マハーバーラタ/1-21.対抗試合

1-21.対抗試合

ドローナは弟子達の腕前を王室や町の皆に披露したいと考えていた。
ビーシュマとドゥリタラーシュトラ王に熱意を持って提案した。
「それはいい案だ」
ビーシュマは賛成した。
ドゥリタラーシュトラはそのショーにふさわしいスタジアムを建設するようドローナに伝えた。

スタジアムは短期間で建設されたものとは思えないほどよく考えられた巨大な建造物であった。
中央には試合会場となるステージ、その周りを取り囲むように作られた観客席の一方は王家の人々や近隣王国の来賓用で、王家の女性達の為の席も別に用意されていた。反対側には一般市民用の巨大な観客席が作られた。

試合当日、太陽がギラギラと輝く中、何百万もの人がドローナ先生によって訓練された王子達の腕前を見ようと会場に押し寄せていた。
観客達はこれから始まるたくさんの試合に期待していた。
「ドゥルヨーダナとビーマの激しい槌矛対決が楽しみだ」
「アルジュナの弓の腕前はすごいらしいぞ」
「ドローナ先生がお気に入りのアルジュナの腕前をみせつけたくて大会を開いたんだよ。他の参加者なんてただの引き立て役さ」
「いやいや、アルジュナくらいの腕前の王子がたくさん揃ったとビーシュマに報告したいんだよ」

王家の人々が席に座り始めた。
太陽に輝く白髭のビーシュマが最初にやってきた。
クリパ先生が続いた。
ヴィドゥラに導かれてドゥリタラーシュトラ王とガーンダーリー王妃が次にやってきた。
さらにクル一族の他の長老達や来賓の王様達も続いた。
皆が席について王子達が現れるのを熱望して待った。

会場から巻き起こった轟音は、まるで満月が空に昇っていく時の海の轟きのようであった。その轟音が頂点に達すると今度は魔法のように静まった。
ショーの始まりに期待する観客の首が一斉に伸びた。
真っ白な服に包まれた、威厳と気品のある白髪をもつドローナがステージに立った。その横には息子アシュヴァッターマーが付き添っていた。
聖者ヴャーサがこのショーを見る為にやってきていた。

開会に先立ち、ドゥリタラーシュトラ王がドローナとクリパ、両先生の栄誉を称えた。ブラーフマナがヴェーダを詠唱する光景は、これから始まる王子達のショーに相応しい、とても印象に残る光景であった。

王子達が一人一人ステージに立った。
先頭は最年長のユディシュティラであった。他の者達も続いて入場し、先生達に挨拶をした。彼らは手に持つ弓を鳴らした。そのビューンビューンという音が会場に鳴り響き、競技の始まりを知らせた。

弓矢、剣、槍など、戦争で使われるあらゆる武器を使い、王子達はその素晴らしい技を順番に披露した。観客達は息を飲んでそのショーに見入った。まだ若い王子達が軽々とたくさんの武器を扱う姿はとても魅力的だった。

続いて始まったのがドゥルヨーダナとビーマによる槌矛の戦いであった。彼らの槌矛さばきは巧みで、しかもその剛腕を惜しみなく見せつけるものであった。ヴィドゥラは兄ドゥリタラーシュトラ王に実況していた。

彼ら二人による戦いは続いた。
観客はビーマ、ドゥルヨーダナいずれかに分かれて応援していた。
ドローナはその戦いを注意深く見ていた。
いつの間にかその二人の戦いは試合とは言えないほど激しいものとなり、お互いに殺気を帯びているのが明らかであった。
ドローナは息子アシュヴァッターマーに伝えた。
「どうやら威勢が良すぎますね。これはもう技の披露ではない。アシュヴァッターマー、ステージに行って彼らを止めなさい。試合は終わりです。このステージ上で不愉快な出来事があってはなりません」
アシュヴァッターマーがステージに登って二人を制止した。彼らの闘志は収まりそうになかったが、グルであるドローナの命令を聞かないわけにはいかなかった。怒りで赤くなった目と激怒の顔つきのまま二人は引き離された。

