マハーバーラタ/3-19.ジャヤドラタ

3-19.ジャヤドラタ

追放の12年間の最後の年に入った。
パーンダヴァ達の中で最も苦しんでいたのはユディシュティラだった。
自らの愚かさの為に弟達やドラウパディーをこんな目に遭わせてしまったと、眠れない夜を過ごしていた。まるで絶えることなく次々と矢が心に刺さり、刺さったままになり、しかも彼を殺すことなく傷つけ続けていた。
あの忘れがたい日のハスティナープラでの侮辱の言葉を思い出しては、その怒りを懸命の努力で制御していた。
兄が苦しんでいるのを見て、弟達が声を掛けられないほどであった。

ユディシュティラのスパイがハスティナープラから帰ってきて、ラーデーヤの誓いについて伝えた。彼はアルジュナに向けられた誓いに動揺した。
あの対抗試合の時に彗星のごとく現れたラーデーヤ。
アルジュナを倒せる唯一の戦士が、まさにアルジュナを殺すという誓いを立てた。
ユディシュティラは動揺せざるを得なかった。
彼は不安に襲われ、残りの時間をカーミャカの森へ戻ろうと提案した。
皆が賛成し、全員でドヴァイタヴァナを出発した。

カーミャカのアーシュラマで過ごしていたある日、兄弟全員で狩りに出かけた。ドラウパディーとダウミャが残っていた。

シンドゥ王のジャヤドラタがサールヴァの国へ行く途中、アーシュラマを
通りかかった。
偶然アーシュラマの入口に立っていたドラウパディーの姿に目が釘付けになった。彼女の美しさはまるで真夜中の空に輝く稲妻のように暗い森を輝かせいていた。
彼は一緒にいた友人に頼んだ。
「あの美しい女性を手に入れたい。彼女が何者なのか見て来てくれないか」
友人はドラウパディーの所へ行き、戻ってきた。
目に憐みを含ませて微笑んだ。
「ジャヤドラタよ。ダメです。彼女に関わるの危険です。あのパーンダヴァ兄弟の妻です。あきらめてサールヴァの所へ行きましょう」

ジャヤドラタはアドバイスを聞かず、自ら彼女の所へ向かった。
「私はジャヤドラタ。パーンダヴァ兄弟は元気かな?」
「ジャヤドラタ様、お会いできて光栄です。夫達は狩りに出かけています。ここに座ってしばらくお待ちいただければ、彼らに会えます」
「いや、あなたに用があるのだ。あなたの美しさに心打たれたのだ。
私ならあなたにこんな暮らしはさせない。心地よさも安全も与えてあげられる。あんな役立たずの夫達とは別れて私と一緒に行きましょう」
「それはなりません。既に結婚している妻を奪うような真似はしてはなりません。そんな人を好きになりませんし、一緒に行く気もありません。
あなたは私達の義理の父ドゥリタラーシュトラの娘ドゥッシャラーの夫でしょう? 誇り高きクル一族の娘と結婚した者がそんなことを考えてはなりません。どうかそんな泥棒のような考えは捨ててくださいませ」
「ならば、力づくでも来てもらおう。一緒に来てくれればあなたを幸せにしてやるんだ」
「いやです! 止めてください!!」
ジャヤドラタは強引に彼女を持ち上げ、馬車に押し込んだ。

ダウミャはジャヤドラタとその軍隊の前になすすべがなかった。
ドラウパディーの泣き叫ぶ声が遠く離れて行くのを聞きながらパーンダヴァ兄弟が帰ってくるのを待つしかなかった。

その時ユディシュティラは不吉な兆しを見た。
弟達を連れて急いでアーシュラマに戻った。

ダウミャからドラウパディーがさらわれたことを聞いた。
彼らは急いでジャヤドラタ軍を追いかけた。
ジャヤドラタはパーンダヴァ兄弟が予想よりも早く帰ってきたことに驚いた。

