マハーバーラタ/4-11.ダンスホールの密会

4-11.ダンスホールの密会

三人が心待ちにしていた真夜中がやってきた。

ビーマは柔らかな一枚のシルクの布をかぶって厨房から出た。

ドラウパディーはビーマと待ち合わせをして、一緒にダンスホールへ向かい、暗闇の中、手探りでベッドにたどり着いた。
ベッドに横になったのはビーマだった。
ドラウパディーは柱の後ろに隠れた。

キーチャカは身支度を整えながら時が来るのを待った。彼は人生で最もハンサムだった。まるで消えゆくランプの最後の輝きのようであった。
ダンスホールに入った彼は、大きな窓から差し込む星の光を頼りにベッドへ急いだ。ベッドには既に”彼女”が横たわっていた。

「私はこの夜をずっと待っていた。今日ほど太陽を憎んだ日はなかった。ついにあなたは私のものとなることに同意してくれたのだね。私は幸せ者だ。今日会った女性達は皆、私がとてもハンサムに見えると言ってたよ。あなたに会える喜びが私に美しさを与えてくれたことを彼女達は知らないんだ。
さあ、もうこれ以上じらさないでくれ。あなたが欲しい。あなたの腕の中に私を抱いてくれないか」

キーチャカはベッドから伸ばされた手を取った。彼の手は欲望で熱くなっていた。
しかし、違和感があった。
おかしい、握る手が硬い。
キーチャカはすぐに気づいた。これは女性の手ではない。男性の手のしっかりとした握り方だ。
その手の持ち主がベッドからゆっくりと立ち上がった。
やはり女性ではなかった。
キーチャカが混乱している中、ビーマが話しかけた。

「そうだな。今日のお前はハンサムだ。間違いない。恋に落ちた女性の所へ行くのだからな。その彼女は死神だ。
彼女は一日に何度もお前に求愛してきたが、お前は彼女を抱くことを拒んできたんだってな。
俺は彼女に頼まれた。お前を手に入れるのを助けてほしいと。だからここにきてやったんだ。
サイランドリーの夫のガンダルヴァ達はインドラの雷のように恐ろしいものだと聞いただろう?
俺がその一人だ。その恐ろしさを見せてやろう。
こっちへ来い。俺と戦って地獄へ行くがいい!」

ビーマはベッドから飛び降り、香水がかけられたキーチャカの髪を掴み、地面に押し倒した。

戦いが始まった。
ビーマはその力強い腕でキーチャカを捕らえ、絞め殺そうとした。
お互いに森の虎のようなうめき声をあげた。
キーチャカはビーマの膝を掴み、地面に倒した。
しかし、ビーマは全く怯まなかった。

お互いに立ち上がり、再び戦い始めた。
キーチャカはいつも通りであればもっと力強いはずだったが、彼は欲望の為に眠れない夜を過ごして弱くなっていた。そして突然の攻撃を受ける準備ができていなかった。
一方、ビーマは怒りと凶暴さを爆発させ、力を倍増させていた。

ビーマは腕の中に哀れなキーチャカを捕らえた。
キーチャカを地面に押し倒し、その胸の上に膝を置いた。
何千頭もの象の強さを持つビーマの力強い腕が、キーチャカの首を掴み、ゆっくりと絞めていった。

キーチャカがその死のグリップから逃れることはできなかった。
首はゆっくりと押しつぶされ、彼の体から命が絞り出された。
息ができなくなったキーチャカはビーマの体を殴った。しかしそれは無駄な抵抗であった。ビーマの腕は彼の首に集中したままだった。
キーチャカは最後に一回だけ拳を突き出したが、そのまま死んでいった。

ビーマの怒りはまだ収まらなかった。
獣のようにキーチャカの体を蹴り続けた。腕や足の形が崩れるまで何度も殴り続けた。
腕や足、ハンサムな頭を胴体に押し込んだ。
キーチャカはただの肉の塊となった。

ビーマはランプを持ってきて、その姿をドラウパディーに見せた。
「どうだい、見てごらん。彼を殺してやった。これで満足かい?」

ドラウパディーの目は喜びで興奮していた。彼女の姿はまるで死神そのものだった。
ビーマはランプを彼女に渡して、ダンスホールから静かに出ていった。

ドラウパディーは喜びをしばらくかみしめた後、ダンスホールの守衛を呼んだ。
「この男の運命を見てみなさい。これが私に嫌がらせをした男の結末です。私のガンダルヴァの夫達の怒りの恐ろしさを警告したのに、彼は聞かなかった。私の夫によってキーチャカは殺されました」

