マハーバーラタ/4-10.ビーマとサイランドリー

4-10.ビーマとサイランドリー

ドラウパディーは部屋に戻って身を清め、一人泣き始めた。心が張り裂けるほど泣いた。
王妃スデーシュナーが彼女の様子を見にやってきた。
「サイランドリー(ドラウパディー)、なぜ泣いているの? 何があったの?」

ドラウパディーは彼女に怒りをぶつけた。
「スデーシュナー様、あなたは何が起きるか知っていてあなたの兄の所へ送ったのですね。それなのになぜ私が泣いているか尋ねるのですね」
しばらく沈黙した後で、今日起きた出来事を話した。
「でも、いいんです。何も心配していません。私の夫達は全てを知っていますから。きっとすぐにあなたのお兄様を殺してくれますから」

スデーシュナーは兄の命が危険にさらされていることを知り、恐ろしくなってその場から去っていった。

ドラウパディーはずっと座っていた。
何時間経ったか分からないほどずっと一人で座っていた。
憎しみだけが彼女を満たしていた。
「(キーチャカ、殺してやる。私には夫がいると言ったのに色目を使い、強引に奪おうとした。こんなひどい侮辱はない。あんな奴、死んでしまえ)」
それから彼女は食べようとも眠ろうともしなかった。憎しみの炎が彼女を満たしていた。
そして決意した。

夜遅く、皆が寝静まった頃、ベッドから起き上がり、ビーマの所へ向かった。
眠っているビーマの傍に座ってしばらく見つめた。
そしてビーマを眠りから起こそうと話しかけた。
「ビーマ。ビーマ。起きて」

ビーマは起き上がってベッドに座った。
「ドラウパディー! どうしたんだ、こんな時間に?」
ドラウパディーはまるでヴィーナの旋律のような甘い声で話しかけた。
「愛しいビーマ。私が苦しんでいるのに、どうしてあなたは眠っていられるの? ユディシュティラのように無情な人だったかしら? あのキーチャカが生きているのにどうして眠っていられるの? 私にこの侮辱を耐えろと言うの? あなたしか頼る人はいないの。どうか私を幸せにして」

「ドラウパディー、こんな軽率なことをしてはだめだ。あなたがここにいるのを誰かに見られたらまずい噂が広まってしまう。ここにいてはいけない。言いたいことは何ですか? 話が終わったら誰かがここに来る前に帰るんだ」

ドラウパディーはしばらく静かに座っていたが、今日の出来事を話し始めた。キーチャカがどんなふうに困らせてきたか全てを話した。
「あなたはあの時宮殿に居たわね。ユディシュティラが私に言ったことも聞いていたはずよ。自尊心も感情も持っていない彼なんて尊敬できない。彼なんて賭け事しかできないのよ。
でもビーマ、あなたは違う。私がしてほしいことは、いつでも何でも叶えてくれる。私を愛してくれています。
あなたにしか頼めないの。あのキーチャカが死ぬまでは、私はもう食べることも眠ることもできないわ。
ユディシュティラは何もしてくれない。アルジュナに近づくこともできない。ナクラやサハデーヴァはユディシュティラに服従しているから、決して彼に逆らうようなことはしないでしょう。
あなただけなの。私を助けてくれるのはビーマ、あなたしかいないの。
見て、この手を。
何ヶ月も召使いの仕事をしてきたのよ。毎日毎日お香を擦ってペーストにしているから、ほら、こんなにマメだらけになったの」

ドラウパディーが差し出した手をビーマは見た。
愛しい彼女の手はマメができて手の平が固くなっていた。
ビーマは彼女の手を自分の頬に触れさせながら痛みの涙を流した。

「ドラウパディー、聞いてくれ。あなたの知っている通り、私はあなたを愛している。これまであなたの望みを拒んだことなんて無かっただろう? でも今は我慢しなければならないんだ。
今日キーチャカを殺そうと思った。でもユディシュティラが止めたんだ。私も苦しいんだ。
でもこれまでの十数年間のことも忘れてはいけないんだ。あなたがハスティナープラで受けた侮辱のことも決して忘れていない。
もうすぐ自由になれるんだ。姿を隠す期間ももうすぐ終わる。
それまでは注意深く過ごさなければ。
あと半月の辛抱だ。私がキーチャカを殺す。だから急がないでくれ。
今それをしてしまえば、ビーマの存在がばれてしまう。また森へ行くことになってはならないんだ。あとほんの少しだけ耐えてくれ」

「嫌よ! あなたがそんなに薄情だなんて知らなかったわ!
もう私には頼れる人はいないのね。もう死ぬしかいないわ。今から毒を飲んで死にます」

ビーマは決意した。
彼女を腕の中に抱きしめ、彼女の涙を指で優しく拭った。
「ドラウパディー。泣かないで。あなたの涙には耐えられない。
明日だ。明日キーチャカを殺そう。
一つ頼みがある。明日の夜、建築中のダンスホールで会おうとキーチャカに伝えてくれ。それだけでいい。
彼がそこに来たなら、あとは私に任せておくんだ。これでいいかい?」

ドラウパディーの顔にようやく笑みが浮かんだ。
「ああ、ビーマ。ありがとう。あなたはたった一人の勇敢で愛しい夫です。私にあなたを与えてくれた神に感謝します」

ドラウパディーは慎重な足取りで帰っていった。

翌朝、キーチャカがドラウパディーの所へやってきた。
「サイランドリー、昨日のことを覚えているかい?
王は私を恐れているんだ。ここにはあなたの訴えを聞いてくれる人なんていない。私の妻になりなさい」

ドラウパディーは甘い微笑みを浮かべた。
キーチャカは目を疑った。
「キーチャカ様、私があなたを拒んできたのは、夫を恐れているからです。このことが知られたなら、私もあなたも殺されてしまうと思ったからです。
ですが、良い解決方法を見つけました。
他の誰にも知られない場所で会いましょう。
今、王様によって建築されているダンスホールはご存じですよね? あそこには昼間は少女達がいますが、夜は皆が家に帰るので誰もいません。あのホールにはベッドがあります。
今夜一人で来てくだされば、私がそこで待っています。
くれぐれも誰にも、この秘密のデートのことを伝えてはなりません。
今夜、あなたにふさわしいものを差し上げます」

キーチャカはその提案に喜んで同意した。
「もちろん一人で行くよ。誰にも言わない。
あなたがこんなに親しくしてくれるなんて嬉しいよ。分かった、今夜ダンスホールで会おう」

キーチャカ、ドラウパディー、ビーマ。
三組の目がそれぞれの欲望に満たされ、その日の終わりを心待ちにしていた。

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