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僕が借金をするようになった理由

僕は、元々消費癖がひどかった。
小さい時から、あればある分のお金を使っていた。
貯金をしようと思ったこともあるけれど、出来なかった。
そんな僕がこともあろうに、金融機関に就職した。
僕の借金人生の始まり始まり・・・。

その頃、日本は氷河期であった。
内定をもらえたのは、2社だけであり、自動車会社の営業と金融機関だけであった。
営業よりかはマシ。という理由で、金融機関を選んだ。
これが転落人生の始まりだったのかもしれない。

金融機関で、同期入社は30名ほどいた。
30名と聞くと相当数だと思うかもしれないが、この内3年経つ頃に残るのは10名もいない状況であった。
辞めていく人の大きな理由はノルマの不達成又はノルマが苦しいということであった。

僕はそんな中で、融資担当という銀行マンの花形といわれるポストに就いた。
ちなみに、その年の新採用で30名中4名しか融資担当には抜擢されていない。

僕は、普段はやさしいが厳しい時には厳しい支店長(後に役員となる。)と、常にやさしく仕事も出来る課長が上に立ち、融資担当3年目にして、仕事がすごい出来るとみんなの注目を浴びていた先輩のいる支店で約3年間働くことになる。

僕は、元々お酒が好きだったこともあり、誘われる飲み会には必ずいった。
その内、飲み会があれば必ず誘われるようになった。
その多くは、先輩がご馳走してくれたが、自分で出すこともあった。
また、僕の支店には、パチンコ好きが多かった。
支店長(たまに)、課長(毎日)、先輩(週に3回くらい)に付き合っていたら、僕まで毎日パチンコにいくようになっていた。

その内に感覚がマヒしてきた。
使った分は勝った時に返せばいい。
ついに私はクレジットカードのキャッシング枠に手を付けた。
最初は2万くらいだった。
万一負けてもリボ払いで、2ヶ月で返せばいい。
そんなことを考えていた。

しかし、返せるはずの2ヶ月後にはキャッシング枠である20万を使っていたのである。

そのカードは学生の頃に作ったものであり、枠は小さかった。
総量規制なんてものもなかった時代だ。
僕は、恥も承知で、勤めている会社のカードローンを組みたいと先輩に相談した。
なんか言われるかと思ったが、「みんな大体組んでるからね。」みたいなことを言われて、ホッとしたのを覚えている。

カードローンの枠が50万円出来上がった瞬間であった。
それからは、ご想像通りかもしれないが、雪だるま式であった。

融資担当をしていると、こういう借り方もあるんだ。こうやって借りよう!というのもあり、次第に何社にも手を出すようになる。
幸い、この時は、所謂サラ金の類には手を出さなかったが、気付けば、クレジットカードは5社ほど、銀行系は3社、トータル8社から200万を借りていた。

借りては返し、借りては返しの毎日だったが、誰にも相談出来る訳もなく、減らない残高を頭で理解しながら、ただただ後悔する毎日を送っていくのである。

これはまだ借金人生の本の序章であるし、今後、その200万の借金が長い時を経て、1000万くらいになったかを記述していきたい。

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