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柴田聡子インタビュー 飛躍のアルバム『ぼちぼち銀河』で本格導入したDTMの「雑感」を訊く

以下のインタビュー記事は、以前音楽メディアSoundmainにて女性のトラックメイカーを取材するリレー企画として掲載されていたものです。メディア終了に伴い、こちらのnoteに転載しています。(初出:2023年6月2日)

昨年リリースした6枚目のアルバム『ぼちぼち銀河』が反響を呼び続けている柴田聡子。すでにキャリア10年以上を数えるが、音源を重ねるごとに作風は変化を見せ、いよいよ彼女でしか表現し得ない唯一無二の音楽が生まれつつある。実はその変化の大きなポイントとなっているのが、数年前から取り入れ始めたといういわゆる「打ち込みサウンド」へのアプローチ。そもそもなぜ柴田聡子はDAWを導入したのか、どのように曲制作に活かしているのか、これまで明かされることのなかった制作の裏側をDTM視点で探ってみた。


DAWを使うようになって「コミュニケーションの手段が増えた」

DAWに触れるようになったきっかけを教えてください。

大学時代からなんとなくGarageBandやLogicを触ってはいたのですが、2018年に大瀧詠一さんのトリビュートアルバムで「風立ちぬ」をカバーした時、ベース、ドラム、私が弾くギター以外の原曲の音を完全に再現したくて、打ち込みを導入してみたんです。その後、本格的に取り入れたのは、RYUTistさんに提供した「ナイスポーズ」という曲。録音する時間が少ない中で、ストリングスなども入れて打ち込みでしっかりとデモを作りたかったから、というのがきっかけでした。

DAWを使うことで、出したい音へたどり着くためのアプローチが増えたという感じでしょうか。

大瀧さんのカバーに関しては、「弦楽器がたくさん使われているけど、どうやって再現しようか」ということを考えていたのでおっしゃる通りです。でもRYUTistさんの曲のときは、「こういう風にしたい」というのをバンドのメンバーに正確に伝えたい気持ちのほうが強かったです。それまでは「例えば色で言うと〇〇」みたいな感じで、全てを言葉で伝えるしかなかったんですよ。曖昧なニュアンスを含めて、実際に音で伝えられるようになった変化は大きいです。

より精度高く伝えるためのコミュニケーションツールとしてデモを使ったということですね。

そうです。「ナイスポーズ」の時は、もちろん一つひとつのフレーズや音のクオリティは違いますけど、イメージは最終の音源とそう変わらないものがデモの段階で作れたんですよ。

一方で、うまく伝わらないことでの齟齬が思いもよらない良い音を生むというケースもあるかと思います。

もちろんありますね。でも、その偶然が本当に良いものかというのも分からない。全部が「偶然」ということで回収されてしまうのもどうかなって。最初から最後まで偶然ではなく、土台はしっかりとしたものを作った上で偶然性を乗せたいんです。

「しっかり作り込むところ」と「その後に偶然性を乗せていくところ」の比率は、DAWでデモとして作った段階で何対何くらいが理想でしょうか。

「ぼちぼち銀河」という曲に関しては、デモの段階で9割くらいできていたと思います。裏を返せば、そこから1割変わったのは、もう少し飛躍させたかったということな気もしますね。でも、その割合は曲によってバラバラ。最近はむしろ歌とビートしか入っていない粗いデモも多いです。

インタビューを重ねていると、DAWを使うことに対して最初ハードルを感じている方も多くいらっしゃる印象なのですが、柴田さんはいかがでしたか?

私は勇気だけはあるタイプなので、難しさはあまり感じなかったんですよ。元々インターネットでわからないことを調べるのも好きだし、機材に対してもあまり苦手意識がなくて。もちろん、「なんで音出ないんだろう??」とか言いながらの試行錯誤は今でもよくやっていますけどね(笑)。

DAWを使うことで、楽曲制作にどのような影響がありましたか?

2、3年前まではギターを片手に曲を作っていたんですけど、今はビートから作ることも増えました。「無理にコードを当てずにまずはコーラスだけで作ってみようかな」とか、自由度が広がりましたね。

ギターだけだと、「弾く」という行為に自分が全部絡め取られちゃう感じがして。特にリズムは、必然的に自分が弾くことのできるリズムをベースに作ることになるわけですが、それってもう身体に染みついてしまっているものがあって、その状態に気付かずに使っていくことも多い。私は常にバリエーション不足に対する恐怖心を抱えているんです。昔から、同じ曲を作ることが怖い。色んな曲を作りたいと思っているので、DAWには自分が弾けないビートや音色を探ることが出来るありがたさを感じています。

「美大受験の経験」がDAWに向き合う際にも影響?

