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一人の男の行動が、人類を変えた Stay hungry. Stay foolishとタカヤノリコとワタナベマリナ

かなり不勉強な人間でも、スティーブ・ジョブズの名前くらいは知っているだろう。Appleを創業し、追放され、再び戻り、世界で最も成功した企業にした人物だ。このスティーブ・ジョブズが最も影響を受けた人物がスチュアート・ブランドである。

スチュアート・ブランドは当時のヒッピー達のカリスマであり、ジョブズがスタンフォード大学で行った有名なスピーチを締め括った「Stay hungry.  Stay foolish」は、まさにブランドの言葉だ。ハングリーであれ。バカであれ。とでも訳せばいいだろうか。

スチュアート・ブランドという人物は極めて特異な人物である。
そんな人物がシリコンバレーにいたことすらまるで不思議なほどだ。

ブランドを有名にした最初の事件は、「なぜ我々は地球全体の写真をまだみたことがないのか?("Why haven't we seen a photograph of the whole Earth yet?")」というキャンペーンだった。

当時、アメリカとソ連は宇宙開発競争真っ只中で、競い合うように宇宙船を打ち上げていた。ソ連のガガーリンが初の有人宇宙飛行に成功し、宇宙からの光景を語ったりしていたので、「地球全体」をみたことのある人は確実に存在していた。写真もあるはずだ。しかし誰も、地球全体の写真を見たことがなかった。

当時は、古典的な宗教観から、「平らな地球を信じる」という人々が相当数いたり、「実は地球はドーナツ型だからNASAは写真を公開できないんだ」というトンデモ説が出回るような状況だった。

まだ28歳のスチュアート・ブランドは、そんな素朴な疑問から、「なぜ我々は地球全体の写真をみたことがないのか?」と書かれた「ボタン」を25セントで販売する活動をした。自らサンドイッチマンとして路上でそのボタンを売り歩いたのだ。

デイリーポータルZかよ。

しかしこの彼の行動が結果的に政府を動かし、NASAは宇宙で撮影されたすべての写真素材をパブリックドメインで公開し、著作権を放棄した。このことで、誰もが自由に本物の地球全体の写真を使えるようになった。

全く無名の青年が行った行動によって、世界の人々は初めて自分の暮らす惑星を見ることができたのである。

ATS-3衛星が撮影した地球の写真

1960年代当時のアメリカは、ヒッピー文化が花開いていた。
その精神の根本にあるのは、共同体であり、共同生活であり、助け合いとDIY(Do It Yourself)の精神だった。

できるだけ安く楽しく暮らす方法が追求され、そのためにはさまざまな道具ツールがあることにスチュアートは強く惹かれ、トラックにさまざまな道具を詰め込んで移動販売を始めた。売っていたものは、書籍や地図、園芸用品、大工や石工用品、工具、林業用具、溶接機器、シンセサイザー、コンピュータなど。

しかも、ただ道具を売るのではなく、その使い方と一緒に売り込むという方法で広めていった。

この話の特筆すべきところは、スチュアートはこれで何か大儲けしてやろうとはほぼ考えてなかったというところだ。ただ「優れた道具へのアクセス」を提供しようと考えて、全くの善意からやっていたのである。そもそも服のボタンを原価に近い25セントで売っていた男だから、儲けるつもりがあるわけがない。

こうして集められた「便利な道具といかした使い方」を一冊のカタログにまとめて出版することにした。

それが伝説となった「ホールアースカタログ」である。

ホールアースカタログ

副題は「access to tools(道具へのアクセス)」まさにスチュアートが人々にとって必要だと考えた思想がここに込められている。

1968年の最初のホールアースカタログは5ドルで販売され、しかも広告は一切入ってなかった。表紙を飾るのは、自らのキャンペーンでパブリックドメインとなった地球全体(ホールアース)の写真だ。

これもまた、儲ける気がないからできるのである。
ホールアースカタログの作成には、スチュアートが相続した親の遺産があてられた。といっても、印刷代の2万5千ドル程度。

ホールアースカタログは広告を一切入れないため、こう書かれていた。
「広告は受け付けていません。何か良い道具や使い方の提案があれば送ってください。私たちが気に入ったら次号に載せます」

こうしてホールアースカタログは販売された。一号が思ったより売れたため、第二号は1.65ドルに値下げした。これも儲ける気がないというところである。

同じ頃、スタンフォード大学には、「拡張研究センター(Argument Research Center)」があり、ブランドはここの研究責任者であるダグラス・エンゲルバートと親交があった。

ちなみにダグラス・エンゲルバートは「人間拡張(ヒューマンオーグメンテーション)」という思想を発案した人物であり、我々コンピュータ・インターフェース研究者全体の始祖でありスーパースターだ。彼について知りたければこの本を読むしかない。

