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プラットフォーム化が進む中国の信用スコアサービス「芝麻信用」 (ジーマ信用) の今

中華フィンテックとして話題に上ることの多い、信用スコアサービスの「芝麻信用」 (Zhima Credit)。2015年のサービス開始から4年が経過した現在は、芝麻信用は出会い系サービスや行政手続きなどのセンシティブな領域でのサービスを取りやめ、政府の信用評価システムの枠組みから外れたこともあり、シェアリングエコノミーや少額融資などの領域でアリババのプラットフォームを強化する方向で動いています。

芝麻信用とは

芝麻信用は、中国のIT大手企業の阿里巴巴集団 (Alibaba Group、以下アリババ) の金融部門子会社である螞蟻金服 (Ant Financial Service) が提供する個人の信用度のスコアリングサービスです。アントフィナンシャルはスマホ決済サービスで有名な支付宝 (Alipay) も提供していて、芝麻信用は支付宝の一機能という位置づけです。

スコアリングには螞蟻金服が保有するビッグデータが利用されており、このビッグデータは支付宝が利用できるアリババ内外のサービス、一例としてアリババのネットショッピング (淘宝網: Taobao, 天猫: T-mall) 、携帯電話の通話料金や公共料金の支払など支付宝の決済サービス、さらには支付宝から利用できるショッピングの後払いサービスやキャッシングなどの情報がベースになっています。

算定された自分のスコアは月に1度更新され、アプリで確認することができます。支付宝内でお金を借りたり保険に加入するには、芝麻信用のスコアが一定以上であることが求められるほか、第三者が提供するサービスにおいて、ユーザが任意で芝麻信用のスコアを提示し、そのサービスで特典を受けることができます。

図: 筆者の芝麻信用のスコア履歴。「信用はゆっくり積み上げていくものです。よい習慣を維持してください」とアドバイスされています

アメリカが発祥のクレジットスコア

アメリカではクレジットカードの利用状況や医療費、家賃などの支払い状況は信用情報を取り扱う企業 (クレジットビューロー) に集められます。Experian, Equifax, TransUnion, Innovis といった企業が有名です。これらの企業は顧客ごとに300点から850点のクレジットスコア (FICOスコアとも呼ばれる) を算出し、債権者や銀行などはこの値を取引の判断材料に利用しています。

支付宝のデータを基に350点から950点の信用スコアが算出される芝麻信用は、まさにスマホ決済版クレジットスコアといえるものでしょう。

中国の社会信用システムと混同が進む日本の報道

日本では、2015年12月にZDNetに掲載された山谷剛史さんの「中国の社会信用スコア「芝麻信用」で高得点を狙うネットユーザー」という記事がおそらく最初に掲載されたものでしょう。この中で特に話題になったのが「北京空港の専用出国レーンが通れる」「シンガポールやルクセンブルグのビザがとりやすくなる」というもので、スコアがよい人が行政からも優遇されるという部分がとりわけ強調されていました。

中国国務院が2014年に発表した「社会信用システム構築プラン」(原文: 社会信用体系建設規画綱要) と芝麻信用の混同も見受けられます。政府が構築する信用システムは、企業や個人がおこした税金の未納や破産などを一元管理するもので、支付宝も金融サービスである以上は破産などの金融事故情報にアクセスすることはありますが、芝麻信用が社会信用システムとして運用されているわけではありません。芝麻信用のスコアによって飛行機の搭乗を拒否されたり社会保険が得られなかったりすることはありません。

それどころか、2017年以降、中国の国務院は政府の社会信用システムのパートナーからアリババを含む民間企業を除外しました。民間が主導のスコアリングシステムでは、競合プラットフォームのデータが集められず網羅性に欠けるという判断からです。

日本での報道は、中国政府のデータベースの一環として芝麻信用があるという誤解がまま見受けられます。例えば「ヤフーが始める「信用スコア」の光と影~すべての日本人が格付けされる日」という記事では、「政府が持つ国民の個人情報もそこに投入されている」と書いてありますが、政府のデータとして利用されているのは最高人民法院の「信用失墜被執行者リスト」や裁判所の経済紛争の判決データであり、日本で自己破産や民事再生手続きを行った場合に官報で告知されるものと同等のものであり、金融機関であればどこも当たり前のように収集している情報です。(自己破産した人はどこの国でもクレジットカードがつくれなくなります。ただし中国の信用失墜被執行者はもう少し範囲が広く、養育費の不払いなど、裁判の判決を踏み倒した場合もリスト入りします)

アリババのプラットフォームに信用をもたらす

螞蟻金服は芝麻信用を含めた信用情報を API 化し、他社のサービスに提供しはじめました。
技術文章で確認できるもので、以下のサービスがあります。

- 芝麻認証: 高レベルな本人確認 (身分証の写真撮影、顔認証、光彩認証など) をサードパーティーに代わって実施
- 芝麻法人認証: ユーザーが入力した法人情報が登記通りであるかをサードパーティーに代わって確認
- 芝麻スコア: ユーザーの芝麻信用のスコアを提供
- 芝麻法人スコア: 芝麻スコアの法人版
- 事故情報リスト: 芝麻信用が保有する事故情報の有無を提供
- 信用レンタル: 芝麻信用のスコアに応じてデポジット (預かり金) を免除するかを決定できるサービス

