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Accept Me セルフライナーノーツ③

Accept Me セルフライナーノーツ②からの続きです

すっかり外は春の陽気で、
家の庭(というか花壇)に咲いている沈丁花が窓を開けるとふわっと香ってきます。
最高気温も20度を超えていて、半袖でもいいくらい。

さて!

これを書けているということは、
娘がぐっすり寝ています。
その間にばばばば!とセルフライナーノーツの続きを書いて行きたいと思いますよ!

5.ぐるぐる

今回のアルバムの中で、1曲は誰かに作詞をしてもらいたくて。
もちろん全部書いても良かったのですけど、

「人が紡いだ言葉の中で自分の歌を泳がせてみたい」

と思ったのです。
それで、今回は大島忍さんに歌詞をお願いすることにしました。
大島さんに書いてもらいたいなぁ、と思ったきっかけなんですが、
実は、以前私のライブで作成したライブTシャツが、
それはそれは着心地が良くて、着倒してしまったというお話を旦那様の酒井さんから伺いまして。そのエピソードにえらく私が感激してしまって、
「忍さんに書いてもらえませんかねぇ…?」というお話になりました。

そして、いただいた歌詞のとっても素敵なこと!

温度とか、音とか、そういうものが歌詞から聞こえてくるのです。
人間として丁寧に生きているような、そんな世界観。

私の感覚ではまず出てこない言葉、そして口ずさむとなんだか楽しい。

そんな歌詞をいただいたなぁと思っています。
改めて忍さんありがとうございます!!

改めて自分ではない人に歌詞をいただいて歌うというのは、
色々な気づきがあります。
自分で歌詞を書くと、私情というかエゴというか、
表現に蛇足がついてしまいがちだなぁと思っていて。
良くも悪くもこだわってしまうというか。

自分の人生の引っ掛かりのポイントって誰しもあると思うんですけど、
それが執着になってしまうといけないなぁと。
表現は適切な距離感がいつもあるんじゃないかって思うんです。


6.Little Voice

この歌詞を書くとき、

私の原点はなんだったのか

ということを考えていました。

皆さん、自分が覚えている一番昔の記憶を辿ったことはありますか?

私の一番古い記憶は、
大分のおばあちゃんの家(今の実家です)で、
着物を着てカラオケマイクを持って、
親族の前で歌った記憶なんです。
2歳の頃。
多分、即興でよくわからない歌を歌ってたんですけど、
親族みんながニコニコしていた姿を妙に覚えているんです。

ここから、私の歌が始まったんじゃないかなって思うんです。

それから、ちびっこのど自慢に出たり、アニーに出たり、
高校生の時にはNHKののど自慢の予選にも行ったことある(笑)

上京する前まで、ゴスペルを歌っていましたが、
半年ほど歌えない時期がありました。20歳くらいの時だったかなぁ。
歌おうとしても声が出ない。
何のために歌うのかがわからなくなって、無理に歌うことをやめました。
自分の所属しているクワイアのゴスペルを客席で聞いただけの半年間。
好きだったことができなくなるこの半年間は当時としてはかなり辛かったです。

当時から20年以上経った今は、
「しんどいなら一度止まって休んだっていいよね」と思うようになりましたが、当時の私は「停滞は死」だと思っていたのですよね。

そして歌に出てくるピアノ。
小学生の頃から使っているこのピアノ。
学校から帰ってくるとそのままピアノに向かい、一心不乱に好きな曲を弾いて歌っていました。
そのピアノは今も私の家にあって、気が向いた時に弾いたり、
今では私の息子がちょっと弾いたりもしています。

そしてなんだかんだ自分の人生は、
「歌」に何かとご縁のある人生だなぁと感じています。
ゲームの主題歌とか、吹き替えの劇中歌とか、遊技機の歌とか……!
全然意識して生活してないんだけども、ありがたやありがたや(拝)

そして私、ずっと声優を軸に置いて生活してると思ってるんですけど、
お芝居褒められなくて、歌だけ褒められるんですよねー!!!
クッッソーーーー!と日々思いながら生活してます(笑)

Accept Me セルフライナーノーツ④へ続く!


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