マハーバーラタ/1-42.スバッドラーとアルジュナ

1-42.スバッドラーとアルジュナ

ヤティに変装したアルジュナはスバッドラーの庭園で幸せな日々を過ごした。
スバッドラーは兄バララーマの指示に従い、アルジュナであることを知らずにヤティのお世話をしていた。彼女は食事の準備をしてアルジュナに食べさせ、いつも横に座って必要なお世話をしていた。
アルジュナの胸の中の愛情は日に日に大きくなったが、それと同時にいつもため息をつくようになった。
スバッドラーはなぜそんなに不幸な様子なのか理解できなかった。
アルジュナは彼女が庭で友達と遊んでいる姿を眺めてばかりいた。そんな、幸せな時であり、不幸せな時が過ぎていった。

ヴリシニ一族の住むドヴァーラカーの町ではアルジュナは英雄の名としてよく知られていた。勇敢さと美しさの全ての象徴として見られていた。
学校で弓矢を習う時はこんな風に言われていた。
「アルジュナのようになりなさい」
少年達の戦いごっこでは、
「アルジュナでさえ私には敵わないのだぞ! それでも挑むならまず名を名乗れ!」
年長者達が少年達を祝福する時は、
「アルジュナのような偉大な戦士になりますように」
女性が母親になるときに掛けられる言葉は、
「アルジュナのような素晴らしい息子の母となれますように」

アルジュナの伝説を聞いて育ったスバッドラーも例外ではなかった。
しかも兄クリシュナは親友アルジュナの愛すべき性格や美しさについて話し、彼女の従兄弟のガダも、共に学んだアルジュナのことをよく話していた。
スバッドラーの方も、まだ会ったこともないアルジュナに恋していた。
クリシュナに会うことなしに恋に落ちた義姉ルクミニーのようであった。
インドラプラスタの方向からやってきた人に話しかけてはアルジュナの話を聞き出そうとした。

次第にスバッドラーの中に疑問が浮かび始めた。
いつも自分に熱視線を送ってくる、このヤティはもしかしたらアルジュナでは?
噂で聞くアルジュナの容姿にそっくり。
腕や胸の大きさ、弓使いに特徴的な肩の傷が片側ではなく、両肩にある。両利きの弓使いなんて珍しい。アルジュナがまさに両利きで有名な人。
でもなぜアルジュナが巡礼者の装いをしているの?
サンニャーシー(隠退者)になったという話は聞いたことがないし。
どんな風に聞いたらいいのかしら?
意を決したスバッドラーは彼に尋ねた。
「人々はあなたがたくさんの国を旅してきたと言っています。
あなたが訪れた美しい場所のことを話していただけませんか?」
アルジュナは喜んで話し始めた。

それは日々の日課となった。彼の素敵な声を何時間も聞いて過ごした。クリシュナがバララーマに忠告した通り、アルジュナは雄弁であった。
スバッドラーは核心に迫る為に話題をインドラプラスタの方へ持っていった。
「あなたは旅の途中でインドラプラスタに行ったことはありますか? そこには私の伯母クンティーデーヴィーが住んでいます。ユディシュティラに会ったことはありますか? パーンダヴァ兄弟は私の従兄弟にあたります」
「ええ、知っています。彼らに会ったことがありますし、よく知っています」
「アルジュナは今、インドラプラスタを離れていると聞きました。あなたが世界中の聖地を訪れているなら、その旅の途中で彼に会ったことはありませんか?」

アルジュナは覚悟を決めて微笑んだ。
「はい、会ったことがあります。彼が今どこにいるかも知っています」
「どこですか?」
「教えましょう。アルジュナはこの世界で最も美しい女性に恋しています。彼はその女性を手に入れる為にヤティの服を着ています。そうです、いつもあなたの目の前にいました。どうして今まで私に気付かなかったのですか?」

スバッドラーの顔は真っ赤になった。これ以上アルジュナの方に顔を向ける勇気はなく、うつむいたままになってしまった。
「スバッドラー、私はもうあなた無しには生きられないのです。どうか・・・」
彼女はそれ以上何も言えず、ただただアルジュナの告白を聞き、寝室へ去っていってしまった。

スバッドラーは病にかかった。アルジュナへの恋の病。
クリシュナはお見通しだった。
この二人の若者はしばらく会わない方が賢明だろうと感じ、ヤティをお世話する代理として妻のルクミニーを送った。
アルジュナはルクミニーの顔を見てがっかりした。
「あら、私が来たのは嬉しくないのかしら? なぜかしら? 残念ね」
ルクミニーはいたずらっぽい微笑みを浮かべていた。アルジュナは恥ずかしそうにしていた。
「スバッドラーは気分が優れないそうなの。原因は医者の知識が及ばない領域にあるんですって」

デーヴァキーはバララーマとクリシュナを呼び、娘スバッドラーの病について相談した。クリシュナが解決方法を提案した。
「スバッドラーはここで寝かせておいて私達皆で近くの島へ行き、14日間ルッドラ神を礼拝すべきです」
クリシュナが隠している意図に気付くことなく、素直なバララーマはその計画に賛同した。
スバッドラー以外の全員がプージャ(儀式)を行う為に島へ向かった。
出発直前にクリシュナはスバッドラーに伝えた。
「スバッドラー、よく聞くのです。今日から私達はあなたをここに残して、14日間島へ行きます。今からあのヤティに話しますが、12日目が吉兆な日です。あなた達の結婚の日としてふさわしい、めでたい日でしょう」
クリシュナは他の者達と共に島へ向かった。

それから12日目、アルジュナはスバッドラーに話しかけた。
「あなたの兄クリシュナから聞いていると思いますが、今日が私の大切な願望を実現する日です。私があなたをどれほど愛しているか分かっているでしょう? 今日という日を待ち望んで眠れない夜を過ごしました。
私達はクシャットリヤですから、ガンダルヴァ式の結婚が許されています。同意してくれますね?」
スバッドラーは何も言えず、涙が頬を流れ落ちた。
「恐れも、心配も必要ありません。私はあなたをインドラプラスタへ連れていきます。馬車の準備をしてください」
クリシュナはその目的の為に、自分のお気に入りの馬達、シャイビャ、スグリーヴァ、バラーハカ、そしてメガプシュパを残していた。

スバッドラーが馬車の準備を整えた。
彼女が運転技術に長けていることをアルジュナは知っていた。
彼女に手綱を握らせ、アルジュナはヤティの服を脱ぎ、王子の服装に変えた。馬車に乗る時のいつものアルジュナに戻った。
恋人達の出発準備が整った。スバッドラーは鞭を手に取り、馬を走らせた。

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