「バリエーション不足に対する恐怖心」というのはどういったところから来るのでしょうか。

美大受験の勉強をしていたときの経験が大きい気がします。結局は映像系の学科に進んだのですが、浪人時代は絵画系の学科も受けられるように、デッサンの練習を繰り返しやっていたんですよ。鉛筆の6Bから9Hまで使って、「一本たりとも同じ線を引くな!」という指導を真に受けながら、真面目に頑張っていました。

そういった教育を一年間みっちり受けた結果、線や質感のバリエーションに対しての強迫観念が染みついてしまって。なぜかそれが、音楽を作ることに対しても適用されているんです。何本も鉛筆を使って描いていたからこそ、曲作りでも色んな手段を使うのを厭わないスタンスができた、というか(笑)。たぶん、音楽制作がデッサンと同じくらい、バリエーションが生まれないことへの不安に襲われることはあっても、結局は楽しいからなんでしょうね。

ちなみに、映像学科ではどのようなことをされていたのですか?

そもそも私はミュージックビデオを撮りたいと思って入学したんですけど、ムサビ(武蔵野美術大学)の映像学科のカリキュラムってもっと映像そのもののことや歴史だったり、アヴァンギャルドを含む広い範囲をカバーしつつ進むんですよ。世の中に出回ってみんなが観ているような映像だけを作るところじゃないんだな、って入ってから気づいたんです。その波に飲まれて自分も実験的な方向に興味を持ったりしたんですけど、特になんの成果も出さないまま手探りしているうちに時は過ぎてしまい……で、色々あって、電子音楽家のクリストフ・シャルルさんのゼミに入って。そこで一番ほめられたのが、作曲して歌った時だった。それで楽しくなって、映像を撮りつつ曲作りにも励んだんです。

仮に今のように動画サイトが全盛の時代に学生だったとしたら、それでも音楽をやっていたと思いますか?

どうなんでしょう……? 当時の私の映像への欲求は、被写界深度のある映像が撮りたいという表面的なものでした。私の時代は、お金がないと被写界深度のある映像を撮ることができなかったんです。それが、今はデジタルの機能で簡単に背景をぼかすことができるじゃないですか。これはもう悲しみを込めて言いたいんですけど(笑)、私の学生時代はあれをするためだけに物凄い色んな苦労をしていたわけです。ジンバル(カメラの手振れを補正する機材のこと)がこんなに発展するとも思ってなかった。追求や修正し続けていくことに耐え切れずに辞めてしまいましたが、これほど簡単に色んな機材やツールが手に入るなら諦める前に楽しくなって、映像の道に進んでいたかもしれない、とは思うかも。

でも、誰でもやれちゃうから逆に難しくもありますよね。

本当にそうですね。そうか、誰でもやれちゃうから逆に選ばないのかな。

音楽もそうですよね。それこそDAWを使えば誰でも一応曲は作れちゃう。柴田さんは、以前DAWを使い始めた時と今とで、最も成長したポイントってどこだと思いますか?

ハットが入れられるようになったところ(笑)。

(笑)。

「ハットってうるさいし、キックだけでいけるんじゃないか」ってずっと思ってたんです。でも、スネアが入ってハットが来ると最高ですよね。あとは、音選び。音同士の均衡がとれるようになってきた気がします。

ちなみに、デッサンで培った感覚以外で、柴田さんがDAWを使えるようになったポイントは何かありますか?

思い切ってお金を使うところ(笑)。最初、機材を買う時に3万9千円か……うーん……みたいな感じになるじゃないですか。でも、そこでちゃんとお金を使って買う勇気が大事だと思います。買ってしまったらあとはもうやるしかないし、「え! こんなにドラムの音入ってるんだ!」ってわくわくするし。

「人にまかせる」部分とのバランス

なるほど、それは大事ですね。先ほどデモを作るために打ち込みのスキルが必要になったとおっしゃっていましたが、そうなると、デモ音源をバンドのメンバーがどのように解釈するかでその後の完成形も変わってくるかと思うんです。そのあたりの意思疎通も絡んでくるがゆえに、誰と組むかはとても重要になるのではないでしょうか。

けっこう難しいところですね。私は、「この人とやればこの音がもらえるな」ということに関する欲目を持っていいかどうか迷うんですよね……。そこに向き合うのが苦手というか。

後ろめたいということですか?

