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積聚治療のメッセージ 後編/『積聚治療』出版記念会記念講演

文責 積聚会通信編集部

『積聚会通信』No.28 2002年1月号 掲載

治療とは何か
 治療家の影響が患者さんにどのように与えられているかをみようということです。
 
患者さんは治療を受けるに当たり、まず家を出発し、治療所に着いて、治療院のベッドに上がり、治療を受けて、ベッドを下りて、帰る。こういった時間的流れがあります。治療家の立場から見ると、受付があり、治療を開始して、治療を終えて、受付で次回の予約をし、帰る。こういう流れがあるわけです。
 
治療家の側は鍼をしたときから治療が始まると思いがちですが、患者さんの立場からみると治療を受けようと家を出発する時から治療家のことを意識しているわけで、この時点で何らかの影響があると考えてよいわけです。このようなことを頭に入れて治療をする必要があるといえます。
 
患者さんの心理状態についての西洋医学の立場からの研究としてプラシーボの話があります。
 
プラシーボとは意外と歴史のある言葉なんですが20 世紀に入って偽薬という意味で使われるようになりました。つまり臨床試験において薬の効果を示すために本当の薬と不活性薬としてプラシーボを比較したわけです。ところが最近不活性薬といわれているものが不活性ではないということが分かってきました。これはそれを示す実験データです(表1)。心臓発作のある患者2,175 人を対象としてβブロッカー剤とプラシーボの効果を比較したわけです。薬を定期的に飲んだグループには当然死亡率の低下がみられたわけですが、プラシーボを定期的に飲んだグループにも死亡率の低下がみられました。これは薬を不定期に服用したグループと比べてもさらに効率がよいという結果がえられました。つまり不活性であるプラシーボにも死亡率を低下させるという効果があったということです。 

表 1

次にあげるのは不定愁訴を呈している人に行った実験です(表2)。プラシーボを服用したグループをさらに分け、医者に肯定的な態度、つまりこの薬を飲むと楽になりますよというようなことを言われたグループと、医者が肯定的な態度をとらないグループに分けたわけです。またプラシーボを服用しないグループも医者の肯定的な態度と肯定的ではない態度のグループに分けました。そうしますと医者の肯定的な態度があれば64%が快癒する、という結果が得られたわけです。つまり医者の態度が否定的であれば効果がない、肯定的であれば効果がある、ということがここで読み取れるわけです。つまりプラシーボを与えるということは、プラシーボという物体そのものだけではない要素をたいへん強く持っているということがいえるわけです。

表 2

以上をまとめますと、ものを与えるということとその時医者がどういう言葉を投げかけるか
ということがかなり大きな意味をもっているということです。その内容が希望を与えるものならさらに良い。もしこれが期待とか希望を裏切るものであれば、ノンプラシーボという言葉がありますが、患者には否定的な結果になるということがいえます。あるいは治療をしながら笑いとかユーモアがあるとさらに良い、というようなデータも出てきています。
 
このように治療家と患者というものは面白い関係にあるということを改めて認識するわけです。
 
今見てもらっている写真は中学2年生男子の左足の第一趾です。外側にひょう疽があり外科
で爪を切って、生えてきた爪が逆爪で痛い、これを2回繰返してから来院した例です。治療は簡単なことで爪の生え際の外側に灸をする、その後爪の根部に艾を詰めるということだけをやり、3ヶ月で爪が普通に伸びてきました。
 
何をお話ししたいかといいますと、東洋的な考えを持つ鍼灸家はここを木穴や井穴、大敦とか爪甲根部などという認識を持って治療するわけです。構造にはなんの区別もないし、区別したからといってどのような変化が起きるかということも実証されていない。ところが私たちは大敦に灸をすると言います。大敦というと肝経を意識しているかもしれない。
 
つまり治療する側の認識というものがとても大事だろうということを感じるわけです。これはいい加減だということではなく、治療家がはっきりとこういうことを意識して使うと患者に大きな影響を与えるのではないかということです。ですから治療家の意識と、患者が治療家によせる意識との交流が治療において大きな意味を持っている、治療手段だけで治療が定まるのではないということです。
 