絶版な上に売ってないが、売っていても10万円くらいすることもある。僕は三冊買った。全ページに驚きと発見が溢れていて、脳がショートしそうになるすごい本だ。大学の図書館にはあるかもしれない。

https://www.youtube.com/watch?v=VeSgaJt27PM

ダグラス・エンゲルバートこそはマウスとハイパーテキストの発明者であり、これも伝説となっている世界初の「デモ」をスチュアート・ブランドは手伝っている。

つまり、人々の最先端のコンピュータを触って見せる、という非常に高度かつ最先端のことを行っていたのだ。人々はこのとき初めて「マウス」なるものが存在することを知った。

スチュアートは「コンピュータは今現在は高価で大学や軍の研究室でないと手が出せないが、いずれは一人が一台のコンピュータを持つようになる」とこの時から指摘している。

スチュアートはまた、「パーソナルコンピュータ」という言葉を作った人間でもある。「パーソナルコンピュータの父」はエンゲルバートの思想を受け継いだアラン・ケイと言われているが、「パーソナルコンピュータ」という言葉を初めて書籍で使ったのはスチュアート・ブランドだった。

ホールアースカタログは1970年頃まで、季刊ペースで作られていたが、すでに圧倒的に伝説的な存在になっていた。あらゆるヒッピーがホールアースカタログを欲しがり、あらゆる人々がスチュアートに憧れた。

スチュアートはあまりにも多くの人に注目されることに疲れてしまった。
常に前回よりもいい道具と知恵を、と考えれば考えるほどプレッシャーは重くなっていった。

ホールアースカタログは売れに売れていたが、スチュアートが欲しいものはカネではなかった。

スチュアートはホールアースカタログが絶頂期だった1971年に「The Last Whole Earth Catalog」を販売。それまでは1ドルで安定していた(これがいかに儲ける気がないか考えるとすごい。広告しか載ってない雑誌より遥かに安いのである)が、最終号だけは5ドルとした。

ただ、最終号が100万部を超えて売れてしまい、調子に乗って「The (Updated) Last Whole Earth Catalog(5ドル)」を出し、続いて74年に「Whole Earth Epilog(4ドル)」を出版した。

この「Whole Earth Epilog」の最後のページに書かれた言葉が、「Stay hungry.Stay foolish.」である。

このとき、スティーブ・ジョブズは16歳。
多感な時期の少年が、ほんの目と鼻の先で作り出され、文字通り世界を変えた運動家に強い憧れを抱いたのはよくわかる。

そしてジョブズが発表した最初のiPhoneのデフォルトの壁紙はホールアースだ。

物語はここで完結した


その後、ブランドはオープンソースに代表されるハッカー文化の浸透に深く関わり、ハッカー会議などを主催。 MITメディアラボの客員研究員として本を書くなどの著作活動に深く関わっていく。

今、時代の大きな変わり目としてAIの登場がある。
今のAIは、ダグラス・エンゲルバートが作っていたオンラインシステム(NLS)にすごく似ている。恐ろしく強力だが、おそろしく高価だ。

そしてブランド自身が深く関わったハッカー文化、オープンソース文化によって、AIの研究開発は国境線を超えて(まさに全地球ホールアース規模で)広がり、国も宗教も人種も違う人々がgithubやhuggingface、Twitterといった共同体コミューン道具へのアクセスaccess to toolsを実現し、「自分でやる(DIY; Do It Yourself)」精神でそれぞれの貢献できる範囲で共進化している。まさにブランドが思い描いた世界が今、我々が居る世界なのだ。

昨日のラジオで「来年のAIはどうなると思いますか?」というお便りをもらったのだけど、来年のAIがどうなるかなんて俺にわかるわけがない。わかるという人がいたら偽物だろう。来年どころか来週のことだって全く予想ができない。

こんな時代だからこそ、スチュアート・ブランドの軌跡を追うことに非常に重要な意味があるのではないか。

最近、スチュアート・ブランドの伝記を服部桂先生が翻訳されていたので読んだ。あまりにも面白い。まさに今の時代はこの時代を拡大して繰り返している。賢者となるためにはまず歴史に学ばなければならない。

という本を読んでいたら、「トップをねらえ!画コンテ集」が届いた。

「トップをねらえ!」はまさに僕が15歳の頃初めて見たオリジナルビデオアニメ(OVA)である。

16歳のスティーブ・ジョブズが最も影響を受けたのがスチュアート・ブランドの「ホールアースカタログ」だとすれば、16歳の僕が影響を受けたのは「トップをねらえ!」だ。

この分厚さ

この頃のガイナックスは火の玉のような勢いがあった。
DAICON (SF大会大阪コンベンション)のオープニングフィルムでSFファンに衝撃を与えたアマチュアの集団が、「王立宇宙軍 オネアミスの翼」というアマチュアらしからぬ大作を作り、返す刀で実写作品「八岐大蛇の逆襲」「愛国戦隊大日本」といった"悪ふざけパロディと呼ぶ人もいる"路線の作品を手がけ、満を辞して制作した完全オリジナル作品。

