マハーバーラタ/3-14.地上に堕ちたナフシャ

3-14.地上に堕ちたナフシャ

アルジュナと再会したパーンダヴァ達は山を下りていった。
長く過ごした山との辛い別れであった。
ローマシャは彼らの前途を祈り、アマラーヴァティーに帰っていった。
ユディシュティラはたくさんの学びを与えてくれた彼と別れることを残念に思った。

プラスヴァナ山を横切り、懐かしいカイラーサ山にやってきた。
ヴリシャパルヴァのアーシュラマでしばらく時間を過ごすことにした。

ある日、ビーマは一人で狩りに出かけた。
あちこちを散策していると突然大蛇に出くわした。
信じられないほどの大きさの蛇だった。
ビーマが危険を感じる前に蛇が彼を捕えてしまった。
体に触れた瞬間、全ての力が抜けていくのを感じた。
蛇が体に巻き付き、決して放そうとはしなかった。
ビーマの怪力でも脱出できず、驚いて声を上げた。
「誰だお前は? 何をするんだ! この怪力ビーマを締め付けて離さないこの特別な力は一体何なんだ?」

「お腹が空いています。あなたがちょうど通りかかったのです。私が誰か? 話が長くなるが教えましょう。
私はナフシャ。かつてこの地を治めた王です。
天界で権力に溺れた私は、横柄な態度で聖者アガスティヤを侮辱してしまいました。彼は呪いによって私を蛇の姿に変え、地上に投げ落としたのです。アガスティヤは言いました。
『その姿で長く地上に留まりなさい。やがて月の一族のユディシュティラがあなたにかけられたその呪いから救ってくれるでしょう。地上で最も力強い男をあなたがとぐろで巻く時、彼がやってきてダルマについて答えるでしょう』
私は記憶を失いました。それしか覚えていません。
ですが、その時が来たようです。
おそらくあなたが地上で最も力強い男で、ユディシュティラの弟でしょう。私の解放の時が来たのです。あなたを殺したいわけではないが、呪いから解放されるにはこうするしかないのです」
「そうですか、気の毒なことです。
あなたのことを怒ってはいませんが、こんな風に死ぬのは残念です。
動物のようにではなく、クシャットリヤとして死にたかった。
死ぬことは構わないが、兄弟達を残して死ぬのは残念だ。私には多くの期待がかけられている。これから始まる戦争で私を必要としている。
だが、我が弟アルジュナがいる。今や全ての技術に熟練し、神聖な武器も持っている。私が死んでも彼がいれば大丈夫でしょう。兄ユディシュティラが世界の統括者となるでしょう。
ドラウパディーや母は私がいなくなって悲しむでしょう。兄弟達も私の死を嘆くでしょう。彼らを残して死ぬのは残念だ。死など怖くはないが、ドゥルヨーダナの太腿を破壊できず、ドゥッシャーサナの血を飲まずに死ぬのは残念だ。しかし、それは大きな問題ではない。運命には逆らえない」

ナフシャが絡みつく力は弱まることなく、ビーマは動けなった。
ビーマを殺したくはなかったが、そうしなければならなかった。巻き付ける力を強めていった。

ユディシュティラが不吉な前兆を見た。
彼はビーマの居場所を皆に聞いて回った。
ずいぶん前に狩りに出かけたとドラウパディーが言った。
ユディシュティラは心配になって探しに出かけた。
ビーマが通った痕跡を追った。低い木が倒され、枝が折られている道があった。その先で恐ろしい光景を目撃した。
巨大な蛇がビーマに巻き付いているのが見えた。
心臓が止まりそうになるのを抑えながら近づいた。
「ビーマ、どうしたのだ? 自分では脱出できないのか?」
「おお、兄よ。力が出ないんだ。私の力を圧倒する力で締め付けてくるんだ」
「大蛇よ、あなたが何者なのか知りませんが、ただの蛇ではないのは分かります。我が弟の力は誰にも耐えられないはずなのだから。
私は彼の兄ユディシュティラです。あなたが欲しい食べ物を言ってください。何でも持ってきますから、弟を解放してください。大事な弟なのです」

「私は、ナフシャ」
その名を聞いた途端、ユディシュティラはひれ伏した。その名はあまりにも偉大な先祖の名前だった。
なぜ蛇の姿でここにいるのか信じられず、耳を疑った。
ナフシャはアガスティヤの呪いとユディシュティラがその呪いから解放する人であることを伝えた。
「私の呪いを解放する時が決ました。
あなたの弟の命は我が手の内にあります。
ダルマについての質問に全て答えるなら、私は呪いから解放され、ビーマも解放されるでしょう」
「分かりました。あなたの質問に答えます」
ユディシュティラは父ダルマに祈り始めた。

「準備ができました」
ナフシャの質問が始まった。
「ブラーフマナの定義とは何ですか?」
「誠実さ、寛大さ、思いやりを持ち、残酷なことを嫌い、タパス(修行)ができる資質を持っている人です。それがブラーフマナであり、それ以外の何者でもありません」

「究極の知識とは何ですか?」
「ブラフマンです。快も不快もない。知識を得た人にとってそれらは同じようなものです。したがって、人が究極の知識に到達した時、彼には決して不幸はありません」

「社会の秩序、4つのヴァルナ・アーシュラマに分かれている意味は何ですか? それぞれの人々の行いで大事なことは何ですか?」
ユディシュティラは賢く正しい答えを返した。
しかしその答えの中にも彼の謙虚さが見えた。彼は『これがあなたの質問に対する答えです』とは決して言わなかった。その代わりに『私の意見においては、これが最も満足する答えだと思われます』と添えた。
決いて聞き手の気分を害することなく、優しく、かつ機転の利いた方法で意見を伝えた。ユディシュティラの中には、決して言葉でさえも誰も傷つけたくないという優しさの資質が備わっていた。

ナフシャは彼の答えに大変喜んだ。
「あなたはこれまでに会ってきたどんな賢者よりも素晴らしい人です。
あなたの弟を解放できてうれしく思います」

実はユディシュティラは質問に答えている間、ビーマの命の危機のことを忘れていた。それほどナフシャのたくさんの質問は興味深く、魅力的で、ユディシュティラ自身も楽しんでいた。
今度はユディシュティラが賢者ナフシャにたくさん質問した。ナフシャは嬉しそうに答えた。時はあまりに早く過ぎていった。

空から馬車が現れた。
その馬車は地上に降り、ナフシャの近くにやってきた。
ナフシャは蛇の皮を脱ぎ捨て、呪いをかけられる前の人の姿に戻った。とても威厳のある容姿であった。
彼は二人に別れを告げ、馬車に乗り込み、視界から消えていった。

二人はお互いに抱き合い、先ほどまでの体験を思い出しながらアーシュラマへ帰っていった。

パーンダヴァ達はヴリシャパルヴァのアーシュラマで一年近くを過ごし、再び旅を始めた。

サラスヴァティー川を横切り、以前住んでいたドヴァイタヴァナへ到着した。ヴャーサがやってきてアルジュナを修行の旅に出すように言った場所であった。それは大昔のことのように感じた。

彼は追放の11年を終えていた。
あと一年森で過ごし、もう一年は姿を隠し、そして自由になる。
その為のカウラヴァ達との戦いのことだけを考えるようになった。
ビーマの顔は次第に明るくなり、雲が晴れていった。

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