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フロントライン東京訪問記(2020年1月19日)

今回の舞台は足立区です。マンガ「こち亀」で有名な亀有駅からちょっと北上したあたり。
読者が東京都民なら、あー足立区…となると思いますが、東京都民でない読者のために説明すると、まああまり土地柄のよい地域ではない。そのぶん東京23区内としては圧倒的に地価が安い。大きな家が安く借りられるという意味で、シェアハウスするにはうってつけ。
前回の渋家は渋谷駅から徒歩圏の高級住宅地の中に忽然とあったけれど、たぶんそちらのほうが珍しくて、人が集まって住むためには大きめの家が必要→地価が安いところでやる、という流れのほうが自然なのではないか。(ひとりでは借りて住めない便利な土地であえてやるという考え方もあるけれど…)

フロントライン東京(略称:フロ東)の運営者は設立者でもある今井ホツマさん(以下敬称略)。今回は彼と住人の方々数名にお話を伺った。

フロントラインは京都にもある。というか京都が先で、フロントライン京都は2018年の春から始まっている。その一年後にスタートしたのがフロントライン東京で、訪問の時点(2020年1月19日)でまだ設立から一年経っていない。
が、なんか生活感はすごくある。既にテレビでも紹介されており、知名度もある。

フロントライン東京の現在の住人は十人程度。アートや創作に携わる人に限定して住人を募集しているわけではないのだが、結果として、詩人、劇作家など、なにかしらの発表を行っているひとが多い。
一階が共用スペース(リビング、キッチン、風呂、トイレ)で、二階〜四階が寝室。四人定員のドミトリー部屋(テレビで噂の「人権のない部屋」)が一部屋あるが、あとは個室でちゃんとドアがあってプライバシーの概念が成立している。個室もドミトリーも現状少し空きがあるので、もう数人は居住可能。
既に累計住人数は四十人くらいになっていて、男女比は半々くらいだった時期もあるが、最近は8:2くらいで男性が多いとのこと。掃除やゴミ出しは気づいた人がやる、というシステムで意外にちゃんと回っているらしい。
入居にあたっては今井ホツマが何回か会って、一緒にやっていけそうか確認するそう。渋家のような合議制ではないようだ。

玄関を入ってすぐのリビングの壁はサイン壁になっていて、来訪者がサインや落書きを残していく。ツイッター上の有名人が多い。
というかサイン壁をはみ出して家自体がそもそもツイッターが三次元化したような空間になっている。これは住人が基本的にツイッター経由で集まってくるためだろう。出掛ける先は大体オフ会、という住人もいるそうだ。
そしてツイッター上でシェアハウスの存在をアピールしていると、知らない人から色々なものが送られてくる。食糧、マンガ、携帯電話、果てはおばあちゃんが描いた絵、とか。
個人で自宅を借りて住んでいる人にとっては知らない人の祖母が描いた絵なんて不要の極みだと思うのだが、今井ホツマは「絵はまだいいんですよ。壁はいっぱいあるから」と飄々としている。

ルールのようなものがあるかと尋ねると、テレビの上に貼られた小さな紙を示された。(写真参照)左翼活動や精神医療との関連を想起させる語彙がなんとも味わい深い。
が、「これは江戸時代の法律みたいなものです」と今井ホツマは言う。んん? つまり?
現代よくあるルールとちがって、破ったからといって即座に罰を与えられるわけではない。そうではなく、なにかトラブルが起きた後、それに対処しようとしたときに、方便として引き合いに出される可能性がある、というだけの決まり。
江戸時代の法律って、普段は誰も知らなくて、もめごとを解決するときに引っ張ってきたもの勝ちみたいなところがあるじゃないですか、と。
つまり、トラブルにさえならなければ、あまり気にする必要はない、ということらしい。
なおキッチンには別の呼びかけも貼られている。(写真参照)こちらは学生寮などにも共通する、共同生活の基本という感じ。

今井ホツマは運営者だが、フロントライン東京に住んではいない。住人から家賃を集め、入退居の管理をしている。それはある意味では、株式会社立のシェアハウスに近い。曲がりなりに収益もあるから、熱意がなくなっても続けることが可能な状況なのだと彼は言う。
そして、フロントラインはまだ始まったばかりだけれど、これから十年二十年続けていきたい。そのためには熱意がなくても継続可能であることが重要なんです、と説明してくれた。
熱意はいずれ冷める。コミュニティの熱を重視するなら、冷めたら解散でもよいけれど、長く存在することで社会にインパクトをもたらす可能性は上がる。そしてそちらを目指すなら、熱意に頼らない継続可能性が必要なのだ。

「コンセプチュアルにならないことがフロ東のコンセプト」そう今井ホツマは言う。アートも政治もパーティーもない。わざわざ面白くしたいと思わない。みんな金がないから一緒に住んでいるだけですよ、と。
そしてこう続けた。各々が自分の目標に向かっていくなかで、互いを、なんかこの人もがんばってるな、と横目でみるような、そんな場を作っていきたい、と。それはもしかしたら、ふたり以上の人間が同じ場所にいるときに、一番たいせつな、基本的なことかもしれない。
「普遍的なことってそのくらいしか言えないから」と彼は笑っていたけれど、その知性が生み出すものはきっとこれから長く続いてゆく。



早瀬麻梨

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