マハーバーラタ/2-15.恐ろしい誓い

2-15.恐ろしい誓い

ドゥルヨーダナがドラウパディーに太腿を見せつけるしぐさを見せられた瞬間、ビーマはその屈辱に思わずドゥルヨーダナに掴みかかった。まるで踏みつけられた毒蛇のようなあっという間の反応であった。
ビーマは焼かれた金属のような赤い目でにらみつけた。
「お前・・・!!!
・・・我が名はビーマセーナ。私はここに誓う。このドゥルヨーダナの太腿を我が槌矛で引き裂くことができないのならば、先祖達のいる天国へは行かない! 終わることのない地獄へ行ってやる!」

ラーデーヤはビーマをせせら笑った。
「おい、ドゥッシャーサナ! 何をぐずぐずしている! この奴隷の女を召使いの部屋へ連れていけ! ドゥルヨーダナ、この女はあなたのものだ。好きにするといい」

ドゥッシャーサナは再びドラウパディーを引っ張って連れ出そうとした。
ドラウパディーはもう一度年長者達に訴えた。
ビーシュマ、ドローナ、ドゥリタラーシュトラ・・・誰も口を開かなかった。ヴィドゥラは彼女を慰めようとしたができなかった。
ドラウパディーは再度ドゥリタラーシュトラの秘められた気高さに訴えかけたが、無駄であった。

ビーマが恐ろしい誓いの言葉を続けた。
「私はドゥルヨーダナを殺すであろう。我が弟はラーデーヤを殺し、このイカサマサイコロの使い手シャクニは我が弟サハデーヴァによって殺されるであろう。
この場にいる全ての者達よ。よく聞いてくれ。戦争が起こったなら、今私が宣言した誓いは現実のものとなる。
私はドゥルヨーダナを槌矛で殺し、頭を踏みつけるだろう。そしてドゥッシャーサナの心臓の血を飲んでやる」

アルジュナが続いた。
「兄ビーマよ。家の中でのんきに暮らしている者には、外の世界の危険は分かるまい。
あなたの言ったことは現実になるでしょう。ビーマの怒りから逃れられた者など誰一人として存在しない。
ドゥルヨーダナ、ドゥッシャーサナ、シャクニ、ラーデーヤ。大地はこの四人の血を飲むことになるだろう。
我が名はアルジュナ。私は兄ビーマの命令に従うことを誓う。ここにいるラーデーヤと、愚かにも彼に味方する者全員を戦争で皆殺しにする。
一人残らず死の王、ヤマの住処へ送ってやる。
たとえヒマラヤの雪山がその場から動いたとしても、太陽がその軌道を変えたとしても、月がその冷たさを失ったとしても、私はこの恐ろしい誓いは決して変えることはない」

サハデーヴァが続いた。
「シャクニよ。お前はガーンダーラの国の汚点だ! お前が愛用するそのサイコロ、それはサイコロではない。死を招く鋭利な毒矢だ。
お前とお前の親族を殺すことを誓う。男らしく戦争で私に立ち向かう勇気を持っているならな! そうあってもらいたいものだ!」

ナクラも続いて誓いを立てた。
「我が兄弟達がその四人を殺すことを誓った。
私も誓おう。シャクニの息子ウルーカを私が殺すだろう。近い将来起こることになる戦争で、パーンダヴァ兄弟の手に掛かってお前達は全員死ぬことになる。私が保証する」

彼らがそれぞれ誓いの言葉を宣言した時、パーンダヴァ達の頭上から花びらが降り注いだ。

アルジュナが言った。
「私は今すぐにでも彼ら全員を殺してやりたい。戦争など待っていられない。だが、兄ユディシュティラに今は従う。待っていろ!」
彼の目は怒りで真っ赤に染まり、手にはガーンディーヴァを握りしめ、口からは怒りが漏れ出ていた。まるで罪人の世界を滅ぼす死神のようだった。
その時大地が震撼した。アルジュナの怒りはビーマより激しく、大地が恐れているようだっだ。

ユディシュティラが愛情と感謝の気持ちを込めてアルジュナの手を握った。
「アルジュナ。怒りで我を失ってはいけない。ダルマから逸れてはならない。
ラーデーヤの言葉を聞いた時、私も彼を焼き殺したいと思った。
だが、なぜか彼への怒りが収まっていくのを感じたんだ。ラーデーヤの足は私達の母クンティーの足を思い出させるのだ。その足を見ていたら彼に怒りをぶつけることができなくなったんだ」

ホール内が静まる中、パーンダヴァ兄弟の誓いを聞いたドゥリタラーシュトラは事の重大さを今になって気付き、震えていた。
「おお、我が息子ドゥルヨーダナよ。お前の愚かな罪のせいで純粋な心を持つドラウパディーを侮辱してしまった。お前の死は確実だ。
ドラウパディーよ。すまなかった。無知な我が息子の振る舞いをどうか許してほしい。あなたの望みを叶えてあげよう。何でも言ってくれ」

「ドゥリタラーシュトラ王よ。私の願いを叶えてください。
我が夫、ユディシュティラを奴隷の身分から解放してください。彼が罪人の奴隷ではないと、どうか宣言してください」
「もちろんだ。皆の者、聞いてくれ。我が弟の長男ユディシュティラは奴隷ではない。彼は自由だ。これでよいか? 他は? 他に何か望みはあるか?」
「ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァも奴隷の身分から解放してください」
「分かった。ユディシュティラの弟であるビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァは奴隷ではない。彼らは自由だ。娘よ。もう一つ叶えたいことを言うのだ。何をすればあなたの気が済むのだ?」
「これ以上の願い事はありません。ダルマの法則を超えて強欲になる気はありません。我が夫達が自由の身になりました。それで十分です」

ラーデーヤがあざけ笑った。
「おいおい、パーンダヴァ兄弟は運がいいな。溺れる彼らをドラウパディーが助けてやっているぜ。一人の女に助けてもらうなんて、本当に幸運な奴らだな」

ビーマが反応しようとしたがユディシュティラに止められた。
ドゥルヨーダナはラーデーヤと弟達を連れ、憤慨しながらホールを出ていった。

ユディシュティラは伯父ドゥリタラーシュトラに話しかけた。
「あなたの命令にはいつも従ってきました。今私達がすべきことは何でしょうか?」
「あなたのその謙虚な態度を気に入りました。あなたは賢明で、善良で、高貴な人だ。今日起きたことは忘れてほしい。善人たるもの、他人の良いところを見出し、犯した罪は許すものだ。どうかドゥルヨーダナの犯した罪を忘れてほしい。
あなたが今日のゲームで失ったものは全て返します。どうぞカーンダヴァプラスタへ戻り、国を統治するといい。悪い夢を見たと思って今日のことを忘れてほしい。我が息子を優しく思いやって、穏やかに国へ帰るのです」

ユディシュティラは頭を下げた。
年長者達に別れを告げ、弟達とドラウパディーを連れてインドラプラスタへ向かった。

(次へ)


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