アウグストゥス_SC

アンティークコインの世界 〜アンティークコインとの出会い〜

初めてアンティークコインを目にしたのは、二年前の夏だった。日本橋で偶然立ち寄った古書店のガラスケースに古代ローマコインが飾られているのが目に留まった。摩耗と錆が激しく、何を描いているのかよくわからない。英語の説明書きが添えてあるものの、説明というよりは簡易的な情報でその時の私を何ら説得させるものではなかった。最初の印象は正直なところ、小汚いなというもので触りたいとも思わなかった。錆や砂が手についたり、服が汚れたりしたら嫌だった。これから人に会う約束があるし、純白のシャツに赤錆の茶色い跡なんかがついたら、もう最悪な心地になる。イヤフォンから流れる良い音楽を聞いても癒されなくなるようなショックの大きさとなるだろう。私はガラスケースを数秒のぞくと、探していた古書の棚へと向かった。

この時、私は古代エジプト語の辞書を探していて、コインのことなどどうでもよかった。小さなコインなど、取るに足りないものだ。神殿、ピラミッド、人形棺。それら大型の考古遺物には、多くの文字が組み込まれている。そう、歴史を解き明かす上で大切なのは、何よりも言語だ。言葉があり、文字が残せたからこそ、今こうして私たちに歴史が伝えられているのだから、言葉や文字は歴史そのものと言える。私は口にこそ出さなかったが、ずっと思っていた。みんな間違ってる。歴史の謎を解き明かしたいなら、まず言語から学ばなくてはいけない。言語なくしてどうやって謎を解明するつもりなんだろうと。美術史的観点から謎に迫っているような人もいるが、言語ができなければ必ずその先の研究でつまづく。それがわからないのか?そういう人に限ってガーディナーの『エジプシャン・グラマー』のサードエディションがエジプト言語学のバイブルだと妄信的に信じてる。もっと人に勧めるべき書籍はあるというのに。でも、それくらい言語は歴史の謎を解き明かす上で重要なのだ。それは歴史自体が証明している。実際、シャンポリオンがエジプト語を解読してから急速にエジプト文明の謎が明らかになっていった。だからまずは言語のベースを身につける。そして、そこからおのおの興味のある分野への研究へと移行する。これが歴史の謎を解き明かす研究者としての正しいルートだ。いや、正しいというのは言い過ぎかもしれない。近道という言葉に置き換えておこう。何が正しいのかは、実際のところ誰にもわからないのだから。

コインと私の出会いは、こんな形からはじまった。

表紙のコインは、アウグストゥスの治世に発行されたアス銅貨。私が最初に手にした記念すべきコインである。材質の配合率の関係で赤みを帯びているのが特徴。コインに利用される素材は大抵の場合は合金だが、本貨のように銅の割合が高いと赤っぽい発色を呈する。アウグストゥスの肖像の周囲には、彼の名と称号を示すラテン文字が刻印されている。裏面にはSCと大きく刻まれている。これは元老院を示す文字で、本貨が元老院の管轄下で発行さたことを表している。元老院はローマの創立当初から設置されていた機関で、王に助言を与えたり、王の暴走を阻止するための存在だった。アス銅貨は庶民が一般の買い物で利用する少額貨幣だった。それゆえ、使用頻度が高く状態が悪いものが多い。アス銅貨がどれくらいの価値だったのかは気になるところで、研究者によってその意見はまちまちだが、現在の日本円にしておよそ80〜100円程度だったと推測されている。

*ガーディナーの『エジプシャン・グラマー』とは?原題は、Alan Henderson Gardiner, "Egyptian Grammar", Oxford Clarendon Press, 1927. ガーディナーは、19〜20世紀にかけて生きたエジプト言語学者。エジプト・ヒエログリフをグループ分けしてつくった「ガーディナーのリスト(Gardiner's sign list)」が有名。

To Be Continued...

Shelk

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?