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映画の感想

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記事一覧

分裂し続けるもの/クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』【映画感想】

分裂し続けるもの/クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』【映画感想】

クリストファー・ノーランの12作目の長編映画『オッペンハイマー』を観た。原子爆弾の開発の中心人物であるオッペンハイマー博士を描いた本作。映画2~3本分とも言えるほどの膨大な情報量に圧倒されながら、まさにこれが劇場で観る映画体験であると強烈な実感を覚えた。

時代の異なる3つの物語を並走させる、ノーランらしい時間のコントロール演出で伝記モノである以上の語り口を提示する本作。この映画について、オッペン

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自由だったはずの世界/ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」【映画感想】

自由だったはずの世界/ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」【映画感想】

ヨルゴス・ランティモス監督がアラスター・グレイの小説を映画化した「哀れなるものたち」。自殺した妊婦にその胎児の脳を移植した人造人間ベラ(エマ・ストーン)と、それを取り巻く男たちを描く奇怪な冒険譚である。

上の記事では原作小説の感想を書いており、どう映像化されているのかという期待を高めていた。実際、映画を観てみると登場人物のバックボーンを描くことを排したことによる寓話性の高まり、そして映像で見せる

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ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

「へレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督による3作目の長編映画『ボーはおそれている』。日常のささいなことで不安になる怖がりの男・ボー(ホアキン・フェニックス)が怪死した母親に会うべく、奇妙な出来事をおそれながら何とか里帰りを果たそうとするという映画だ。

本作は上記記事で監督自身が語る通り、ユダヤ人文化にある母と子の密な関係性、そして"すべては母親に原点がある"というフロイトの

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血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

下津優太監督の初長編映画「みなに幸あれ」が示唆に富む怪作だった。本作は「第1回日本ホラー大賞」の大賞を受賞した11分の短編映画を長編へとリメイクしたもの。「呪怨」の清水崇監督が総合プロデュースを務め、Jホラー文脈による強いバックアップと先鋭的なアイデアが交差した作品と言える。

本作は「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」という思想に基づいた物語が展開されていく。やりすぎなくらいの恐怖描

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2065年の花束〜「もっと遠くへ行こう。」【映画感想】

2065年の花束〜「もっと遠くへ行こう。」【映画感想】

イアン・リードの小説を原作としたAMAZON ORIGINAL映画「もっと遠くへ行こう。」に圧倒された。「レディ・バード」のシアーシャ・ローナンと「aftersun」のポール・メスカルの共演によるSFドラマで、超大作ではないが紛れもなくサイエンスフィクションであり、そして人間ドラマであった。

この映画における宇宙の要素に関しては夫婦への影響の1つであり、主題となるのは親密であるはずの関係に生じて

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倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

上の令和ロマンのインタビューで高比良くるまが松井ケムリを「お金持ちの息子さん」「でも甘やかされておらず、正しい金銭感覚を持ち、そして、おおらかな精神もあわせ持つという日本最強の男」と評していたのは微笑ましかった。そしてケムリもくるまを「彼の面白さを伝えるのが役割」とM-1アナザーストーリーで話しており更に胸が熱い。大学で出会った彼らの関係性に、階級や格差を前提としたルサンチマンが見えてこなかったの

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2023年ベスト映画 トップ10

2023年ベスト映画 トップ10

劇場公開から配信までの間隔がどんどん狭まって、年末には9月公開くらいの映画ならば(特にU-NEXT)配信で観れちゃうようにはなってるのだけどこうして振り返ると劇場鑑賞のインパクトはやっぱ強い。来年は恐らくここまで映画館には行けなくなるはずなので、このトップ10を大事に噛み締めます。

10位 正欲

欲望が共有されない寄る辺なさ、欲望を共有することで生まれる信頼、という点でとても根源的な問いにまつ

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超常現象の現在地/「サムシング・イン・ザ・ダート」「モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン」

超常現象の現在地/「サムシング・イン・ザ・ダート」「モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン」

