一歌談欒Vol.2 中澤系

 第一回に引き続き例の企画。詳細はリンクをどうぞ。

 本稿は大学で履修した宗教学のレポートを元に抜粋・再考したものである。古来歌とは宗教的側面を持つものであったという指摘に触れ、その観点を織り交ぜつつ考察した。
(たとえば世界で最初にスサノオノミコトが詠んだ「八重垣」の歌は、母を亡くし高天原を追われ冒険の果てに安住の地を得たスサノオの清々しい気持ちを歌として昇華し母への鎮魂としたものである、といった説。歌とは心に湧き起こったものを詠い気持ちを安らげる営為であるという。もっともこの読みは神話の一節として歌を読むなら妥当なものの、作者の背景を重視しすぎる点で純粋な鑑賞とは言えないだろう。)
 要するにこじつけといえばこじつけな感じである。以上前置き。以下本文。

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって(中澤系)

 この歌は作品全体として架空のアナウンスの形を取り、いわばメッセージの発話に終始している。上句のアナウンスは実景のようにも受け取れるが、続く下句は上句の提示した事実を理解できる人と「理解できない人」に分類し行動を促すという、およそ現実とかけ離れた作品世界を作り出している。ここに表現されているのは切り取られた日常風景などではなく、ましてやそれにまつわる感情などでもなく、中澤の持つ人間観の一端であり、読者あるいは社会に対する(非常に難解な)メッセージであろう。

 快速電車が通過する「3番線」は実在するそうだが、おそらくその特定はナンセンスである。ここで言う「3番線」とは現代に生きる人々が日常的に当たり前に行き来し暮らす場所であり、没個性的な現代社会の一角を架空の舞台として例示したにすぎない。「快速電車」は言うまでもなく人が生み出したものであり、現代人がその恩恵に与るところのものである。しかしそれは同時に抗いがたい威力でもあり、接触すれば人間を容易に殺してしまえる暴威である。嵐や雷といった天災と同じく生身の人間にはどうすることもできない巨大な力である。そして天災と決定的に違うのは、それが人の手によって生み出され人の手を大きく超えた力であるという点である。行き過ぎた科学がもたらす惨禍というモチーフはSFでもよく扱われるが、「快速電車」とはつまり現代社会に存在する、人の手によりながら人を殺しうる巨大な力のたとえではないか。そして「理解できない人は下が」るように促す。逆に言えば、その危機を意識し覚悟した者だけがそこに立てという命令を与えている。つまるところこの短歌は、何気ない日常の一コマのような体を取りつつ、現代社会への危機意識を表明し逃げるか立ち向かうかの選択を迫るメッセージであると解釈できる。

 古来人間は自然を畏れてきた。ここでいう自然とは人間の手によらない一切のものと考えるべきであろうが、例えば天災や疫病を恐れ時の権力者は宗教を利用し、人々もまた宗教に助けを求めてきた。心と自然とは切っても切れないものであり、自然は人々の精神活動に大きな意味を持っていた。ところが近現代になると自然科学の発達により人の手の届かない事象であったはずの自然は人に理解可能なものとなってきた。「科学万能」は言い過ぎとしても自然はある程度コントロールされ、得体の知れない力ではなく研究対象たる客体になってしまったように思われる。さらに社会やテクノロジーの発展は人間に新たな恐怖をもたらした。自然への畏怖は力を弱め、相対的に人間が生み出した社会や人間の精神への恐れや危機感といったものが力を増しているように思われる。

 そのような時代にあってはこのような歌が生まれるのも道理であろう。すなわち先人が自然を感動や畏怖の対象として心の動きを歌にしたように、取り扱う対象を変えて現代の歌人はやはり心にあるものを言葉にするのである。近代以降にいわば「あからさまな宗教性」が薄れても所作や儀礼、習慣の中に宗教の名残が受け継がれその精神もいくらか受け継がれてきたように、歌の世界においても現代なりの精神性、宗教性を見出すことは可能であるように思う。短歌は単なる詠嘆ではなく、人間から人間へのメッセージとしての意味をも持つ。それは必ずしも「あはれ」の共感を引き起こすものではなく、鋭い観察や批判を以て読者を突き刺す類のものも多い。現代短歌の精神は紀貫之が述べた和歌の精神と直接的にイコールで結びつきはしないものの、短歌もまた現代人の精神性を反映する言葉であり、心を定型に言い整える宗教活動の一種として見ることもできるのではないだろうか。

 この歌は中澤系の持つ社会や人間に対する不安や不信を間接的な形で投げかけた作品であるように思う。それは心の奥底から湧き上がる衝動であるがゆえに歌であり、定形のリズムを伴うがゆえに短歌であり、単なるキャッチフレーズに留まらない余韻と不可解さをもたらすがゆえに詩なのではないだろうか。

 今回も歌とは何かを語らずにはいられなかったんです。

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堂那灼風

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