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珈琲の大霊師290

 タウロスは夢を見ていた―――大昔の夢を。

 神がいて、タウロスはその命に従って民を導いていた。実験し、結果を報告し、民には慕われ、神には認められ、最も充実していた頃の夢だ。

 目が覚めると、聞き慣れた鳥の鳴く声。静かな森の片隅の、巨木の寝床。木漏れ日が降り注ぐ森の小部屋が、彼の寝床だった。

 神は、他の地を見てくると言って姿を消してそれきりだ。

 取り残された――

 その侘しさに、タウロスは何万回目の腕を振るう。巨木に跡が残る程の打撃に拳も痛むが、そうでなければ慰められない。

「いつまでそのような夢に捕らわれているんですか?あなたも、好きに生きればいいでしょう」

 そう言って、長髪の男が風の唸りと共に枝の上に姿を現す。風の精霊使い、風の寵児ウィンだ。

「・・・俺は神の僕だ。いつ、神が戻ってもいいように、里を統制するのが・・・俺の仕事だ」

「ハハッ、その神がいなくなってもう何千年でしょう?限度というものがあると思いますけどねえ」

 と、ウィンは哂う。タウロスはこの男が好きになれなかった。

「・・・眠りを妨げに来ただけなのか?」

「まさか。そんな暇人ではありませんよ。どうやら、状況が動きます。例の兄妹が集会所に2人きりで来ましたよ。話があるそうです」

「・・・・・・2人きりで?・・・なら、2人を捕まえれば他の連中も・・・」

「と、いかないから呼びに来たわけです。どうも、入れ知恵されたようで面倒な事になりそうです」

 と、言葉では言うがウィンは楽しそうに口角を上げた。

 タウロスが前足を立て、重い腰を上げる。

 保守派と改革派の闘争が、平行線が交わろうとしていた。



 タウロスが余裕で入れるほどの巨大な公会堂に、ニカとコートは立っていた。その二人を遠巻きにするように、保守派の人間たちが見つめていた。

 タウロスがやや乱暴に扉を押し開けて入場すると、びくりと一同が一瞬身をすくませた。

 その視線を、やや緊張気味に受け止めるコートと、笑顔で受け止めるニカ。

 見慣れない笑顔に、タウロスが怪訝な顔をして身をかがめ、ニカに顔を近づけた。しかし、ニカは不気味なほど動じない。タウロスの巨木のような腕を振るわれれば、藁のように手折られる運命だというのに。

「お前………怖くないのか?」

 コートは隣のニカの様子を見て、戦慄を隠せない。

「兄さんも納得したでしょ?この交渉は上手くいく。私達は、ジョージさんの作戦通りに動くだけ」

 と、余裕の笑みを浮かべる。その顔には、どこかこれまで苦渋を舐めさせられた連中にやっと報復できる事への期待も含まれていた。

「タウロスが激情にかられて俺達を殺すかもしれないんだぞ?」

「その時は、この里も心中ね。覚悟決めましょ、兄さん」

 女はいざというとき強いな、とコートはひとりごちた。

 わなわなと震える肩。その巨体にどれほどの力が込められているのか、想像に難くない。



「もう一度・・・言ってみろ」

 その戦慄く体を抑え、タウロスは低い声で促す。

「これ以上の不毛な戦いはお互いに無意味。対等な交渉のテーブルにつき、解決する段階に入りました。代表者3名による、心技体を使った頂上決戦をして、負けた方が勝ったほうに従う。ここまで単純明快な解決方法を用意すれば、頭の固い人馬一体でも理解できるはず。勝つ自信が無いのであれば、これを受けず大人しく合流すればいいでしょう。明日、朝の8時より村の中央広場にてこの決闘を執り行うものとする。なお、あなたがこの場で暴力に訴えたり、この申し出を拒否する場合は、我々改革派は持ちうる全ての家財一式および、食料を持って里を出ます。すでに準備は整っており、今この場も我々の仲間が監視しています。誤魔化しはできないものとお考え下さい。」

 そこまで一気に言い終えたコートは、震える足を抑え、隣の堂々とタウロスを見上げる妹を横目にして、深呼吸した。

「・・・・・・ぐぐぐぐぐぐぐぐ・・・!!おのれ!!貴様ら!!」

 激高したタウロスが腕を振るうと、冷たい目でニカが笑いかける。この状況での笑顔に、タウロスの背筋に冷たいものが走った。

「里と心中がお望みですか?どうぞどうぞ、お好きになさればいいでしょう。私たちの家を燃やしたように。ただ・・・そうなれば、この里は三日ともちませんよ?」

「なに・・・!?どういうことだ?」

「タ、タウロス様!!大変です!しょ、食糧倉庫が・・・カラッポに!!」

「なん・・・・だと!?」

 慌ててタウロスがニカを睨みつけると、ニカはそれをやんわりと受ける。まるで、何ごとでもないように。

「兵は詭道なり。私たちだけが、ここに来た理由が・・・たった1つだとお思いですか?そんなに慌てて、見苦しいですねタウロス。・・・あなたは、この長い月日に神経を鈍らせ、人間を甘く見すぎたのではありませんか?」

 タウロスは目を疑う。一体、この娘に何が起きたのかと。確かに威勢の良い女ではあった。兄妹そろって楯突く程なのだから。しかし、そのやり方は幼稚であり、戦略も何も無かった。行き当たりばったり。

 それが・・・まるで別人のようだ。

「では、お返事を。今。すぐに。ここで。はい、どうぞ」

 ニカは艶然と笑い、タウロスは拳を破壊しそうになるほど拳を握り締め、重々しく首を縦に振ったのだった。

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