珈琲の大霊師243
アントニウス=カルランが住むとされる、アモー岬が間近になるに至り、シオリがそわそわと落ち着かないふうに狭い馬車の中を歩き回っていた。
「あぁぁぁ、どうしましょどうしましょ。どう挨拶したら良いかしら?古代アヒサ文明の挨拶から入る?それとも、ヒヤコ皇女の軍礼式がいいかしら?やっぱりアントニウス様の発見した文明から入った方が敬意を表現できるわよね?うんうん。いや、何を言ってるの、私のそれは本を読んで想像のものでしかないのだから、急にそんなのを目の前でやって、もし間違っていたら取り返しのつかない事になるのではないかしら?ここは普通に、出身地法であるマルクの古民俗的な挨拶のあれから……」
と、矢継ぎ早に自分と会話しつつぐるぐると歩き回っている。
「はー、そんなのおっすでいいさ。おっすで。通じない国は無いっさー」
あまりの目障りな光景に、ルビーが適当に突っ込むと、ぎょろりとシオリの目がルビーを睨んだ。
「何を言ってるの。その挨拶が、どの地方でいつから使われているかルビーちゃん知ってる?その野卑な挨拶は、200年前のビリヤ平原の戦争が無ければ、ごく一部の地方でしか使われていないものだったのよ!?だめよ、そんな素人丸出しな挨拶!きっとアントニウス様は私を軽蔑なさるわ!!」
「そ、そうなのかー。うん、分かった。好きにするさ。でも、少し静かにして欲しいさ。な?カルディ」
「私は……楽しそうだから、気にしません」
と、ふわふわとしたお返事を貰って、ルビーは苦虫を噛み潰したような顔で、更に口元を引きつらせた。
結局、昼寝を邪魔されて不機嫌になったドロシーが、シオリの顔に水の膜を張って気を失わせるまで、シオリの暴走は続いたのであった。
一行がアモー岬に到着したのは、丁度日が陰り、水平線の向こうに夕日が沈む時間だった。
家にいくつかある窓の内、2階の1室からはカーテン越しに仄かな灯りが見えていた。
「やっと着いたか。さて、とりあえず俺が話をつけてくるから、ここで待ってろ」
ジョージは御者台から降り、ツタの垂れ下がったドアに手の甲を当てた。こんな時、まず第一に挨拶をしそうなシオリはドロシーに気絶させられたまま眠っていた。
まずは大人しめに。こん、こん
反応が無かったから、今度は少し力を入れてどん、どんと叩くと、2階のカーテンが僅かに揺れた。それを見たルビーは、その部屋の主が立ち上がった気配を読み取っていた。
続いて、こつ、こつと階段を降りる靴音が聞こえ、ジョージにも扉の前に気配がある事が分かった。
「こんな時間に、何か御用か?」
低く、呟くような声がドアの向こうから聞こえてきた
「こんな時間に申し訳ありません。私はジョージ=アレクセントと申します。郷土史において著名なアントニウスさんに、山の御使いについてお聞きしたく、貿易都市マルクから参りました」
ジョージの丁寧な言葉遣いに、後ろで聞いていたルビーが顔をしかめる。気持ち悪かったらしい。
「マルクから?………もしや、世界珈琲商会の実質的な経営者という、ジョージ氏では?」
と、言いながらドアが開く。髭も髪もモジャモジャの老人といった見た目の男がそこに立っていた。
「世界珈琲商会?……その名前には心当たりはありませんが、珈琲を流通させるべく活動しているのは確かです」
「おお!!なんという巡り会わせか。では、もしや後ろの少女が、珈琲の大霊師、モカナ氏ですかな?」
「へあ?」
突然話題を振られて戸惑うモカナを、老人はじっと見つめていた。
「ああ、そういった呼ばれ方に慣れていないので、戸惑っていますが、巷では一部そのような呼び方をされているようです」
「おおお……なんという幸運か。今まさに、あなた方にお会いしたいと考えておりました。どうぞ中へ。お連れ様も、どうぞ。ああ、申し送れました。私が、アントニウス=カルラン。郷土史の、専学士です」
老人の目の奥に光る好奇心の光を見て、ジョージはバリスタを思い出していた。なるほど、同じ人種だ。
そして、今世界で珈琲が知らぬ間に影響力を高めている事を実感したのであった。
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