次に登場したのはアルジュナであった。
金の鎧を身に着け、右手には弓、指には皮のカバー、肩に縛られた矢筒。
その姿は美しく、彼がステージに上がった瞬間、観客から一斉に耳をつんざくような歓声が起きた。
ドゥリタラーシュトラ王はその歓声に驚いた。
「ヴィドゥラよ、この歓声は何だ? ステージで何か起きたのか?」
「クンティーのハンサムな息子アルジュナです。みんなのお気に入りで、会場全体が興奮しています」
盲目の王は嫉妬で心を燃やしていたが、それを隠してアルジュナを優しく称えた。
クンティーは王家の他の女性達と共に息子達の晴れ姿を見ていた。彼女の眼は嬉し涙でいっぱいになり、皆の英雄になっている息子を誇りに思った。ハスティナープラでの生活は彼女のつらい過去を少し忘れさせていた。成長した息子達が彼女を安心させた。

アルジュナはたくさんの妙技で観客を楽しませていた。
矢が一本放たれたと思ったら、その矢が複数に分かれて飛び、また一緒になり、さらに雨の雫のように降り注いだ。それは空気の中を走り、目にもとまらぬ速さであった。

そのうっとりする彼の技術に全ての観客達が魅了されていた時、突然の轟音が鳴り響いた。まるで雷の破裂音のようだった。ドゥルヨーダナと弟達はその音がやってきた方向、会場の入口の方へ顔を向けた。
観客達もざわつき始めた。
「何だ? 山が崩れたのか? 世界を滅ぼす雨雲がやってきたのか?」
まるで風に吹かれて一つの方向を向いているトウモロコシ畑のように、観客全ての顔は会場の入口に向けられた。
天界の小さな神々に従われて立つインドラのように、ドゥルヨーダナは弟達に従われて、手に槌矛を持って立ち上がった。
アルジュナは演技をやめた。
五兄弟は入口の方へ目を向けた。

観衆は誰かの為に道を開け、その道をまるで豹のように歩いてくる一人の青年。この神々しい青年を観衆は見ていた。彼の鳴らす弓の弦の音が鳴り響いた。それはラーデーヤであった。
黄金の鎧にイヤリング、豹の優雅さをまとった歩き方。
彼はドローナに近づき、挨拶をした。
そして雷雲の轟きのような声でアルジュナを挑発した。
「アルジュナ、あなたに挑戦したい! さっきまで披露していたあんな技、私にでもできる! あなたの先生が許すならそれを見せてやろう」
アルジュナが披露した妙技をラーデーヤは繰り返した。
ドローナの表情に悔しさが見えたので、ビーシュマは面白がって笑っていた。
ドゥルヨーダナはこの見知らぬ者に心惹かれ感動していた。
アルジュナは怒りと屈辱に圧倒された。
ユディシュティラはこの新しくやってきた者の勇敢さに混乱していた。

ラーデーヤは自らの演技を終えた。
次にアルジュナに一騎打ちを挑んだ。実は自分の弟に挑んでいるということを全く知る由もなかった。
「あなたは誰だ? 招かれもせず、厚かましくも、勝手に腕前を見せびらかす為にステージに上がってきたあなたは一体誰だ? 答えなさい!」
「この場はあなた個人の為に準備されたショーではない! 全ての人のものだ! 全ての人が自由に技術を披露する場であろう! 私の挑戦を受けるか? それとも私の方が優れた弓使いであると認めるか?」

アルジュナは肩をすくめ、戦いの準備を始めた。
その時、奇妙な光景は起きた。
空が突然、濃い雨雲に覆われた。それはまるでインドラ神が彼の息子を守る為に現れたかのようであった。
しかし、ラーデーヤの頭上には太陽が輝き、新しくやってきた彼に暖かな光を注いでいた。それはスーリヤ神が彼の息子を守りたがっているようであった。
それは奇妙で、美しい光景であった。
ラーデーヤは太陽の光を浴び、アルジュナは黒い雨雲の影にいた。
観客達が敵味方に分かれた。
ドゥリタラーシュトラ王の息子達はラーデーヤの味方についた。
ドローナ、ビーシュマ、クリパはパーンドゥの息子アルジュナの味方についた。

