スクリーンショット_2018-10-16_8

【三島に訊け】#5 恩は忘れなさい。

私は断然ネコ派だ。
ネコは実に淡々たるエゴイストで、忘恩の徒であり、それでいて悪人のように「恩を仇で返す」ということも無い。

人生はニャンとかなる。と悟っているからなのか。


君達も恩は忘れた方がいい。それでもニャンとかなる。
人に恩を施す時は小川に花を流す時のように施し、施された方も淡々と忘れるべきだ。

よく聞く美談で、昔貧しく寒さで凍えている時に暖かいまんじゅうをくれた人へ出世してからご馳走する。なんてものがある。
「おかげで私もこれだけになれました。あの時の御恩は生涯忘れません」などと言って。

こういう話は何と無くイヤらしい。
それも恩人の方が今や落ちぶれていたりすると尚更イヤらしい。たまたま出来心でやったまんじゅうのせいで、数十年後に美談の片棒をかつがされる羽目になる。


例えば君が山で崖から落ちそうになった時、危機一髪のところで救ってくれた人がいるとする。

もちろん君は
『あなたは命の恩人です。この恩は一生忘れません。』と言うだろう。

しかし、その恩人がたまたまあなたの家の向かいに住んでいて、毎日顔を合わす人物だったらどうだろう?
初めの数週間は「ああ、ありがたい」と手を合わすかもしれない。

だが、次第に人は2パターンに別れる。

1つは、段々と恩義を忘れ、次第に感謝の念も消えていく。そして終いにはただの隣人として接するようになるだろう。

そしてもう一方は、「ああ、また今日も恩人の顔を見なければならない」とか言って、段々その恩人を避けるようになり、陰口を聞くようになり、恩を仇で返すようになる。


この2つに比べたら、恩を忘れた方がどんなにいいことか分からない。

一昔前に、ピコ太郎とやらが、海外の偉い歌手か何かに取り立ててもらい、大変人気になったそうだ。それも一国の主人が会する食事に招かれるほど。


普通だったら一生「ああ、ジャスティン。この恩は一生…。」などと言い続け、自信も喪失するだろう。
そうすれば世間は「あいつは一発屋だから、ジャスティンのおかげだから」と言われてしまい、忘却の彼方へと追いやられる。


しかし、今彼は「俺がヒットを飛ばしたんだ」と声高らかに宣言している。
今や名プロデューサーとして、ピコ太郎の仕掛け人として、公演なんかを行なっているそうだ。


これは見習うべきだ。
恩なんて忘れてしまい、次へ進んだ方がずっといい。


大体人生なんてものは向上していくのが当たり前なのであって、幸せなことなんてものは違和感が少なく、すぐに忘れてしまう。
だが不幸なことは流れに逆らっていることであり、いつまでも心に残ってイヤな匂いを発し続ける。

だから「恩を売った」ということを覚えている方が苦しいのだ。
そんなことせんでも、ニャンとかなる。

サポートされたお金は恵まれない無職の肥やしとなり、胃に吸収され、腸に吸収され、贅肉となり、いつか天命を受けたかのようにダイエットされて無くなります。