マハーバーラタ/1-44.お腹をすかせたブラーフマナ

1-44.お腹をすかせたブラーフマナ

とても暑い夏のある日、太陽が昇る前にアルジュナはクリシュナに話しかけた。
「クリシュナ、もう暑くてかなわない。今日はヤムナー河の畔で夜まで過ごさないか?」
「そうだね。それがいい」
「よし、じゃあ、ユディシュティラ兄さんに伝えてくるね」
二人は妻達を連れて大きな森のある川の畔へ出かけた。
そのカーンダヴァと呼ばれる森は木々が密集していて日光を遮るので、野生動物がたくさん住んでいた。そしてその森は蛇の王タクシャカの住処でもあった。

彼らは川に沿って散歩した。
クリシュナにとってこのヤムナー河は特に子供の頃の思い出が詰まった川であった。彼は昔のことを思い出し、アルジュナに話した。
ゴークラにいた時に住んでいた養父ナンダの家、そして養母ヤショーダーから受けた愛情。
ジャスミンの木陰でよく会っていたラーダー(注:ラーデーヤの母とは異なる)。そして北極星のごとく不変の愛情を持っていた彼女との別れ。その苦痛の記憶は何年経っても心の中でまだまだ生々しかった。
ルクミニーとサッテャバーマーという最愛の妻がいる今でさえ、まだ忘れないほどの記憶だった。
クリシュナはそんな遠い昔の記憶を振り払った。

太陽は空高く到達し、ちょうどお昼になった。
二人の妻達、ドラウパディー、スバッドラー、サッテャバーマーをテントに残し、クリシュナとアルジュナはもう一度川沿いを歩いた。
森の外れの木立で木の幹に腰掛けると、一人のブラーフマナがいるのが目に入った。
溶けた金のように輝く体、赤い髭、赤い目。
その姿はまるで昇ったばかりの太陽のようだった。
二人は彼に敬意を表して挨拶するとそのブラーフマナが答えた。
「おお、ちょうどよかった。私は今お腹がすいているんだ。とても。どうか私の空腹を満足させてくれないか?」
「どんな食事がいいですか? 教えてください」
ブラーフマナは微笑んで答えた。
「たいていの食事では満足できないんだ。私はアグニ(火の神)。あなた達をずっと待っていた。どうか私の夢を叶えてほしい。あなた達ならきっとできるはずだ。
私はこの巨大なカーンダヴァの森を飲み込みたいんだ。
何度も試したんだが、邪魔が入るんだ。
この森は蛇の王タクシャカの住処。この森を燃やそうとすると彼の友人のインドラが激しい雨を降らせるんだ。
あなた達は弓矢の技術にも聖なるアストラにも精通しているだろう?
その矢で雨を防いでくれる間に思う存分この森を飲み込みたいんだ。どうか頼む」

クリシュナとアルジュナはこの変わった依頼に驚いたが、受け入れることした。
「そうです。私もクリシュナも聖なるアストラを使えます。
二人でインドラの雨を防ぐことができると思いますが、天界の王から森を守る為にはアストラに耐えられる強い弓と、矢が止めどなく出てくる矢筒、それに世界で最も速い馬が必要です。それらが揃うならあなたを助けましょう。
クリシュナに関して言えば、天界の全ての武器を集めたよりも強いですから問題ないはずです」

アグニは海の神ヴァルナを呼んだ。
「ヴァルナよ。あなたはソーマによって与えられた聖なる弓と、決して空にならない矢筒を持っているはずだ。それらをこのアルジュナに与えてくれないか? そして速い馬を繋いだ馬車も彼に与えてやってくれ。
彼は今日、クリシュナの助けを借りて偉大な仕事を成し遂げるのだ。どうか頼む」
「アルジュナ、もうそこに置いてある。使いなさい」
美しい弓が置かれていた。全ての世界に知られるその有名な弓の名はガーンディーヴァ。それを持った戦士は決して敗北することがないと言われていた。
さらにヴァルナは二つの矢筒を与えた。その矢筒の中身は決して無くなることがなかった。
そして馬車も与えられた。猿の旗印を持つその馬車は白く、四頭の馬が繋がれていた。かつてデーヴァ達がアスラとの戦いに使ったその馬車は、風や考えよりも速く、まるで空を飛ぶかの如く走った。まるで太陽に照らされた新しい雲のように輝き、馬車の音はアルジュナをワクワクさせた。

アルジュナは感謝の気持ちと幸福感に圧倒されながら、謙虚に敬意を表した。馬車の周りにプラダクシナをし、ガーンディーヴァにも敬意を表してから手に取り、二つの矢筒を肩に縛り付けた。
弓に弦を張って鳴らすとその音は恐ろしいほどに響き渡り、アルジュナの胸に共鳴した。
さらにアグニはクリシュナにチャックラを与えた。
「このチャックラの名はスダルシャナ。大昔にあなたがダイッテャ(悪魔)を倒したときに使った武器だ。長い年月を経てあなたの元に返ってきた。どんなデーヴァもあなたを打ち負かすことはないだろう」
ヴァルナはクリシュナにカウモーダキという名の槌矛を与えた。
アルジュナはクリシュナと共に馬車に乗り込み、アグニに言った。
「必要な武器が完全に揃いました。これで誰とでも戦えます。もうインドラを恐れなくてよいです」

アグニは喜び、炎の姿になってカーンダヴァの森を燃やし始めた。炎が全周から森を飲み込み始めた。

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