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ど素人のピュアオーディオ入門 最終回 天竺にたどり着く

全ての物語には終わりがある。
足掛け三年となったこの連載も、その運命から逃れることはできない。

もともとデザイナー氏の事務所で衝撃を受けたことからこの世界に入った。
そのシステムは、高名なオーディオビジュアル評論家の麻倉怜士先生がチョイスしたものだった。

僕の旅はそこから始まった。ということは、物語の最後は、麻倉怜士先生の私邸ということになる。

「麻倉さんのお宅に君を連れて行くことになったから」

ある日、不意にデザイナー氏がそう電話をかけてきた。
まったく不意だったから、最初は何を言ってるのかわからなかった。

しかしよく考えれば、デザイナー氏の事務所のチョイスをしたのが麻倉先生ということは、麻倉先生とデザイナー氏が顔見知りだというのはもっと早く気づくべきだったのである。

ある意味で、デザイナー氏も「そろそろ頃合いか」と思ったのかもしれない。
確かに、ソニーの一番安いスピーカーにマランツのアンプを繋げるところから始めて、KS-55Hyperに酔いしれ、JBL4309を満喫したあと、ついにB&W705S2とアキュフェーズのアンプ、そしてラステーム・システムズのパワーアンプによるバイアンプ接続、そしてクリプトンの電源タップにたどり着いた。

この構成に全く不満はないが、確かに個人が普通に揃えるシステムとしてはこれが天井である。この上に行こうとすればそれはもう完全に天井知らず。もうお好きにしてください、ということになる。

ここいらで、麻倉先生が本気でセットアップした構成を見ても受け入れる準備ができているのかもしれない。

いままさに天竺への旅の号令がお釈迦様からかかったのだ。
そんなわけで、作曲家の友達と弓月ひろみさんを誘って四人で天竺のある麻倉邸へ向かった。

まず驚いたのは、めちゃめちゃ高い塔が立っていて、そこに巨大なアンテナがついていたこと。

「これが噂のマイ電柱というやつか・・・」

と思って見てみても、電気を引き込んでる様子はない。

聞いてみると、「昔は地上波アナログ放送をできるだけ高画質で録るためにアンテナを立てた」らしい。やばい。筋金入りである。その発想はなかった。

広々とした空間に案内されると、24畳ほどもある室内は、巨大なプロジェクターや映像ソフトやアンプ、スピーカーで埋め尽くされていた。

麻倉怜士氏のホームシアター

手前には巨大なプロジェクターが四台。
天井に置かれたスピーカーは数え切れません。
空間オーディオを実現するために徹底した構成になっています。
布をとると・・・

クオリア!!!!!!!

クオリア!!!!!!!
マジですか。なんつー激レアアイテムがこんな無造作に。
クオリアは、ご存じの方はもちろんご存じのように20年ほど前にソニーが一瞬だけ展開していた「超ウルトラ高級」路線のブランド。

その中でもクオリアのプロジェクターは超弩級に高級で、200万円以上したそうな。ちなみにこのカッコいいガワは、ガワだけで20万円以上の原価がかかっているらしい。

出迎えてくれた麻倉先生は、もっと気難しい方かと思っていたのだが、ものすごく気さくで物腰の柔らかい紳士で、丁寧に高級オーディオビジュアルの世界を紹介してくださった。

最初に見せていただいたのは、4Kリマスター版のカサブランカ。
すごい。渋い。なんと白黒映画からスタートです。

このカサブランカ、衝撃的なほど美しい。白黒であるということを忘れるほど。我々がみる白黒映画というのは、テレビを通してみたものだけなので、やたらコマが飛んでいたり、カクカクしていたり、なんなら画面全体に汚いノイズが入っていたりします。

これは、昔は「テレシネ」といって、一度映写した画像をビデオカメラで再撮影したので、どうしても映写環境の影響を受けやすいわけです。

ところが最近の4Kリマスターは、フィルムを直接スキャンしてノイズが極力乗らないように撮影して繋ぎます。したがって、信じられないくらい綺麗な画面になるわけです。

いきなり度肝を抜かれました。

次に麻倉先生がチョイスしたのはこれも名が「雨に唄えば」
これは無声映画の時代からトーキー、つまり音声付き映画の時代に変化し、それまで声の演技や歌唱力などが一切求められなかった役者たちの葛藤を描いた映画です。今考えると、メディアの大きな変わり目にある今こそみるべき名盤!速攻で買いました。