治療とは意識の交流である。これを改めて認識したいと思います。
 
背部兪穴の治療の意義
ここでは刺激の順序が変わると患者に与える影響が変わる、ということについてお話したいと思います。
 
積聚治療では背部を5区分に分け、その治療順序を変えるだけで治療効果を出している。よく考えると不思議なことですがそういう事実があります。
 
腹証を決めてから背部の治療を行うわけですが、ここでは腹証を腎虚証に絞って話を進めていきます。当初、腎虚証に対して背部には金水火土という順序でしか治療をしていなかったんですね。それが7、8年続いたと思います。あるとき緊急な事態がありました。17、8 歳の女性が高熱、胸骨と脛骨の強い痛みで来院したのですが、何をやってもそれが変わらない。先ほどの順序で鍼をする、灸をする、程度も変えて色々なことをやりました。どうしても変わらないのでこの治療に何か限界があると感じたわけです。そこで思案して背部の治療順序を全く逆にやってみたわけです(図1)。すると土火水金と背部の治療順序を変えただけである影響が見られ、その患者さんの症状がほとんど治まりました。ところがその患者さんの病状は非常に重篤だったため肩に皮膚癌が発症し、癌がどんどん盛り上がりそれを取り去るということで治まるという経過をたどりました。しかし治療そのものは非常に有効だと感じたわけです。それで順序を逆にする逆治をしばらく続けました。病症を冷えというもので一元的に捉えると、今までの背部の治療順序は冷えそのものに有効であり、逆治は冷えが高じたもの、冷えが高じて熱になったものに有効であるといえるようです。 

図 1

2年ほど前でしょうか、精神的な障害に対しての治療に行き詰まりを感じていました。どういうことかといいますと、治療パターンというものは誰がやってもある程度うまくいかなければいけないわけですが、精神的な障害に対する治療には高度な技術を必要としていたわけです。そんな時にヒトゲノム、遺伝子の話が耳に入ったことなどがありまして、治療順序を変えてみようと思い、水金土火の順序を用いました。これで治療順序が3つになったので第3方式と名付けました(図1)。これは精神的な障害、軽い分裂病やノイローゼ、うつ病などに非常に効果があることが分かってきました。あるいは脳梗塞の後遺症などにも著効があります。ぜひ皆さんにも試していただきたいと思います。
 
さらに今年に入って第2方式というものを考えまして(図1)逆にこれではどんなことに有効であろうかということを模索したわけです。だんだん分かってきたことですが、脊髄あるいは脊柱に関することに有効であろうということです。
 
以上4つの治療方式を簡単にまとめますと、単純な疲れくらいなら順治、熱が出れば逆治、脳の異常と関係あると思われたら第3方式、脊髄や脊柱の異常と考えられれば第2方式が有効だろうということです。
 
先ほどヒトゲノムということを言いましたが、染色体は4種の塩基の配列によって成り立っています。この配列、順序というところに注目して、生理学的にいえば刺激の順序が変われば人間に違った影響が及ぶ、ということを意味しているのではと考えられるわけです。
 
日常的なところでは言葉がそうですね。文字を組合わせる順序によって意味が違ってくる。音楽も音の組合せによって長調や短調とかいろんなものができる。茶道や生け花で使うものの配置も人間を穏やかな気持ちにさせたりそうでなくさせたりする。同じものを使っていても受ける刺激のちょっとした順序の違いで意味が違ってくるわけです。部屋の調度品の配置でも同じようなことがいえますね。
 
ヒトゲノムは塩基の序列ということにかなり意味がある。単純なものの序列、組合わせによって意味を変えているといえます。このようなことを背中の治療に応用しているのが積聚治療になるだろうということです。背中を刺激する順序を変えるだけで影響力が違うというのは、人間のこのような力を加味しないと判断しにくいでしょう。
 
まとめ
 今日のお話しをまとめますと、人は気そのものであり、一元的に捉えようということです。それから治療とは意識の交流であるということ。最後に刺激の順序には意味があるということです。

注)表1、2 は、『心の潜在力 プラシーボ効果』(広瀬弘忠著 朝日新聞社 2001 年)より引用