うーん……そうですね。うまくストレートに欲望として持っていけない。もちろんその人の音楽が格好良くて、欲があってお願いはしているんですけど、その欲を出せない(笑)。「いいですね! かっこいい音ですね!」とは本心で思うし言えるんだけど、それ以上を人間に求めていいのかが分からないんですよ。話をしたりして相手のことを知りながらじゃないとなかなか踏み出せない。だから、何も知らない相手に対して一緒に曲制作をお願いするというのはできないむずかしい。

つまり、相手が持っている音楽的な才能・スキルを、いわば横取りすることへの禁忌が働いているということでしょうか。

そうかもしれないです。音だけで会話できる人もいっぱいいるんでしょうけど、私はそこに二の足を踏んじゃう。そこまで音でのコミュニケーションを円滑に取れる人じゃないし。

ビジネスとして割り切れないということですよね。

そう。あるいは、すごくビジネスめいたお仕事があって、その中で「これだけお金を出すのであなたの才能を存分にください」という形であればむしろそんなに後ろめたくはないと思うんですけど。でも私の今のレコーディングの方法は話し合って進めていくことも多いし、結局は人として尊敬する方にお願いしているかもしれないですね。

すごく柴田さんらしい姿勢だと思います。恐らく人に多くおまかせしているであろう領域でいうと、ポストプロダクションについても伺いたいです。DTMをされるようになって、ポスプロに変化はありましたか?

ポスプロの醍醐味ってどうEQしていくか、どうコンプをかけていくか、という部分だと思うんですけど、そこまではやれていないです。やっているとすれば、どうやって本歌やコーラスを入れるかということを試したり、シンセを入れたりするくらいですね。でも、「コンプのかけ方ひとつでこんなにグルーヴが変わるんだ」あたりの想像力を持たずに録音していると、どうしても(完成形が)イメージしづらい。ポスプロの楽しみが待っていることも分からないから、ここで全てを決めないと、と意気込んじゃって、私の性格だと不安と緊張でいっぱいになります。もっともっと楽しみを知りたいので、今後はポスプロまで含めて最後まで作りきれるようになりたいですね。

DAWを使うようになって一番変化があったのは「歌詞」

DAWを使うことによって、作詞についての変化もありましたか?

私の詞は、どちらかというと色んなビートに乗せやすいと思うんです。自分であまり制限を設けていなくて、「こことここの音がつながっていてほしいな」とかはあまりない。だから、自分がギターで弾けないビートを持ってくることでそれによって詞もどんどん変わっていく。DAWを使うようになって、実は一番変化したのは詞の乗せ方なのかもしれません。

詞が変わるということは、メロディも変わりますよね。

変わりましたね。私はギターはコード弾きが多いので、メロディの雰囲気もすごく限定されるんです。だからDAWを使うことでメロディと詞は相乗効果的に変わっていった気がする。あと、ギターで作っているとメロディラインがすごく長くなるんですよ。ロックは8~16小節くらいの中でメロディラインが変化していくことが多いと思うんですが、DAWを使うことによって短いメロディを作るようになりました。言葉のアタックのポイントが増えた感じかな。今までは16小節で最初だけ強くて後は「シュ~」って流れていくような歌詞だったのが、「ドン!」「ドン!」「ドン!」って歌詞のアタックが短いスパンで来るようになったというか。

使う言葉自体も、強くて具体的なものが増えている印象です。

以前は品がないと感じて避けていたり、言うのがなんとなく憚られたりといった言葉を少しずつ解禁し始めていますね。今までは、言葉に対する責任を取れないのが怖かったのでやるべきではないと思っていたんですけど。だから「たぶん」「きっと」みたいなぼかしたことばかり歌っていました。

たとえば「雑感」の歌詞って、とてつもないじゃないですか。あれはギターで作られた曲ですよね?

ギターです。

仮に、ギターの弾き語りで作っていく「雑感」的な曲とDAWで作っていく「ぼちぼち銀河」的な曲を対極に置いた場合、やはり「ぼちぼち銀河」側の曲というのは以前だったら作れなかったと思いますか?

確かに、あれはギターだけだと作れなかったですね。


ルーツだった「ヒップホップ、海外ポップス」と向き合うきっかけに

これまでにはなかった新境地ですよね。でも、柴田さんは実はエレクトロニックミュージックやヒップホップ/R&Bなどビート主体の音楽がお好きじゃないですか。そう考えると、不思議ではないというか。

そうなんですよ! でも、私の生い立ちを振り返ってみると、完全にそこがルーツのひとつなんです。音楽を聴いていて本当に楽しいなって思った最初の記憶は、スペースシャワーTVとMTVで。MTVで50centやTLC、デスチャ(Destiny’s Child)あたりをゴリゴリに聴いていて、アメリカの車をカスタムする番組とかも本当に好んで観ていました(笑)。一方で、スペシャではくるりやクロマニヨンズを聴いていて。その両方を凄くいいなと思って楽しんでいたんです。でも、前者はあまり地元の札幌では聴いている友達がいなくて、それで後者の方に傾いていった。ロック的な音作りってけっこう今までもやってきましたけど、最近DAWを触るようになってトラック的な作りをしているサウンドが好きで聴いてきたことを思い出して。