戦いの直前、女性達の中で騒ぎがあった。
クンティーが失神して倒れたという知らせがヴィドゥラに届けられた。
鎧とイヤリングを身に着けた青年の姿を見た瞬間のことであった。
彼女は思い出していた。
『遠い将来、いつか私はあなたに遭うでしょう。あなたの持つカヴァチャとクンダラによって、私にはあなたが分かるでしょう』
彼が来た。彼女の心はひどい苦痛を受けた。
自然の法則は寛大であった。彼女を失神させることで慈悲深い休みを与えた。
ヴィドゥラがやってきて香り付きの水をかけて意識を回復させた。彼は過去と未来を見通せる力で全てのことを知った。
ヴィドゥラとクンティーはジェスチャーと隠語のみで会話した。
彼女は黙っておいてほしいと伝えた。
二人の息子が対峙しているのを見た悲しみが彼女の体を燃やした。そして再び平安も幸せもない、痛みと悲しみの人生がやってきた。

ステージ上では二人の青年が戦う準備を整えていた。
弓をたわませ、怒りで目を赤くして互いの顔をにらんだ。
クリパがステージに上がった。
「では決闘のルールに従いましょう。
こちらの青年はクル一族に属するパーンダヴァ兄弟のアルジュナ、クンティーの息子です。
若者よ。名乗りなさい。
あなたの父の名と一族の名、あなたが所有する国を観衆に発表しなさい。平等な身分の者だけが戦うことができるのがルールです。王子であるアルジュナは自分より低い身分の者と戦うことはできません」

露でびしょぬれになった蓮のようにラーデーヤの頭はうなだれた。
ラーデーヤは何も言えないまま時間が過ぎようとしていた。

その時、まるでコブラが飛び跳ねるかのように、突然ドゥルヨーダナが席から立ち上がった。彼の熱のこもった弁論が始まった。
「古代から伝わるダルマによると、王には三種類あると言う。
生まれながらの王、勇敢さゆえの王、そして他の王を倒して王になった者。
勇敢さはクシャットリヤだけの生来の特権ではありません。火打石からも、水からも火を得ることができます。勇敢さというのは普遍的なのです。
そして王だけが王と戦わなければならないというルールに盲目的に従うのなら、私が彼の望みを叶えましょう。今、領主のいないアンガの国、私が彼をアンガの王にします!
これで彼はアルジュナと戦えます。これでいいな!」

ドゥルヨーダナのこの威厳のある振る舞いは人々を魅了した。
「いいぞ! ドゥルヨーダナ、よく言った!!」 
歓声が会場の隅々まで響き渡った。
ビーシュマの目には満足の涙があふれた。

ドゥルヨーダナはビーシュマとドゥリタラーシュトラ王の許しを得て、戴冠の儀式に必要なものを持ってこさせた。
ブラーフマナがヴェーダの詠唱を始めた。
ドゥルヨーダナはラーデーヤの頭に王冠を乗せ、右手に剣を持たせた。
ラーデーヤはクルの王子によって戴冠の洗礼を受けた。
「見知らぬ人よ。あなたは今やアンガ国の王です。
アルジュナよ! 彼はあなたと戦える身分です。彼と戦って私達を楽しまなさい」
ラーデーヤの目は雨のように涙を流していた。
「あなたが与えてくれたこの偉大な栄誉に対して、なんとお礼を言ったよいか分かりません。私はこれを受け取るに値しないと思うのです。どんなお返しをしてよいのか分かりません」
「いいえ、私には分かります。あなたが何者なのかは分からずとも、あなたの資質はこんな小さな国の王には留まらないことは分かります。あなたは全世界の統括するにふさわしいほどであると感じるのです。私からのこの小さな奉仕へのお返しなんていりません。私はあなたの愛情が欲しいです。友情が欲しいです。このドゥルヨーダナはあなたの心を求めます」
ラーデーヤは感謝と愛情がこもった清らかな涙を流しながら微笑んだ。
「おお、親愛なるお方よ。それは求めなくていいです。すでにあなたは持っていますから」
ドゥルヨーダナは洗礼の儀式でずぶぬれになっているラーデーヤの体を抱きしめた。この感動的な光景は全ての人々の心を動かした。
「素晴らしい! 真の価値を見抜く眼力、この気前の良さ! ドゥルヨーダナこそ誉れ高いクル一族の後継者に相応しい! 真の王子だ!!」