お次は、これもど定番のサウンドオブミュージック。
しかしなんとこれほどの傑作が、まだ4KUHDが出ていない。
そこで麻倉先生のチョイスは4Kスキャンの2Kリマスター版。

マリアが子供たちにカーテンを使って服を縫ってあげるというシーン。
昔の画質では、カーテンの模様がそのまま次のシーンの子供たちの服の模様になっている様がつぶれていて見えなくなってしまうし、4:3だと七人いる子供たちが5人しか映らなかった、などの映画ならではの問題点がリマスター版で見事に克服されていると指摘。

僕も母親がこの映画が好きなので10回以上はみてるが、七人だって気づいていなかった。音階に対応してたとは。びっくり。もう一度ちゃんとみたいけど、4KHDR出してくれーー

さて、気分を変えて、次は音楽もの。
ノラ・ジョーンズとロニー・スコットのライブ版。
これ、本当にびっくりしたのは、一曲終わるたびに観客席の拍手が、後ろから聞こえてくる。まさに観客席にいるかのような臨場感。イマーシブコンサート体験!
音質がバッチリなのはもちろんですが、さすがオーディオ・ビジュアル評論家の先駆者。音楽ものもバッチリ空間オーディオの特性を活かされてます。

続いてイーグルスのライブ。
いやー、なんつー贅沢。
いろんな名画のいいシーンと、いろんなライブの良いシーンだけを麻倉先生の解説付きで聞けるとは。眼福。耳福。
これも買いました。

ノリノリになったところで、ど本命。
「今のシステムのポテンシャルをお見せするならこれ以外ない」と麻倉先生が満を辞してかけたのが、そう、トップガン・マーベリック。
これはまあもちろん持っているし暇さえあれば見てるのだが、麻倉邸のシステムで見るトップガンは格別・・・あまりの気持ちよさに・・・寝た。

寝てしまった!
我ながら、よくあんな爆音で戦闘機が飛んでる映画を見て眠れるなあと不思議なのだが、麻倉先生渾身の最高級のオーディオシステムを前に眠ってしまうという失態を演じてしまった。

でも先生は笑って許して下さった。懐が深い。ありがとうございます。
これ以上ないくらい贅沢な映像・音楽体験をして、二次会は先生が予約してくださっていた近くのイタリアンへ。お料理がどれも美味しい。

食事中、

「しかし今日はマークレビンソンの調子が悪かったなあ」

と聞いて、初めてさっきまで聞いていた音が、マークレビンソンのアンプから奏でられていたことを知った。すげえ、先に聞いていたら先入観が入って純粋に楽しめなくなっていたはず。

うーん。さすが麻倉先生。
かえりしな、映画館とは比べ物にならない素晴らしい音響で、やっぱりあれは凄い、という話をデザイナー氏としながら、ふと思った。

「あれ、あれってピュアオーディオではないのでは?」

そうなのだ。
確かに最高級の機材と最高級のアンプ、最高級のスピーカーで奏でられているものの、ピュアオーディオを聞いたわけではなかった。

実際、途中でデザイナー氏がもってきたCDを聴くときに「このブルーレイプレイヤーでCD聞くとそんなに良くないんだけどな」と麻倉先生はおっしゃっていた。

しまった。確かに麻倉先生はオーディオ評論家というよりも、オーディオ・ビジュアル評論家である。

吾輩の提唱する理論においては、ピュアオーディオとオーディオ・ビジュアルは厳密には異なる。

吾輩とデザイナー氏は、あくまでも2chにこだわるピュアオーディオ派で、映画ファンと麻倉先生は空間オーディオを使いこなすオーディオ・ビジュアル派である。

「つまり自分の道は、自分で極めろということなのか・・・」

これは決してゴールではない。
これはやっとスタートラインに立ったのに過ぎないのだ。

オーディオの沼は深い。