ローマコインまとめ

アンティークコインの世界 〜ローマコインを見てみよう&専門用語を少しだけ知ろう〜

ローマコインは数あるアンティークコインの中でも高い評価を受けており、その美しさだけでなく、歴史の謎を解き明かす上でも非常に重要な資料となっている。まず図像によって当時の生活や宗教を読み取ることができ、銘文によって出来事や人物の役職・称号を知ることができる。また、コインは発行された年代が特定しやすいものであるから、共に出土した考古遺物の年代を推定する際の大きな鍵となる。

そんな素晴らしきローマコインをほんの少し紹介していこう。ローマコインは共和政期と帝政期によって、その形式が異なる。大きな違いは共和政期に皇帝はいないので、生前の人間の姿が刻まれることは原則ない。だが、カエサル以降の共和政最末期は除く。帝政期に入ると、皇帝の肖像が刻まれることがお約束ごととなる。一部の地域で皇帝を刻まない場所もあった。ユダヤのような宗教的な問題を持つ地域、属州でありながらも自治権を持つ都市では例外だった。

今回はローマでコインが発行されはじめた共和政期の初期ローマコインから、帝国繁栄期の終わり五賢帝マルクス・アウレリウスまでのコインを取り上げる。


図柄表:ミネルウァ 
図柄裏:ガレー船 
発行地:ローマ 
発行年:前211〜前206年 
額面:トリエンス
材質:AE
直径:25mm 
重量:11.39g 
状態:F+ 
資料:RC911

古代ローマが貨幣製造をはじめた頃の初期コイン。前211〜前206年にローマ市内で発行された。ローマは新興国だったこともあり、当時の地中海世界の中ではコインづくりの参入が遅い方で、前290年前後からの開始だったと考えられている。本貨には、武女神ミネルウァとガレー船が描かれている。女神の頭上と船の下部には4つの球が表されているが、これは4ウンキアという額面を示している。4ウンキアはトリエンスに相当し、トリエンスは「トリ(3)」という名の通り1/3アスの価値を持つ。この時代のコインは額面によって刻印する神をわけていたようで、ウンキア(1/12アス)には戦闘女神ベルロナ、セクスタンス(1/6アス)には伝令神メルクリウス、クァドランス(1/4アス)には英雄ヘラクレス、トリエンス(1/3アス)には武女神ミネルウァ、セミス(1/2アス)には農耕神サトゥルヌス、アスには門神ヤヌスが描かれてていた(一部例外あり)。

*材質のAE(アーエー)とは、成分が銅を中心とする合金を指す。青銅や黄銅などの総称として利用される。状態の項目にあるF +とは、ファイン・プラスの意。やや良い状態を指す。資料のRC911とは、資料の整理番号を指す。資料番号があるコインは貨幣学者によって分類がされていることを示す。この番号は入手したコインの判別の際に大きな手がかりとなる。


図柄表:ディアナ
図柄裏:スッラ、ボックス、ユグルタ 
発行地:ローマ 
発行年:前56年 
額面:デナリウス 
材質:銀 
直径:19mm 
重量:3.95g 
資料:RC383/RSC Cornelia 59 
状態:VF- 

発行者:ファウストゥス・コルネリウス・スッラ
ファウストゥス・コルネリウス・スッラが前56年にローマ市内の造幣所で発行したデナリウス銀貨。発行者のファウストゥスは、独裁官として権威を振るったルキウス・コルネリウス・スッラの息子にあたる。ディアナと鳥占官の杖、独裁官スッラとローマの同盟国マウレタニアの王ボックス、敗北し捕虜となったヌミディアの王ユグルタが描かれている。鳥占官の先が曲がった形状の杖は、スッラと息子ファウストゥスが両者ともこの役職に就いていたことを象徴している。裏面の図像は父スッラの栄光を称えたもので、この武勲をファウストゥスは誇りにしていた。玉座に座しているのがスッラ、スッラにオリーブの葉を捧げているのがボックス、腕を縛られているのがユグルタである。歴史家プルタルコスは、この図像と同じものをファウストゥスが自身の印章指輪にも刻印していたと記録している。本貨はファウストゥスが財務官への立候補時に発行したもので、選挙活動のツールとして彼は利用した。氏族の宣伝を行い、市民の注目を集めるのが狙いだったのだろう。ファウストゥスはカエサルの宿敵グナエウス・ポンペイウスの娘ポンペイアと婚姻関係を結んでいた。ローマ内戦時はポンペイウス(共和・元老院)派に加わり、カエサルと戦った。ポンペイウスの死後もカエサル派と争っていたが、前46年にタプススの戦いで敗北。同盟国で父の顔が利くマウレタニアに敗走し、体勢を整えて再度挙兵するつもりだったが、カエサル派の追っ手に捕らえられ、処刑された。

*VF-とはベリーファイン・マイナスの意。とても良好な状態より少しだけ落ちる状態を指す。


図柄表:マルクス・アウレリウス
図柄裏:ローマ女神 
発行地:ローマ 
発行年:172年 
額面:セステルティウス 
材質:AE 
直径:30mm 
重量:23.35g 
資料:RIC III 1037 
状態:VF+ 