ジャヤドラタ軍とパーンダヴァ兄弟の戦いが始まった。
ジャヤドラタ軍は手ごわかったがパーンダヴァ兄弟の怒りの前には無力であった。軍は敗れ、ジャヤドラタ自身も馬車を残して逃げ去った。
サハデーヴァが馬車に駆け寄り、ドラウパディーを縛るロープを解き、馬車から降ろした。

ビーマが残っていた敵軍に次々と矢を浴びせていた。
アルジュナがそれを止めようとした。
「ビーマ! 止めるんだ。もう勝敗は決した。戦いを引き起こした原因はもう逃げたんだ。王を失った兵士たちを殺すことに何の意味もないんだ」

ビーマがユディシュティラに言った。
「兄上、アーシュラマへドラウパディーを連れて行ってください。ダウミャとナクラ、サハデーヴァも一緒に。
私はあの愚か者を殺しに行ってくる。ただではすまさん!」
「ビーマ、私の話を聞きなさい!
それをしてはならない。私が禁じます。彼は私達の義理の父の娘ドゥッシャラーの夫だ。義理の母ガーンダーリーの為にも、ドゥッシャラーの為にも彼を殺してはなりません」
「分かった。殺しはしない。約束する。でも行ってくる!」

ビーマはジャヤドラタを追いかけ、アルジュナも後を追った。
二人はジャヤドラタに侮辱の言葉をかけ続けた。
彼は聞くに堪えず、二人と戦い始めた。

勝敗はすぐに決した。
ビーマはジャヤドラタの頭を地面に押し付け、頭を踏みつけた。
アルジュナは意識を失ったジャヤドラタからビーマを引き離した。

ビーマは暴力を止めたが、彼の髪をつかみ、強引に剃り始めた。髪を五本だけ残したところで彼を起こした。
「なんて惨めな虫けらだ! なぜ生きているか分かるか? 私はお前を殺してやりたかった。お前の義母ガーンダーリーと我が兄ユディシュティラの為に生かしておいてやる。
負けた相手を侮辱するのは我が弟アルジュナが嫌うのでこれくらいにしてやる。
さあ、来るんだ! お前をどうするかは兄に決めてもらう」

ユディシュティラの元へ連れてこられたジャヤドラタは解放された。
彼は頭をうな垂れて去っていった。

受けた侮辱によって何も考えられず、自分の国に帰ろうとしなかった。
彼はガンジス河の畔でシャンカラの為のタパスを始めた。

何日も修行して過ごしているとその姿に喜んだシャンカラが現れた。
「良き修行者よ。私に何を求める?」
「おお、シャンカラよ。私はパーンダヴァ達を打ち負かせる力が欲しいです」
「それは叶えることはできない。不可能だ。パーンダヴァ達は他の者によって征服されない、殺されもしない。私が戦ったとしても彼らには勝てない。無敵なのだ。ヴィシュヌ神の化身クリシュナに守られている。
だが、もしアルジュナやクリシュナがいない場でパーンダヴァ兄弟と戦うなら、彼らに勝てる力を授けよう。それなら可能だ」
ジャヤドラタはその恩恵を喜んで受け取った。

その事件の数日後、聖者マルカンデーヤがカーミャカにやってきた。
彼はナーラーヤナの話、賢さと夫への献身によって上手に死の神ヤマの裏をかいたサーヴィットリーの話をして彼を励ました。

追放の最後の年は彼らにとって最も長く感じる一年だった。
ドゥリタラーシュトラの息子達や、ドラウパディーに残酷な仕打ちをしたラーデーヤに対する憎しみを思い、ユディシュティラは眠れない日々を過ごした。ビーマやドラウパディーの熱弁に対して、自らの怒りを抑えながら、その彼らの怒りを抑えるという困難に耐えていた。この道はとても困難であった。自らに課した足枷を引き裂きたい思いとダルマの間で彼は静かに苦しんでいた。

苛立ちが募った彼は、再び変化を求め、ドヴァイタヴァナの美しい森へ行くことにした。

(次へ)


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