そんな感動の空気の中、一人の老人がステージに向かってゆっくり歩いて行った。その老人はラーデーヤの父、アディラタであった。
父の姿を見たラーデーヤは父の元へ駆け寄り、礼拝して父の足元に王冠を置いた。
「我が子ラーデーヤよ、あなたが幸運をつかんでいるのを見て私は幸せです。偉大なドゥルヨーダナに感謝し、彼を称えなさい」
その親子の光景を見て周りにいた人々は理解した。
「ラーデーヤの父はスータ(御者)じゃないか。スータプットラ(御者の子)だ! クシャットリヤじゃない!」
パーンダヴァ兄弟も彼を嘲った。ビーマが話し始めた。
「おい! 聞きな! お前なんかアルジュナに殺されるには相応しくないんだ! その手に持つのは弓じゃない、鞭がお似合いだ!!」
ラーデーヤの唇は怒りで震えていた。
しかし彼は静かに立ち上がり、自らのイシュタデーヴァター(好みの神)である太陽に目を向けた。
その光景を見たクンティーの心は張り裂けそうだった。自分の息子が、それが自分の父親であることを知らずに、助けを求めて太陽を見上げていた。

ドゥルヨーダナが蓮の花でいっぱいの湖を破壊する象のように前に出てきて、毒を吐くコブラのように話し始めた。
「ビーマよ。お前は王子だろう! さっきの言葉は王子にはふさわしくない。
以前私が言った通り、勇敢さというのはクシャットリヤだけのものではないのだ。英雄にとっても、川にとってもその源は重要ではないのだ。偉大と言われている人達の生まれを考えてみなさい。たいてい曖昧なものです。偉大な火であるバダヴァは海の中で生まれました。私達の先生であるドローナやクリパの生まれも考えてみなさい。あなたの父、私の父、私達の叔父ヴィドゥラのことを考えてみなさい。高貴な生まれだと思っているあなた自身の生まれを考えてみなさい。世間はパーンドゥの実の息子ではないことを知っています。あなたの母の息子です。あなたは三人の恋人を持った女性の息子です。
こんな馬鹿げた話はやめなさい。このラーデーヤについては、あなたの理解の無さから出た発言に気の毒に思います。見てみなさい。彼はクシャットリヤだけに見られる資質に満ちているではないか!
虎は決して鹿には生まれないというのは分かるだろう! 彼が真のクシャットリヤであるのが見えないのか!!
私は彼をアンガの王にしました。ですが、彼はもっと偉大な名誉に値すると私は感じています。彼こそがこの地上の王に相応しいとまで感じます。
ビーマ、あなたには彼の素晴らしさが見えないのだろう。
彼がどんな名を持つか、どこから来たのか、それは問題ではない。私は気にしていない。彼こそが英雄だ。
さあ、あなたの弟アルジュナに言いなさい。彼と戦えと。勇気があるなら」
ドゥルヨーダナの演説は全ての人々に称賛された。

ドゥルヨーダナによって与えられた、息子に対する称賛を聞いて喜んだ太陽はゆっくりと、微笑みながら西へ沈んでいくようであった。

劇的に始まった対抗試合という名のショーは劇的に終わった。ドローナとアルジュナにとっては期待外れの出来事であった。
人々は新たにやってきた英雄とドゥルヨーダナの話題で持ちきりだった。アルジュナの偉業は完全に忘れ去られていた。このイベントは大失敗であった。
ドゥルヨーダナがラーデーヤと腕を絡ませて会場から歩いていくと、大勢が彼らの後を追った。
ビーシュマはこっそりとほほ笑んでいた。
意気消沈したドローナは考え込みながら他の人の後を歩いた。
ヴィドゥラはどこか悲しげで深刻な様子であった。

ユディシュティラにとってラーデーヤは、空に突然現れた危険な彗星のようだった。弓の技術において彼に匹敵する者はいないということを理解した。ユディシュティラは心配になった。ビーマの強さとアルジュナの技術があればカウラヴァ達に勝ると安心していたが、もはやそうではなくなった。
ドゥルヨーダナとラーデーヤの契約は彼の平静を妨げるのに十分であった。

アルジュナはいらだちで眉をひそめていた。
ビーマは拳を握りしめていた。
ドゥルヨーダナによる屈辱的な言葉が彼を怒らせていたが、全てが真実であったので言い返すことができなかった。
パーンダヴァ兄弟は落ち込んだまま会場を後にした。

(次へ)


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