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アンティークコインの世界 〜なぜコイン収集なのか?気になるコインの価値と投資〜

なぜコイン収集なのか?いろいろ理由はあるが、まずデザインが美しく、情報源が豊かだからというのが個人的な理由だ。当時のコインは手づくりだから、どれひとつとして同じものは存在しない。そこに夢がある。また、その図像からは当時の人々の文化、習慣、宗教、言語など、数多くの情報が読み取れる。直径数センチの金属の盤に、よくあれだけ多くの情報を盛り込んだと感心する。コインには当時の宗教的シンボルやビックニュースが刻まれることもあったから、歴史家の記述が本当だったのかを検証する手がかりにもなる。


例えば、ギリシアの歴史家ヘロドトスがタソス島ではヘラクレス信仰が盛んで、彼を祀る大神殿があったと記録している。そして、本当にタソス島周辺の地面を掘るとヘラクレスを刻んだ銀貨が出てくる。この銀貨がとても良質で、当時の繁栄ぶりを感じさせる。また、ご丁寧なことに「タソスの救世主ヘラクレス」というギリシア語銘文まで刻まれている。これは確実にヘロドトスの記述が正しかったことを証明している。

なぜコイン収集なのか?もうひとつの理由は保険かもしれない。人間、いつ一文なしになるかわからない。だからコインはひとつの保険である。日本だとコイン収集はマイナーで、邦文の書籍もほとんどない。だが、欧米圏では比較的メジャーな趣味で、コインを利用した投資も盛んである。また、古銭学という学問すら確立されている。特にイギリスとアメリカではコインの研究が発達している。投資といってもコインではさほど莫大な利益は見込めない。とはいえ、ポイントを抑えて収集するとそれなりの資金にはなる。楽しみながら将来の保険、資産運用ができるのだから一石二鳥ではある。


象皮をかぶるアレクサンドロス大王の4ドラクマ銀貨は最近、投資価値のあるコインとして注目を浴びはじめている。希少性とアレクサンドロス大王というブランド、デザインの美しさが評価されている。本貨はとても珍しいタイプで、このデザインはエジプトでしか確認されていない。通常のアレクサンドロスのコインは、神話に忠実でライオンの毛皮をかぶっている。だが、このコインが発行された時代は象が戦争において強力な武器だった。百獣の王はライオンではなく、象という認識がされていたのだ。それゆえ、アレクサンドロスの帽子がライオンから象にすり替えられた。また、発行者プトレマイオス1世はアレクサンドロスの銀貨の偽物が数多く出回っていることに悩んでもいた。デザインを変えることによって、偽造者たちに対抗しようとしたとも考えられている。

クレオパトラのコインも人気がある。特にシリアで発行された4ドラクマ銀貨とエジプトで発行されたデナリウス銀貨が注目を浴びている。両方ともアントニウスが発行したもので、表に彼自身、裏に恋人のクレオパトラを刻んでいる。ローマコインに外国の女王の顔が刻まれるなど前代未聞の出来事で、歴史的にも貨幣史的にも価値がある一枚といえる。

クレオパトラのコインは、収集をはじめ出した頃に入手した。考古学上とても重要な一枚ゆえ、どうしても外せなかった。私のコイン収集の視点は一般より少しズレているかもしれない。通常、アンティークコインは希少性と状態の良さで判断される。だから歴史上の重要性は、二の次、三の次である。もちろん、綺麗なコインは私も好きだが、それよりも私は歴史的重要性、モティーフや銘文の情報性を第一に収集を行っている。例えば、クレオパトラは名前はすごく有名だが、彼女の生前の容姿を正確に伝える資料はコインしかない。それは大地震でクレオパトラの王宮があったアレクサンドリアが海底に沈んでしまったからで、それゆえ彼女の姿を伝える媒体がコインしかない。

クレオパトラを表していると考えられている彫像もあるが、頭部のみで銘文があるわけではないから憶測の域を出ない。「クレオパトラ」という彼女の名が刻まれた彫像もあるといえばあるが、よく見ると文字が間違っていて、後世の人間が勝手に書き加えたものだとわかる。だからこれも参考にならない。また、神殿の壁画にもクレオパトラの姿が刻まれているが、女王の姿は女神イシスの姿に理想化してい描かれているから、これも実際の容姿とはいいがたい。そんなわけで、「クレオパトラ」という名前を明確に刻んだコインしか、彼女の姿を現在に伝えるものはないのが現状である。

クレオパトラのデナリウス銀貨は、VF(ベリーファイン)クラス以上の状態が良いものだと、日本円にして約7,000,000円で取引された記録がある。もともと残存数が少ないことと、ファン層が多いことがそれだけの評価を受ける要因だろう。クレオパトラのコインはどれも高額なので、コイン商も在庫を抱えるのが怖くて中々手を出さない。買うと決めた人からお金を前もってもらいオークションで落とすというパターンが多い。


ティベリウスのデナリウス銀貨やコンスタンティヌスのコインなども、キリスト教圏の人に根強い人気がある。だから仮に飽きて売りに出したとしても、すぐに買い手がつく。ティベリウスのデナリウス銀貨はイエス・キリストがユダヤの立法学者を説教した際に利用した有名なコインである。コンスタンティヌスも当時弾圧されていたキリスト教を公認したことから信者たちにとっては特別な存在であり、彼の姿を刻んだコインは好まれる。ティベリウスのデナリウス銀貨は残存数が少ないことも相まって高額だが、コンスタンティヌスのほうはヴァリエーションも残存数も多いため、比較的安価に入手できる。

だが、遺跡を掘りつくしてしまった結果、年々コインの出土数は減っている。国によっては歴史・文化を保護するため、法律で国外への持ち出しを禁止するようになったところもある。だからマーケットは今あるコインの在庫で回すしかない。結果、古代コインの値段は日に日に釣り上がっている。それゆえ、高くなってしまう前に手に入れておいて、価格が釣り上がった時に在庫を放出すれば利益が出る計算になる。かなり長期的な目で見た投資にはなるが、リスクは比較的少ない。

だが、私の場合はあくまでも投資でなく、保険として見ている。コインで投資をしたいという気持ちにはどうしてもなれない。それは、コインが本当に好きだからかもしれない。商材として見ることができないのだ。それに、私は研究が目的であって、投資のためにコインを収集はじめたわけではない。本当に投資がやりたいなら、コインではイマイチ効率が悪い。投資するにしても、一枚数百万〜数千万単位のものでないと割に合わない。だが、何かの不運で文なしになっても、今の手持ちのコインがあれば、しばらくは堪え凌げる担保にはなるかもしれない。趣味や研究にするなら、なかなか安全だとはいえないだろうか。

まあ、ヘタなことをしないで堅実にお金を貯めるのが一番の投資ではあるが(笑)。


表紙のコインはシチリア島シラクサで発行された12リトラ銀貨。表面にアテナ、裏面にアルテミスと猟犬を表している。個人的に最も美しいギリシアコインだと感じている。このコインがつくられた頃のシラクサは、ローマ軍に包囲される窮地に陥っていた。そんな状況であるにもかかわらず、これだけ美しいモノを遺したシチリアの人々に尊敬の念を抱く。

To be continued...

Shelk 詩瑠久

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