ローマ市内の造幣所で172年に発行されたセステルティウス青銅貨。五賢帝マルクス・アウレリウスとローマ女神を刻む。マルクス・アウレリウスは幼少の頃からその優秀さを発揮し、ハドリアヌスに目をかけられて皇帝候補として有力視されていた。ストア派哲学に稀有等する青年で、ギリシア哲学者のように質素な格好で地べたに直接寝るなどしたが、母から健康に悪いので度々止められた。マルクス・アウレリウスが皇帝に即位した時代は、ローマ帝国が周囲の異民族の侵入に悩やまされた時代であり、彼の生涯は戦いに明け暮れたものだった。最期は現在のオーストリア・ウィーンで陣営を組んでいたが、病に倒れ他界。皇帝の継承権を息子コンモドゥスに授けたが、コンモドゥスは全く皇帝としての資質がない人物だった。それゆえ、古代の歴史家たちはこれが賢帝の失策だったと述べている。ローマ女神は都市ローマを神格化した存在で、共和政期の頃から頻繁に表される題材である。本貨は保存状態が良く、銘文が鮮明で判読できる。銘文は以下の通り。M ANTONINVS AVG TR P XXV IMP VI COS III SC(マルクス・アントニヌス・アウグストゥス、護民官特権保持25回経験者、最高軍司令官6回経験者、執政官3回経験者、元老院決議承認の下発行)。称号と役職を羅列しており、本貨が元老院の下で発行されたことを示している。元老院は原則600名の有力貴族から構成される組織で、ローマの建国当初から存在したとされる。共和政期は彼らの全盛期であり大きな権力を振るったが、帝政期に入るとその立場を皇帝に取って代わられた。元老院は初代皇帝アウグストゥスによって、金貨と銀貨の発行権が奪われ、銅貨しか発行できないようになった。だが、銅貨は金貨や銀貨に比べて大きさがある分、宣伝やアピールが効果的に行える側面もあった。この配慮はアウグストゥスのひとつの策略であり、全ての権限を奪ってしまうとその不満から暗殺を招くため、最悪の事態を避けるための防止策だった。帝政期には権力が弱まったとはいえ、元老院は尚強力な存在であり、皇帝たちは彼らを無視することができないほどの存在だった。

*VF+とは、ベリーファイン・プラスを指す。とても良好な状態より一段階良い状態を指す。F-、F、F+、VF-、VF、VF+と細く状態が区分され、その上にはさらにEF-、EF、EF+がある。EFはエクストリーミーファインの意で、準未使用の状態を指す。準未使用とは、ほとんど流通した痕跡がない状態のこと。完全未使用の意としてUNC(アンサークルレイテッド)という言葉が存在するが、古代コインにおいては完全未使用かどうか判別がつかないことと、あまりにも古いものであることから完全完璧と言える状態のものはないので、この言葉はほとんど使われない。それゆえ、事実上EFランクが最高の状態ということになる。


図柄表:小ファウスティナ 
図柄裏:コンモドゥス、アントニヌス 
発行国:ローマ
発行年:161年
額面:アス 
材質:AE 
直径:25mm 
重量:11.64g 
資料:RIC III 1666/RC5302 
状態:VF 

161年にローマ市内の造幣所で発行されたアス銀貨。コンモドゥスとアントニヌスの誕生を祝した記念貨。古代ローマ人はこうしたコインを手にし、帝国のニュースを知った。マルクス・アウレリウスの妻である小ファウスティナ、彼女の息子たちコンモドゥスとアントニヌスを刻む。複数の人物によって編纂された『ローマ皇帝群像』によれば、小ファウスティナは何人もの家臣と愛人関係を持つ気の多い悪妻だったと伝えられる。そうした噂から悪帝コンモドゥスは、小ファウスティナが剣闘士との間に産んだ子どもと揶揄された。当時のローマでは、女性が夫以外の男性と関係を持つことは死罪に当たるほど蔑視された。小ファウスティナにとって哲人皇帝と謳われたマルクス・アウレリウスは厳格すぎ、退屈だったのかもしれない。しかし、この資料の信用度はさほど高くないのが実情で、あまり鵜呑みにしない方が良いかもしれない。一方、信頼における資料はカッシウス・ディオが記した『ローマ史』だろう。彼はマルクス・アウレリウスの時代にリアルタイムで生きていた人物で、元老院の一人として政治を動かしながら重要な歴史書の執筆も行っていた。彼はファウスティナの異性関係については記していないが、野心家な人物で、邪魔な人間の暗殺を裏で操っていたと述べている。

*アス銅貨は当時の庶民の間で頻繁に利用された少額貨幣。古代の価値基準を現在の日本円に置き換えることは難しいが、80〜100円相当だったと推測されている。当時の文献によれば、アス銅貨二枚で、一人の一日分のパンが購入できたと記録されている。

ローマコインについて一枚一枚踏み込んで具体的に紹介した。入門書である『アンティークコインマニアックス〜コインで辿る古代オリエント史〜』ではあえて紹介しなかった専門的な用語も併せて紹介してみたが、いかがだっただろうか。コインは小さなものだが、奥が深く勉強しようと思ったらキリがない。だが、それは底なしの面白さと素晴らしい魅力を秘めている証拠でもある。日本ではまだ貨幣学の認知度が低く、邦語の解説書もほとんど存在しない。そういう地域・時代において私ができることは何だろうかと考えた時、まずは平易な日本語による解説でコインに興味を持ってもらおうということだった。取っ付きにくさや敷居の高さを軽減し、どうにか日本にも広く紹介できないだろうか。そんなことをいつも考えている。興味を持つ人が増えれば、必ず新しい視点が生まれる。その視点こそが、謎の解明に繋がるのだ。私はそれをとても楽しみに、期待している。むしろ、今度は私が教えてもらう立場になることを望んでさえいる。

To Be Continued...

Shelk 詩瑠久

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