フィクションに触れるならせっかくだし見たことのない世界を見てみたい。そうなるとやはり超常現象が出てくるものを欲してしまう。それも約束された超大作よりも、どっちに転ぶか分からない変な予感のするやつ。そういうわけで観た2作はどちらも超常現象を今この時代に描く意味に溢れていた。

サムシング・イン・ザ・ダート「ムーンナイト」「ロキ シーズン2」というMCUドラマの傑作2本を手掛けたジャスティン・ベンソン

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それはメタファーではない/「正欲」

それはメタファーではない/「正欲」

精神科診療の中では様々な症状とともに、患者固有の思想や意思、そして欲望とも向き合うことになる。診察を重ねるとつくづく、1人として同じ心の形をしている人などいないと思う。そんな確信を日々、深めている。

例えばただ自分が何者かを知りたいと願っている内に多様な性のあり方をエンパワメントするメッセージに追い詰められたLGBTQの人もいるし、家父長制に苦しめられ望んで離婚した先で困窮し強く後悔している人も

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心は関係性に宿る~『ザ・クリエイター/創造者』『PLUTO』

心は関係性に宿る~『ザ・クリエイター/創造者』『PLUTO』

伊藤園やパルコの広告にAIモデルが起用され、ユニコーンが過去の自分たちの歌声をAIに覚えさせて歌わせた新曲EPをリリースしたこの秋。映像でも立て続けにAI、あるいはロボットにまつわる作品が立て続いた。

『GODZILLA』や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』で知られるギャレス・エドワーズ監督の最新作『ザ・クリエイター/創造者』。欧米やアジア各国でロケ撮影された映像に丹念なVFXを合わ

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傷と時間、そして祈り/岩井俊二「キリエのうた」

傷と時間、そして祈り/岩井俊二「キリエのうた」

岩井俊二がアイナ・ジ・エンドを主演に迎えて作り上げた映画「キリエのうた」。運命に翻弄された男女4人の物語と銘打たれた3時間の大長編だが、その核を成すのは真っ直ぐな"祈り"である。トラウマと時間にまつわる構成、そして虚構で現実を語ることの意味についてこの記事では書いていきたい。

なおこの映画には震災のシーン、また性加害のシーンがあるため鑑賞には注意されたい。こうした描写をトラウマにまつわる映画で描

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針のような痛みを見せたい/今泉力哉『アンダーカレント』

針のような痛みを見せたい/今泉力哉『アンダーカレント』

豊田徹也の漫画を今泉力哉監督が映画化した『アンダーカレント』。家業の銭湯を夫婦で営んでいたかなえ(真木よう子)は夫・悟(永山瑛太)に失踪される。そこに突然現れた堀(井浦新)とともに銭湯を続けるうちに、夫のこと、そして自らの心に隠し続けてきたことに直面していく。物語は静かに進み、じっくりと143分間をかけて心の深層/底流へと辿り着く様が紡がれていた。

かなえ、悟、堀の3人はそれぞれの理由で心の底流

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救いある関係性を描くこと〜「ほつれる」「こっち向いてよ向井くん」

救いある関係性を描くこと〜「ほつれる」「こっち向いてよ向井くん」

他者と関係を結ぶことはつくづく人生そのものだ。友人、恋人、家族、そういう関係だけでなく孤立を選ぶというのも“他者を拒絶する”という関係を結んでいるわけだから人の心は関係から逃れることはできない。

こういうもの、だとされていた価値観が瓦解しつつある現在。多くの”関係“を見つめる作品が生まれている。ここ最近観て印象的だった2作品もまたしかり。自分や他者にとって救いになる関係性とは何なのだろうか。

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逆らい続けるということ~白石晃士「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」

逆らい続けるということ~白石晃士「戦慄怪奇ワールド コワすぎ!」

POV(主観撮影)形式のホラー映画で著名な白石晃士監督が、その名を広く知らしめた「コワすぎ!」シリーズの新作を劇場映画として発表した。実に前作から8年の時を経ての新作は、今観るための「コワすぎ!」というべき完成度で期待を満たして飛び越える傑作だった。"運命に逆らう"という根底メッセージをそのまま体現したような作品の精神に迫っていきたいと思う。

定石に逆らう「コワすぎ!」シリーズは「ほんとうにあっ

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