マハーバーラタ/1-4.禁欲の誓い

1-4.禁欲の誓い

デーヴァヴラタはすぐに父の異変に気付いた。
父は口数が減り、一番の趣味の狩りでさえ、まるで全く興味を失っているように見えた。理由を聞いても全く答える気が無いようだった。

しかしある日、シャンタヌ王は息子に話し始めた。
「デーヴァヴラタよ。今この偉大なクル家において跡を継げる息子はお前しかいない。他に100人の息子を持ったとしても、お前に匹敵するような者はいないだろう。もう一度結婚しようなどとは思わないが、息子が一人しかいないのは、目が一つしかないようなものなのだ。
お前が長生きする恩恵を神から受けているのは知っている。だが、それでも私の気は晴れないのだ。賢者が言うには、子供が一人しかいないのは全くいないのと同じだと。偉大な戦士であるお前に万が一のことがあったらそれはクル一族の血筋が途絶えることを意味する。それはまさに滅亡を意味するのだ」

デーヴァヴラタは何も言わずその場を去り、父の御者のところへ駆け込んで問い詰めた。彼の知性は父が作り出した言葉の幕を突き破っていた。
「あなたは父の友人であり、腹心の人だ。答えなさい。父の心を捕まえた女性は誰ですか? これは父の幸せのために聞いているのです」
御者はしばらくためらっていたが、その後ようやく答えた。
「・・・王様は、あなたに伝えることを許さないかもしれませんが。その女性は漁師の娘です。すでに王様の心に入り込んでいます。その女性との婚約には条件があるようです。彼女の父親は、娘に生まれる息子をパウラヴァ王家の跡継ぎにしろ、と言ったのです。王様はあなたのことを思って、その条件を飲まずに帰られたのです」

彼は父には何も告げずにその漁師が住むという森へ向かった。
そこで美しい女性がヤムナー河の岸で舟をつないでいるのを見かけた。
彼女はデーヴァヴラタを見て、一瞬シャンタヌ王が来たのかと勘違いした。
この女性で間違いないと確信したデーヴァヴラタは挨拶をした後、父親の所へ連れて行ってもらうよう頼んだ。
漁師は最大の敬意を払って歓迎したが、デーヴァヴラタは何の前置きもなく話し始めた。
「ハスティナープラの偉大な皇帝である父が、あなたの娘への愛で悩んでいると聞く。あなたの望みは一体何なのですか? 世界を治める王が訪問したというだけでも十分な名誉であるのに、あなたは父の願いを拒んだと聞きました」
「私は代償が欲しいのです。我が娘、サッテャヴァティーがあなたのお父様と婚約することは大変な名誉です。それは十分存じ上げております。そしてその間に生まれる息子が王となることがすでに予言されています。
そしてデーヴァヴラタ様、あなたはシャンタヌ王から愛され、ユヴァラージャに指名されています。ですから私からの申し出に対して王様は黙ってしまわれた。承諾していただけなかったということです」
デーヴァヴラタの顔に不快な表情が横切った。愛する父が望むものを叶えられないなどということは想像がつかなかった。
「あなたの血を引く孫が次の王になってほしいと。そういうことですね?
いいでしょう。
私、デーヴァヴラタは、今この場で、王位継承権を放棄することを宣言する!! これで満足ですか?」
世界の希望であった王子によるその言葉は漁師を驚かせた。漁師の目は信じられないと語っていた。目の前にいる王子が思いがけない方法で王位を放棄したのだ。
漁師は驚きの表情を微笑みに変えて答えた。
「おお、あなたにとって父親の幸せが全てなのですね。大変立派な王子です。その高貴さであなた自身は王位を放棄なさいました。しかし、あなたの息子達はどうでしょう? あなたと同じように無欲でいられるか、私の孫と争わないかどうか、確信が持てません」
デーヴァヴラタは彼の貪欲さに衝撃を受けた。
そして軽蔑の微笑みを浮かべて、さらなる誓いを宣言した。
「まだ満足していないのですね? いいでしょう。あなたを満足させましょう。
私は決して結婚しない!! この世界、天界、地獄、すべての住人たちの目の前で、私の親愛なる者、聖なる者、全ての名の下に、我が先生バガヴァーン・バールガヴァの名の下に、我が母ガンガーの名の下に、ダルマの名の下に、私が生きている限り、結婚しないことを宣言する!!!
さあ、これで満足ですか?」

天界から彼の頭上に花が降り注がれた。
彼のしてしまった誓いがあまりにも恐ろしく、あらゆる方向から『ビーシュマ! ビーシュマ!!(恐ろしい! 恐ろしい!!)』という声が鳴り響いた。

漁師は娘サッテャヴァティーを彼の前に連れてきた。
「ここにいる彼女が、今からあなたの母です」
彼女に礼拝し、馬車に乗せてハスティナープラへ急いだ。

デーヴァヴラタは父の元へ急いだ。
「父上のために彼女を連れてきました。どうぞお受け取り下さい。その落胆を振り払い、幸せになってください」
空ではいまだに『ビーシュマ!! ビーシュマ!!』の叫びが轟いていた。

シャンタヌは起きたことを聞き、悲しみに圧倒された。その誠実さ、あまりの男らしさ、美しさ、神聖さによって、永遠に独身を貫く生き方を自ら背負い込んでしまった自分の息子を思うと、とても耐えられなかった。
しかし一度編み込まれた織物は解くことはできない。息子の決心によってシャンタヌは心の中の願望を叶えることができたのだ。
彼は感謝と愛情を持って息子へ祈りを捧げた。
これまでに積み重ねてきた彼のタパス(修行の恩恵)がこの祈りによってすべて使い果たされ、息子が失ったものへの埋め合わせとして与えられた。
その祈りとは、『デーヴァヴラタが自ら望む時にだけ死を迎えられますように。死が彼の望む時期まで待ってくれますように』であった。

シャンタヌとサッテャヴァティーの結婚が祝われた。
王は彼女と共に幸せな数年間を過ごした。
やがてチットラーンガダとヴィチットラヴィールヤという2人の息子が生まれた。

時はあまりに早く流れ、シャンタヌは先祖に呼び寄せられてこの世を去った。2人の息子はまだ幼く、いつしかビーシュマと呼ばれるようになったデーヴァヴラタは王国の重責を担うことになった。チットラーンガダをユヴァラージャとして即位させ、自らは摂政として王国を支えることとなった。

こうしてビーシュマが摂政となり平穏な年月が過ぎていったが、突然の悲劇が雷のように襲った。
ガンダルヴァの王であるチットラーンガダは、はかない肉体をもつ人間が自らと同じ名を名乗っていることが気に入らなかった。自らがその名に相応しいことを証明するために人間のチットラーンガダに戦いを挑んだ。
クルクシェートラ平原にて2人のチットラーンガダの戦いが繰り広げられたが、シャンタヌ王の息子は敗れ、殺害された。

ビーシュマは悲しみに打ちひしがれたが、その後ヴィチットラヴィールヤを即位させ、自らは摂政の役割を続けた。彼は義弟の名の下に王国を統治し、人々は幸せであった。ビーシュマという無冠の王の下に国民は幸せに暮らしていた。

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