ランプを持った者達がホールに集まり、キーチャカの無残な姿に震え上がった。サイランドリー(ドラウパディー)の夫によってキーチャカが殺されたことが伝えられた。

ヴィラータ王、スデーシュナー王妃、キーチャカの105人の弟達がその姿を見て涙を流した。

翌朝、キーチャカの葬式が執り行われた。
キーチャカの体は棺に入れられ、親戚達が火葬場に運んだ。

彼らが棺を運ぶ途中、ドラウパディーが柱の傍で立っているのが見えた。
「私達の愛しい兄が死んだのはあの女性が原因だ。彼女を手に入れたがっていたのだから、その願いを叶えてあげようじゃないか。彼女も火葬の薪の上に上げて、兄と一緒に燃やしてあげよう。そうすれば兄はきっと喜んでくれるはずだ」

彼らはサイランドリーを一緒に火葬する許しを求めてヴィラータ王に話しかけた。
ヴィラータ王はキーチャカの弟達の願いを断ることができなかった。

彼らはドラウパディーを捕らえ、縛り上げて棺と一緒に台に載せた。
「あなたの愛する人と共に行きなさい。彼を見捨ててはなりません。あなたが彼を送ったヤマの所へ一緒に行くのです」

ドラウパディーは必死に叫び声を上げた。
「我が夫達よ! ジャヤ! ジャエーシャ! ヴィジャヤ! ジャヤッセーナ! ジャヤドバラ! 助けて!
キーチャカの弟達が私を焼こうとしています。私の愛しい夫達よ。どこにいるの? 私をこの運命から救い出して!」

彼女の声がビーマの耳に届いた。
厨房から思わず叫び返した。
「俺はここにいるぞ! 助けを呼ぶ声は聞こえている。俺がお前を守る!」

ビーマは難しい状況に置かれていた。
昨日の深夜は誰にも見つからずに暗闇の中を行くことができたが、今は明るい昼間であった。
それでも彼は行くことを決心した。
お城の壁を飛び越え、近道を走って火葬場へ向かった。
葬式の行列が火葬場に到着する前にビーマは追いついた。
彼の手には引き抜いた木が握られていた。

ビーマはキーチャカの親戚達を攻撃した。
誰かに気づかれるよりも速く、必死に全員を攻撃していった。

キーチャカの親戚達はそんな事態を予想しておらず、しかもこの世の者と戦っている感じすらしなかった。
ビーマは彼ら全員を殺した。火葬場にはキーチャカの弟達の体が散乱していた。
ビーマはドラウパディーを縛る縄をほどき、城へ帰るよう言った。
彼自身もすぐに厨房へ戻った。
体を清め、まるで何事もなかったかのように仕事に戻った。

町は恐怖に満たされた。
サイランドリーには何か恐ろしい者であるかのような視線を向けられた。

ヴィラータ王は妻スデーシュナーに言った。
「サイランドリーは美しく、恐ろしい。
男達が彼女への愛に圧倒され、そして彼女の夫達によって殺されてしまう。
彼女をこの国に置いておくのは危険だ。どこか他の場所へ行ってもらうよう頼みなさい」

スデーシュナーは宮殿に戻り、サイランドリーを呼んだ。
「サイランドリー、あなたはその美しさによってこの国に恐怖を与えています。私は愛しい兄を失い、105人の弟達も失ったの。あなたが死を呼び寄せたのです。私が与えた愛を悪用したのです。そんな恩知らずな振る舞いをする人をここに置いておくわけにはいきません。今からどこへでも好きな所へ行きなさい。ガンダルヴァ達の所へ戻るといいわ」

「スデーシュナー王妃、ごめんなさい。私があなたを不幸にしました。でもこの悲劇を避ける為の努力はしたの。こんな結果を招いてしまうことはあなたに伝えてありました。でも聞いてくれなかったのです。あなたの兄もそうでした。
もう13日だけ、あと13日だけ我慢してください。私の夫達にかけられている呪いがあと13日で解き放たれます。その時私はあなたの元から去ります。
これはあなたと王様の為になることです。あと13日私を守ってくれることでガンダルヴァ達は喜ぶはずです。
お兄様を愛していたあなたにとって、私の姿を見たくないということは分かっています。この国では私は誰にも愛されていないことは分かっています。
ですが、あと13日だけ我慢してください。私を信じて。きっと良い結果があなたにやってきます」

スデーシュナーはもはや死神にさえ見えるサイランドリーの願いを聞くしかなかった。
「あなたはあまりに強い。私達など無力です。私はあなたに救いを求めます。どうか私達を殺さないでください。私は夫を愛しています。どうか私達の幸せを守ってください」

スデーシュナーは涙を拭って部屋から出ていった。

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