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アンティークコインの世界 〜ニュースタイルアテナ〜

アテナイが発行したアテナとフクロウを刻む4ドラクマ銀貨は、アンティークコイン収集家の中で最も人気の高いコインのひとつである。ギリシア関連のあらゆる書籍、学校の教科書でも紹介される古代ギリシアを代表するコインだ。だが、一般的に紹介されるアテナイのコインは前5世紀の繁栄期に発行されたタイプで、本当は少しずつデザインを変容させながら前1世紀まで発行されている。今回紹介するコインは、アテナイがローマに造幣所を閉鎖される少し前に発行されたものである。この時代に発行されていたものは、アテナとフクロウというモティーフは継承しているものの、その表現はかつてとは大きく異なるものに変容していた。

図柄表:アテナ
図柄裏:フクロウ 
発行地:共和政ローマ・アカエア属州・アッティカ地方・アテナイ
発行年:前136〜前135年(ローマ属州時代)
額面:4ドラクマ 
材質:AR(銀)
直径:30mm 
重量:16.81g 
状態:EF(エクストリミーファイン)

表面に兜をかぶった女神アテナ、裏にアンフォラに乗るフクロウとヘラクレスの棍棒が描かれている。アテナは知恵の女神で、フクロウは知恵の象徴として認識されていた。アンフォラとは古代ギリシアでつくられたワインやオリーブなどの液体物を保存するための容器である。裏面のフクロウは葉のリースで囲まれており、「アテナイ」を意味する「AΘE」、発行者の名を示す「API HPAΣTOΦ EΠIΣT」、ミントマークの「Λ(アンフォラに刻印)」「AN(コイン下部に刻印)」というギリシア文字も見られる。

4ドラクマ銀貨とは、交易等の高額決済の際に利用された大型銀貨だった。1ドラクマが兵士の日給とされるが、その4倍の価値を持つということになる。当時の兵士の給与はそこまで高い方ではなかったが、日当1万円だとしたら4ドラクマ銀貨は一枚で4万円の価値を有する計算になる。額面が大きく庶民が日々の買い物で使うようなコインではなかった。よって、流通頻度が低く、それが幸い状態の良いものが現在でも残っている理由である。

前6世紀に発行がはじめられたアテナイの銀貨。都市の守護神アテナと彼女の聖獣フクロウを刻んだコインは、都市国家アテナイの繁栄の象徴としてギリシア世界の経済を支えた。アテナイの銀貨は特に信用度の高かったコインのひとつとして発行され続け、ローマに支配され造幣所を閉鎖される前1世紀まで発行され続けた。その長い発行期間の中で徐々にデザインを変化させていったアテナイのコインだが、ローマ時代が到来した最終段階では本貨のような写実的なデザインへと変容を見せた。

アテナイ全盛期のものを「クラシックスタイル」と呼ぶのに対し、ローマの属州化後のものを「ニュースタイル」と呼ぶ。「ニュー」と言っても2000年以上前なのは少し滑稽な感じもするが、便宜上の呼び名であるから仕方ない。

クラシックスタイル......アテナのアーモンド型の眼が特徴的。アテナもフクロウもデフォルメされた様式で描かれている。本貨はアテナイ全盛期の前5世紀に発行された4ドラクマ銀貨。多くのギリシア関連の書籍で紹介されるものはこのタイプ。ラウレイオン銀山から採掘された良質な銀によってつくられた。当時は最も信用度の高いコインとしてギリシア経済を支えた。それだけに偽造品も数多く生産されている。一番多いのは銅に銀をメッキした偽造品である。骨董市場でも本物として出回っているので、注意したい。

ニュースタイル......写実的なアテナの肖像、フクロウの姿が特徴的。その表現は絵画のごとく美しい。本貨はアテナイが属州としてローマに併合された後の前2世紀の発行。古代ギリシアコインの収集家であれば大抵知っているが、一般的にはあまり知られていないマイナーなタイプ。ただ、造形美で言えば、こちらの方が上かもしれない。直径は30mm前後あり、上記のものより一回り大きい。だが、重量はアッティカ基準の17g前後で変わっていない。

時代が変われば、コインの表現も変わる。表現の差異によって、いつの時代に発行されたものなのか特定する手がかりになるのである。そうした変化に敏感になることの積み重ねが、歴史解明の一歩に繋がるのかもしれない。

To Be Continued...

Shelk 詩瑠久


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