ご自身でビートを組むようになったのが、再び聴き始めるきっかけだったんですね。

私は周囲の人の音楽に色んな影響を受けてスポンジのようにたくさん吸収してきて、きっとそれがその時々の録音にも現れているんですけど、そこに自分の意思ってどのように存在していたんだろうなってふと思うんです。ひとりでDAWを使っていると、自分の意思しかないんですよ。自分の使いたい音で作りたいグルーヴを生んでいく。そういうことを経験して、自分の中にあった大好きな音楽について今一度捉え直して、さらに好きになっている気がします。

そういったジャンルの音楽を聴いていく中で、柴田さんが「こういうビートが作れたら本望!」と思われるような痺れる曲はありますか?

まず、私はNASでトラックやビートの根源的な体験をしている気がして、本当にNASって素敵だなってずっと思って聴いているんです。楽器の音をサンプリングしたビートも多くてカッコいいですよね。でも、「こういうビートが作れたら本望」ということで言うと、2020年に出たAriana Grandeの『Positions』です。最高のトラックが集まっていると思う。私の考えるど真ん中のビート。品があり、野心もあり、でも可愛いし綺麗だし、スタイリッシュで、夢がある!エレクトロニック一辺倒ではなく、生音だけでもないという、全てが理想のバランス。アリアナがコーラスのディレクションもしているじゃないですか。シンガーが歌うだけじゃなくてそういった制作に関わっているのも理想的だし。特に「34+35」と「positions」という曲がもう素晴らしすぎて。

理想の音楽にAriana Grande作品を挙げるミュージシャンって本当に多いですよね。

私もその一人です(笑)。信じられないくらいのお金と叡智が結集されていますよね。

関わっている制作者の数も膨大ですよね。

最高のものであることに間違いがない。でも、何がどうなってあのビートが生まれているのかさっぱりわからないんですけどね。一つひとつの音の磨きが異次元だし、そこに最後アリアナが歌で入るっていうのが一番凄い(笑)。あとは、他に挙げるとしたら昨年出たBeyoncéの『RENAISSANCE』です。

間違いなさすぎる。

シンプルにも聴こえるけどありえないほど凄い。特に「Cozy」「Church Girl」「Heated」あたりは、もう。

今挙げていただいた2作品は、フロアで聴いてもベッドルームで聴いても最高の音が出るという点で共通していると思います。そのバランスが絶妙ですよね。

私は歌が入っていないクラブミュージックとかはそんなに聴かないんですよ。だから、歌も凄く重要なんだと思います。

柴田さんの作品も、歌がとても大切ですもんね。歌がハマらないと完成しない。

そうですね。やっぱりそれも昔から歌ものが好きで聴いていたというところから来ているんだと思います。歌が大好き。

シンガーソングライターの中で、DAWの使い方という面で刺激を受ける人はいますか?

宇多田ヒカルさんのドキュメンタリー番組(2018年に放送されたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」)は観ていてすごく元気をもらえましたね。Logicを触りながら「この音いいな」って作っているのを見ると、私もやる気が沸きます。あの宇多田ヒカルさんも暗い部屋の中で果てしない音探しをしているんだなって。

自分も音を探している時に、「もっと楽な方法があって、私だけこんな面倒なことやってるのかな……」って不安になっていたんですけど、あのドキュメンタリーを観たら安心しました。その過程が宇多田さんの作品にどれだけ反映されているかは分からないですし、『BADモード』ではご自身以外のプロデューサー/DJの方とも組まれていましたけど。

柴田さんは、宇多田さんと同じく今もLogic使いなんですか?

今はPro Toolsで、最近Ableton Liveも使うようになりました。

初期はGarageBandとLogicだったとのことですが、変えられたんですね。

そうです。エンジニアさんがPro Toolsを使うので、Logicだと互換性が悪くて。私はオーディオを録ることが多いんですが、今はPro Toolsだとオーディオ編集も楽になりました。あとは、ライブで使う時はAbeleton Liveがとても使いやすいです。

慣れ親しんだLogicから乗り換えた時は大変ではなかったですか?

それが、全然問題なかったんですよ。

やっぱり、思い切りが凄い(笑)。

でも、Kan Sanoさんは「CubaseからLogicに変えたんですよ」とおっしゃっていて。そのパターンもあるのかと思いました(笑)。

柴田さんの中でどんどんDTMの方法が進化していますね。今日はお話を伺えて、今後の作品がさらに楽しみになりました。ありがとうございました。

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