3月4日 - 親愛なる私の暴れ馬

誠心誠意、真心こめて仕事をしても、相手の気まぐれで全部台無しにされてしまうことがある。

私が裏でどんなに必死こいて融通をきかせていようが、相手のためにどんなに時間を割こうが、むげにされる時は、される。今日がそれだった。私が一体どれだけあなたのために苦心したか分かっているの?と、みぞおちのあたりから怒りがふつふつ湧き上がるのを感じた(怒りを「湧く」と表現した先人、すごい。「腹を立てる」というワードも、言い得て妙だ)。

けれど、そこまでだった。ムッと一瞬だけ腹を立てたものの、私は自分の機嫌を取り戻した。自分の中の暴れ馬(私は午年)の手綱をとって、どうどうどう、とやってあげられた。「いいぞ!」と思った。

二十代前半の頃は、自分の喜怒哀楽のコントロールがうまくできず本当に苦労した。すぐに怒りとか悲しみとかに、比重がぐいと傾いてしまうのだ。直接自分に向けられたものかどうかは関係なく、例えば飲み会帰りの大学生を見て、猛烈にいらだって、聞こえるように「死ね死ね死ね」と言ったりしていた。言わないで済んだ場合は、家に帰っておいおい泣いた。こういう感情の悩みって、ティーンエイジャーで、あるいはイヤイヤ期で済ませておくべきなのかもしれないけれど、私ときたらアラサーにしてようやく、自分の操縦が人並みにできるようになった。

これは成長だ。遅咲きタイプなのかもしれない。今日のように、私の仕事が実を結ばなかったとしても「大丈夫、この無の時間にも給料は発生しているのだから」と考え直した。相手が嫌な言い方をしてストレスを発散させようとしても「なんて嫌な人なんだろう、そして周りにもそう思われていることだろう、きっと会社の嫌われ者だ、お気の毒に」と同情までした。私はそんな人間にはなりたくない。

いつだって、自分の感情の主導権を握り、思いのままに楽しく軽々としていたい。私の心の中の馬と、ちゃんと友達になりたい。

#絵日記 #日記 #メンタル

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