このスコアを他社に提供するフローでは、同意を求める画面が毎回表示されます。同意をしなくても (スコアを提供しなくても) 他社サービスを使うことはできますが、その場合は預かり金をとられたり、返品時の返金に確認のための時間がかかるなど相応の扱いを受ける可能性があります。

図: モバイルバッテリーを借りるサービス。550点以上の信用スコアを提出すると99元 (約1600円) のデポジットが免除されます。信用スコアを提出しなくてもデポジットを払えば利用可能です

また、金銭貸借にもこのスコアが使われます。日本でも住宅ローンは言うまでもなく、携帯電話や自動車を購入するときに分割払いを選択すると審査がありますし、クレジットカードや消費者金融も審査を通じて信用管理を行っています。
支付宝ではカードローンのように使途自由な資金を貸し付けるサービスもありますが、花唄 (Huabei) という購入時に信用販売をする仕組みもあります。日本でも住宅ローンや教育ローンは使途自由なキャッシングより有利な条件で借入することができますが、アリババのプラットフォームでは購入する商品に応じて都度審査が行われ、例えば売上が良好な会社が商戦期の仕入れ取引に対して有利な条件で貸付を行ったりすることができます。信用によって購入機会が増えるため、販売者がアリババのプラットフォームを選択する強い動機になっています。

図: 商品購入画面に表示される分割払いの選択肢。分割回数や金利は購入者の信用スコアと商品の種別により動的に決定されます。 出典:百度经验

このように芝麻信用はアリババのプラットフォームに信用管理の機能を提供することで、プラットフォームの価値を上げてサードパーティーを取り込もうとしています。

現実的な路線に落ち着く芝麻信用

ユーザは芝麻信用のことをどう受けとめているでしょう。

芝麻信用のページをみると、2019年時点ではシェアリングエコノミーやレンタル系のサービス (シェア自転車、シェアモバイルバッテリー、民泊、家電やスマホのレンタル) に加え、淘宝網や天猫などアリババのECでの後払いサービス、さらには飲食店のクーポンやタクシーの配車サービス、SIMカードなど信用取引とあまり関係ないサービスまで特典として掲載されるようになりました。またその特典も600点からと、中国人が支付宝を使い始めて数ヶ月もすれば到達する程度のスコアが条件となっています。

一方、アリババの子会社の飛猪 (Fliggy) という旅行サービスが提供していた海外ビザの申請サービス (一般に旅行代理店に申し込めるものであり、特に審査が優遇されるわけではない) や空港の優先出国レーン (航空会社の上級会員と同じ待遇) の提供など、メディアの取り上げられ方によって誤解されそうなサービスはなくなっていました。また出会い系サイトも提携先から消滅しており「芝麻信用のスコアが高いと結婚に有利」みたいな話はめっきり聞かなくなりました。中国のSNSの微博 (Weibo) のリアルタイム検索でみたところ、芝麻信用のスコアをタイムラインに晒しているひとは1日100人もいない程度でした。そんな状況なので、芝麻信用のスコアを競うという話を聞くこともありません。

大風呂敷を広げて描かれていた芝麻信用は、信用情報の範囲を商取引というアリババが得意とする分野に絞り込み、アリババのプラットフォームの送客機能のひとつという現実的な路線に落ち着きました。

芝麻信用の事例から学ぶ信用管理の未来

芝麻信用が当初描いていた「あらゆる信用情報をあらゆる生活シーンに」という構想は、自社プラットフォーム上での金融や消費行動に限定した信用情報に収束しました。実があれば個人情報の利用に寛容な中国であっても、ビザや空港の出入国管理など行政に関わる局面と個人情報が結びつけられることには抵抗があったことも想像できます。アリババが得意としている商取引分野に展開を絞ることで、信用スコアのルールとメリットを顧客やエコシステムに対して明確に説明することができるようになりました。

信用スコアの点数は利用者にとって大きな関心事にはなりませんでしたが、アリババのプラットフォームが信用情報を持つことにより、適切な融資判断や各種手続きの簡略化といったメリットをプラットフォームを通じて個人の利用者や中小企業に提供できたことは非常に意義深い話です。

日本の個人金融業務ではこれまで所属企業の規模、住宅の種別 (持ち家か賃貸か)、勤続年数、自己申告での年収、そして CIC などの指定信用機関が管理している事故情報の有無をもとに審査を行ってきました。これは「終身雇用制度のある大企業に就職してマイホームを取得した人が最も信用が高い」という前提で機能する基準であり、多様化する現在のワークスタイルを反映できていません。フリーランスやスタートアップが事業資金を調達する上でも、これまでの審査基準では困難を伴います。また、信用情報は一般に金融庁に登録した金融機関しかアクセスできません。民泊やライドシェアの事業者や当事者は活用できません。

芝麻信用は支付宝のビッグデータから個人の信用スコアを構築しただけでなく、取引相手の信用情報を迅速に参照できるプラットフォームをつくることで活用の範囲を広げ、信用情報の有用性を高めたことに意義があります。

ルールとメリットを明確に説明できる範囲で信用情報のプラットフォームを構築し、信用情報にアクセスしやすい環境作りを進めることで信用創造によるメリットを社会全体が享受できるようにすることが重要です。

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