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「有限という悦び」PLY. 金属活字ワークショップ


数年前の話になりますが、自由研究というか、セルフアクテビティーをひたすらやっていた時期があって、今も細々とやっておりますが、あの頃やって楽しかったアクティビティーをまとめていきたいと思います。

2013年 金属活字ワークショップで活字体験

活字のワークショップに行ってきました。
大岡山のちかくで、PLY.という三人組のデザインユニットの方がやってらっしゃるアクテヴィティーでした。

前から金属活字に興味があって、
中々手の出しにくい分野だと思っていましたが、
今回の活動で少し緊張感がほぐれました。

今回はいわゆる「文字」を使わず、
スペースに使う「コメもの」と記号の「●■▲」を使いました。
(ムナーリっぽい)

これが私が組んだ版です。
名刺サイズですが、いっぱいコメものをつかっています。
本番の記号の代わりに、先に同サイズの漢数字の活字を使っています。

まだ金属活字による印刷が主流だった時代に、
空白は虚無としての空白ではなく、
物質として、陰画として存在している空白であるということを
強く意識させられました。

活版印刷機はアダナプレスです。墨と藍の二版でしたので、
機械は2台あったんですが、重みも、印圧のかかり具合も
まったく違っていたので、量産とかだったら大変だなと思いました。

主催者の方が繰り返し主張されたのは
決められたルールのうちでしかできない「有限」をいかに司るか
ということの面白みでした。

日本語なんて1つの大きさの活字を全部揃えたら、
相当お金もかかるしスペースもとるので、
初号サイズがこのデザインに良いと思うからと言って、
初号サイズの活字を持っていなかったらなにもできなかったわけです。

だから自分が今もっているもの
「小塚明朝」だけとか、「リュウミン」だけとか、「Helvetica」だけとか、その中で最善のデザインを生み出すこと求められたわけですし、
それが当たり前でした。

ところがDTPが普及したことによって、
文字なんてインストールすればどんなサイズだって使えるし、
どんなキツい文字間だって組めるし(写植が出た時代から問題とされていたが)、どんなフォントだって使える。

それが悪いという話ではないんですが、
その意味と使い方、デザインをめざすものであるのならば、
もう一度考え直すべきだと改めて認識しました。

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オギ

上海生まれの上海育ち、ご飯好き。欧州メーカーの営業。多趣味で器用貧乏の三日坊主。夫と猫2匹と東京の下町で暮らし中。写真、印刷、美術、デザイン、言語、料理、着物、旗袍、華道、宗教、映画、歴史、ハードSFに幅広くコミットメントしたいです。

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5年ぐらい大人の自由研究を夫婦でやっていまして。中身をシェアします。
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