三月国立劇場『近江源治先陣館―盛綱陣屋―』

 久しぶりにブログを書く。これは劇評ではなくあくまで感想の記録。

 3月3日、桃の節句。東京は晴れ。国立劇場大劇場で尾上菊之助さんの『近江源治先陣館―盛綱陣屋―』が初日を迎えた。

202203 国立劇場

202203 国立劇場2

 配役は以下の通り。

佐々木盛綱 :尾上菊之助
篝火    :中村梅枝
信楽太郎  :中村萬太郎
伊吹藤太  :中村種之助
早瀬    :中村莟玉
小四郎   :尾上丑之助
小三郎   :小川大晴(梅枝長男)
古那新左衛門:嵐橘三郎→中村又之助(代演)
微妙    :上村吉弥
北条時政  :片岡亀蔵→嵐吉三郎(代演)
和田兵衛秀盛:中村又五郎

 片岡亀蔵さんがコロナウイルス感染のため一部配役を変更しての上演だった。全体的に若い配役。
 主演の菊之助さんはじめ、梅枝さんの篝火、莟玉さんの早瀬、又五郎さんの和田秀盛など初役が多いのも特徴的。

 劇場入り直後、プログラムを購入。開くと「当たり」の紙が挟まっており、菊之助さんのサイン入り(印刷)ブロマイドがもらえた。周囲にも当たっている人がいた様子。どれほどの確率だったのだろうか。なんにしても美しい盛綱の写真が手に入って嬉しい。

 今回は最初に解説として「入門 ”盛綱陣屋„をたのしむ」と題打った解説がついていた。務めるのは袴姿の中村萬太郎さん。昨年三月の『時今也桔梗旗揚』では解説に大河ドラマ「麒麟がくる」のメインテーマが使われていたが、今回は2016年の大河ドラマ「真田丸」のメインテーマ。そういえばプログラムの表紙も「大坂冬の陣図屛風」だ。細かいこだわりを感じる。
 萬太郎さんの解説は大したものだった。初日であることを忘れるほど堂に入ったもので、カンペも持たずにスラスラと解説し、あたかもベテラン学芸員のよう。解説の最後に菊之助さんの音声メッセージが流れ、「恕」という言葉を使った暖かい想いが語られた。

 25分の休憩を挟んで、いよいよ『盛綱陣屋』の幕が開く。
 義太夫に乗せて花道から和田秀盛、舞台中央の襖から佐々木盛綱が登場、大きな拍手。菊之助さんの盛綱は宣材写真と寸分違わぬ美しさ。又五郎さんの和田秀盛は兄の歌六さんを思わせる大きさがあった。
 秀盛の退場と共に床に竹本愛太夫。久しぶりに見るが大好きな太夫さんで嬉しい。
 ここからは微妙と盛綱のやり取り。吉弥さんが舞台を締める。菊之助さんの盛綱は高綱への心配が溢れ、登場しない高綱が見えてくる。代わって梅枝さんの篝火、莟玉さんの早瀬の登場。篝火は子を思う母の気持ちがよく出ているが盛綱に比べて高綱像が見えてこない。梅枝さんのスッキリとした立ち姿が男装女性として引き立つ。莟玉さんの早瀬は小粒で可愛らしい。武家の女房の大きさは足りない様子。
 床が回って葵太夫の登場。客席が沸く。同時に後ろ手に縛られた小四郎と祖母微妙が登場。ここでも大きな拍手。丑之助くんは二度目の小四郎ということもあってかこなれた様子。先月の歌舞伎座で務めた『鼠小僧次郎吉』の蜆売りに比べて時代物の子役特有の声色がよく出せている。ここでも吉弥さんの微妙が孫を手にかける祖母の悲痛をよく伝え舞台が引き立つ。
 陣太鼓が鳴って再び盛綱の出。呼ばれて出てくる小三郎は小川大晴くん。丑之助くんに比べて無邪気に舞台の上を縦横無尽に駆け抜ける。萬太郎さんの信楽太郎が勇ましい。
 いよいよ大将北条時政の出。代役の橘三郎さん。声量は少し足りない気がするが、ベテランの貫禄で十二分に補う。衣装を長袴に変えた盛綱がさらに美しい。白黒の衣装が気品を引き立てる。
 首実検の段、飛び出し腹に刃を突き立てる小四郎を丑之助くんが熱演。菊之助さんの盛綱はいたって丁寧に首実検を務める。偽首と気づいてからの表情の変化が素晴らしい。いぶかしみながら小四郎と目を合わせて決意を決める。少しも表情を逃したくなくオペラグラスに噛り付く。
 時政退場後は盛綱と小四郎が本音を語る。丑之助くんが徐々に弱っていく小四郎を丁寧に熱演。死際の小四郎を大人たちが囲む構図が涙を誘う。盛綱の「褒めてやれ。褒めてやるんだ」が客席に染みるよう。この首実検から小四郎の死までが今日最高の出来だった。
 ラストは再び和田秀盛の登場。拳銃で時政の刺客を撃ち殺す。余談だが、この話は大坂冬の陣と夏の陣を題材に鎌倉に時代を移している。そのため、鎌倉時代に秀盛が拳銃を持ち出すことに違和感を感じる。しかし、客席から見ると拳銃の発砲音と共に鎧櫃が割れて刺客が出てくる驚きが味わえる。難しいところ。最後は気高い盛綱と貫禄ある秀盛がきれいな対比に決まって幕が閉まった。

 昨年末に吉右衛門さんが亡くなった。吉右衛門の名跡がどうなるかはわからないが、芸は菊之助さんが継承していくのだろう。私は吉右衛門に間に合ってはいるが、その時代物の芸の深さを理解しきれずに終わってしまった。そのため今回の菊之助さんの盛綱と生前の吉右衛門さんを比べることはできない。(そもそも吉右衛門さんの盛綱を見ていない)
 吉右衛門さん亡き今、義太夫狂言の名人は仁左衛門さん一人となった。昨今の世代交代を感じる歌舞伎界の中で菊之助さんには是非音羽屋の世話事だけでなく播磨屋の義太夫狂言を極めて欲しいと思う。
 そういった意味で、今回の『盛綱陣屋』は菊之助さんの新たな門出だと感じられるものとなっていた。

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