帰りの会で絶対先生にいうから

最近感じたことを書きます。

スリービルボード

ネタバレなし。「スリー・ビルボード」をみました。

対抗馬「シェイプ・オブ・ウォーター」とアカデミー作品賞をどちらが取るかということで世界中で話題になっていました(結局アカデミー作品賞はシェイプ・オブ・ウォーターがとった)。

コーエン兄弟の映画「ファーゴ」(アカデミー脚本賞)で主役の女性保安官を演じたフランシス・マクドーマンドという主演女優の演技が凄まじかった。

しかしすごく期待して見に行ったこともあり、個人的には充分楽しめなかった。

見終わった後、映画を楽しめなかった自分に対して納得がいかず残念な気持ちのまま帰路についた。

なぜならこの映画「スリー・ビルボード」は見る前から世間(その他大勢のことをいいます)の評価が高いと既に知っていたから。

どうしてわたしは楽しめなかったのか

①起承転結の物語に慣れすぎている

②小説を読みすぎている

③凄まじい結末を期待している

などが挙げられる。

もしくはこの映画とわたしの相性が良くなかったのかもしれない。

映画の鑑賞者としての自分が優れていないのかもしれない。

その日わたしの精神状態が映画を見るにあたって適切ではなかったのかもしれない(家族とのやりとりなどでむしゃくしゃしていた)。

はたまた作品を理解するのに時間がかかる自分の性質が原因かもしれない。

全体主義と個人主義

話はまったく変わるが異文化コミュニケーションという学問があって、23歳(院生)くらいのときに全体主義と個人主義を学んだ。

集団(会社や家族など)を大事にするような文化は比較的全体主義的である。例えば自分が会社を休むと職場の人に迷惑をかけてしまう、など。

逆に個人を大事にしている文化は比較的個人主義的だ。例えば仕事を誰よりもこなした優秀な人には相応の報酬を与えて評価する、など。

二項対立にすることの良いことは複雑な考え方に対して敷居が低くなること(理解しやすくなる)で、悪いことは枠に当てはまらないものを"無いもの"とみなしてしまうことだとおもう。

わたしはどっちが良いとか正しいとか思わない。

社会主義だって右にいくとファシズムで左にいくとコミュニズム(共産主義)だから。

ただ、24歳で社会に出て働くようになってから(特にまわりの大人たちから)全体主義に似た妖気を感じることが多々あってもう一度この2つの考えについて捉え直そうと思ったのだ。

世間の評価と自分の乖離

話は戻り、映画「スリー・ビルボード」の感想について。

周りのみんなが良いというものがほんとうに良いものなのか疑問を持ち始めたのはここ最近のことだ。もやもやとした"違和の萌芽"のようなものは小学生の頃からあったとおもう。

すきなものはすきだし、きらいなものにはきらいとわたしは言いたい。映画に関しては身銭をきって鑑賞したのであれば(ネタバレや過激な言葉は控えて)感じたことを感じたままに言語化することは大事だとおもう。

#コラム #エッセイ #映画




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きみは最高
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マシュウ

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