そして庵野秀明の初監督作作品であると同時に、樋口真嗣の初画コンテ作品でもある(たぶん)。

アニメにおける「画コンテ」とは、作品の設計図そのもの。「画コンテ」に書かれている演出指示に基づいて作画され、セリフと効果音と音楽が入れられる。いわば心臓部。

実は「トップをねらえ!」は当初、樋口真嗣の初監督作になる予定で画コンテが書かれた。しかし樋口が降りたため、画コンテを見た庵野秀明が「もったいない」と自分が監督を引き受けることを提案し、樋口の承諾を得て映像化されたのだという。このへんのエピソードは「平成特撮の夜明け」に出てくる。

この「画コンテ集」には樋口真嗣による第一話の生コンテが巻末に掲載されている。

なぜこんなに書き込んであるんだ

画コンテというのは、基本的に「動きがわかればそれでいい」のでどこまで書き込んであるかは書く人による。実写の場合、全く絵コンテを描かない人もいるし、描いてもかなり適当な絵の人もいる(伊丹十三とか)。

「何を撮るか、どう撮るか」という制作指示が絵コンテの目的であり、これ単体で見て「面白い」と思えるものである必要は全然ない・・・はずなのだが、アニメを見た人ならわかるが、「まんまのカット」ばっかり載っている。もうこの「画コンテ」が尋常じゃない覚悟で作られていることがわかる。

ちなみに普通は「えこんて」というと「絵コンテ」だが、画コンテになっているところに何か怨念のようなものを感じる(少し調べるとジブリは絵コンテ、スタジオカラーは画コンテという表記を採用している)。

これ、すげえなあと思うのは、もう普通に漫画のネームと同じか、漫画のネームよりちゃんと描かれて「面白い」と作る前にわかるようになっているところ

ただ絵と話を書くのではなく、どこからリピートするかなどの作画指示も書いてある

これを素人が?
という新鮮な驚きがある。

もはやこの時、現場経験を積んでるから完全な素人ではないはずだが、これを描いていた頃の樋口真嗣は21歳か22歳。正気かという話である。描かせる方も描かせる方だが、描く方も描く方である。

いやひょっとして、誰にも発注されなかったけど勝手に描いたのか?(平成特撮の夜明けを読むと当時の樋口真嗣ならそんな勢いで勝手にやってしまうことは十分想像できる)

印象に残ってるシーンの演出指示に「全作画で!」とか書いてあると胸にグッと来るものがある

アニメのスタッフロールに出てくる順番には非常に重要な意味があって、「作業貢献度順」というものがある。当然貢献度の高い人が上に来る。「トップをねらえ!」では監督は庵野秀明だが、絵コンテは樋口真嗣が先に来ている。庵野秀明が樋口の絵コンテをどの程度修正したのかは、この画コンテ集を見ていると明らかに作画が変わるのでよくわかる。

印象的なオープニングアニメを手がけた摩砂雪の絵コンテも掲載されているが、全く別物というくらい女の子が可愛い。

そして衝撃だったのは、主人公タカヤノリコは画コンテでは最初ワタナベマリナだったこと。まあタカヤノリコって奥さんの名前だから使いたくなかったんだろうな・・・もとになった山賀さんのシナリオというのがどこにも公開されてないので山賀さんのシナリオの中でタカヤノリコだったのを樋口さんが嫌がってワタナベマリナに変えたのか?真相は藪の中だ。

その意味では僕にとって「トップをねらえ!」こそがホールアースカタログだったんだなあ。

結局憧れていた映像制作の道には進まなかった(というよりも進む方法がわからなかった)けど、結局自分の血肉になっているのは間違いない。僕が言葉で説明できない「気持ちよさ」「楽しさ」「感動」といったものは全部ここにあるのかもしれない。

ちなみに樋口真嗣の画コンテといえばこれも最近発売された特撮野帳もあるんだけど

実は最も細かく書き込まれた画コンテはローレライのやつだという。

これも画コンテだよ!
これは本当に凄くて、何がすごいかというと予算を獲得する前に書かれているところ。

つまり、本気で絵コンテを書かないと予算がもらえない。
それだけ気合いを入れて書かれているということ。

とにかくトップをねらえ!の画コンテ集、よかった。
なんかこのタイミングですごく影響を受けたもののオリジンに触れる機会があってつくづく人生とは数奇なものだと思うね。

エヴァストアで二巻セットで買うと特典ポストカードがついてくるよ!

タカヤノリコはたった一人で人類を救おうとした。
未完成の決戦兵器ガンバスターに一人で勝手に乗り込み、出撃する。
本来は軍人として咎められるはずの行動だが、彼女の上官であるオオタコウイチロウは予期していたかのように指示を出す。絶対的に信頼されていることに感動するノリコ。努力と根性で人類を救う。結局、これだ。

たった一人でも世界を変えられる。
ただし世界を変えるのはアイデアではない。アクションだ。