわる民話から自然と社会との関わりを描き出す章は私にとって大変面白く、日本では森の神話というのは概ね失われてしまってはいるものの、熊野の森を見るにもともとないものとも思われず、考えなければいけないテーマのように思いました。

日本との関わりで言えば、「因幡の白兎」の類型民話がインドネシアにあることはよく知られており、本書でも採り上げられています。同話のなかの、「ワニ」とは「鰐」なのか「鮫」なのか、という議論は、インドネシア起源論の中では「鰐」ということになるかとは思いますが、どちらが起源か、あるいは関わりがないのか、というようなことは慎重に議論しなければいけないと思います。直感的には、トヨタマヒメが「ワニ」になることから、インドネシア起源なのかな、という気がしています。

それらの伝播の方向性に関しても先行研究をもとに解説されており、そういった日本との関わりのみならず、南アジア、東アジアを中心に豊富な出典とともに採り上げられている数々の民話は実に生き生きとしています。比較神話学の分野に関しては私はまだ取り組み始めたばかりであり、その入り口に非常に内容の濃い入門書に出会えたことに、大変嬉しい思いがしています。


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