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議論のための別案とは - 賽の河原の脱出方法

(読了時間10分程度)

この浮き世には無意味な別案が氾濫している。

我々が目にするクリエイティブたちは、ブラッシュアップ主義によって駆逐された数々のアイディアの屍が織りなす山の頂に孤独に生き残った存在であることは、諸兄らもご存知の通りだ。その屍たちはかつて「別案」「複数案」と呼ばれ、人格と設定を与えられ本案との殺し合いを強要され、負け、死んでいった。賽の河原の石積みのごとく、我々は無意味な別案を積んでは崩されを繰り返し、その屍を踏み台に納品を目指して足掻くのだ…

というわけで今回はデザインの無限別案地獄を回避する、議論をするのに効果的な別案とは何かについて考えてみようと思います。

別案は強力だけど諸刃の剣

別案とは簡単に言えば「複数のアイディアやデザインを比較できる形で提示し検討する」という検討方法の一種です。ほぼ全てのプロジェクトで活用可能で、使いこなせば強力な武器になります。

別案のメリット

・単純に相手に刺さるレンジが広がる
・誰でも議論に参加しやすくなり、具体的な意見が出やすい
・検討した感が出る、説得力が増す

別案を作るメリットはとても大きいです。開発プロジェクトには担当者から投資家まで幅広い層がそれぞれの観測力で関わってきます。別案は、現場では議論を具体化することで方向性を決めやすくなる効果があり、上申やプレゼンでは有効範囲を広げたり「検討やったった感」「検討プロセスの見える化」の演出に使えます。

別案のデメリット

・作業量が倍どころじゃすまない
・「これが別案か、ならばもう一案」の永劫回帰
・殺すために産むという虚無作業

デメリットは端的に言って時間的にも精神的にもゴリゴリ削れる点にあります。検討しやすさ故に求められがちですが、そもそも別案作成を前提に時間や費用を貰えることは稀です。しかも、別案1案作るにも膨大な再検討と再設計が必要なのに、別案を出すとさらに他の案も見たくなるというループにハマります。その上、必然的に1案以外は皆殺しの運命なので、それをゼロから作り続ける精神的な負担はかなりのものです。

要するに、別案とは諸刃の剣とか魔剣の類なのです。適切に活用しなければ逆効果にもなりうるので、意味のある別案を意味のある出し方で提供するべきなのです。

別案の最低条件は目的と検討軸が明確であること

別案で重要なのは「何を決定するために別案を作るのか」という『目的』と、「何を基準に作った別案なのか」という『軸(検討軸)』です。この二つがフワついたままでは別案として機能しません。目的はとりかかる前に、軸は場合によっては後付けでもいいので、ハッキリ言語化できるようにしておきたい部分です。

目的はレベル感で適切に捉える

まず最初にハッキリさせるべきは別案を作る『目的』です。ここ注意したいのは、「クライアントがこの表現の別案が欲しいと言ったから」「刺さる幅を広げたいから」といった表面的な目的に囚われないこと。重要なのは「何を決定するための別案か」です。

言葉に引っ張られずに目的をはっきりさせるため、まずはどのレベル感の話で検討したいのかを明確にした方が良いでしょう。ここでも、有名なJesse James GarretさんのUXの構成要素を参考に考えてみたいと思います。(汎用性が高くて便利なんですよね、コレ)。

実は、別案の意味合いは戦略レベルか表層レベルかで大きく変わってくるのです。そのため、別案を作る目的のレベル感をキチンと捉えて考える必要があります。

たとえば、「若者男性中心のサービスですが、女性向けも考慮して色違いを作りました」というような別案はかなり危険です。なぜなら、ターゲットの設定はサービスの根幹に関わる戦略レベルの話であり、本来ならコンテンツ設計やコミュニケーション戦略から検討し直すような内容です。それを色違いという表層レベルでどうこうしようという事になり、各所の不整合でツッコミがはいるだけではなく、下手に採用されてしまうとプロジェクト全体で議論の基盤が崩れてしまい兼ねません。ターゲットレベルから考慮し直すなら、戦略レベルからの再検討があって初めて別案として成立するので、企画書と一緒の別案としてなら検討できます。デザインの別案は見た目だけではなく、想定が適切かどうかで議論の方向性は大きく変わってしまうのです。

このように、安易に表面的な別案を作ろうとすると、大前提と表現案の間で苦しむことになります。色違いを作ることを前提にするのではなく、まずはなぜ色違いが必要なのかを確認しましょう。それからどのレベル感まで深掘りすれば良いのかを掴めば、それぞれの別案をどのようなロジックで説明すべきかが見えてきます。

ただしここで難しいのは、大概の場合検討したい内容は複合的かつリアルタイムに変化するということです。例えば、機能と文字色という全く別レベルの検討を同時に議論することになったり、新しい論点を発見したりが発生するなどは良くあることです。その場合は焦らず、レベル感が深いものから順番に確認していくようにしましょう。基本的に小前提はすべて大前提に基づいているため、そこから積み上げていけばブレが少なくて済みます。

軸で整理して議論を促す

さて、せっかくレベル感を捉えて別案を作っても「はい、作りました、どれがいいですか?」と言って出すのは効果半減です。別案の目的は、選択ではなく検討なのです。そこで、それぞれの別案の意味と関係性を示す『軸』を設定するのが効果的でしょう。

ここで言う軸とは、別案(あるいは本案)同士の差別化ポイントをどこに置いているかという、アイディアの方向性のことを指します。たとえば、色のバリエーションを出すにしても「温度軸」「コントラスト(視認性)軸」「シンプル-装飾軸」など、様々な軸で分類することができます。軸を設定することで、その別案が何を重視して作られた案なのかを明確に伝えることができます。

別案はただ並べて出してしまえば個別の案でしかありませんが、軸を設定すると『面』や『立体』を形成します。1つ1つの案へのY / Nではなく、軸線上のどこがイメージに近いかで議論ができるため、「用意していないが軸線上には存在する別案」についても検討することができるのです。これは別案ループから脱出するにはかなり有効で、出した別案が刺さらなくても、その次の案をかなりイメージに寄せることができます。

まだ、別案を増産しやり、モレやダブリをチェックするのにも有効です。

軸があることでたくさん作ったつもりが似たような案になることを防いだり、思い付かなかった振り切ったアイディアの素材にできたりと、別案全体の完成度を高めることができます。軸を設定するだけで説得力も議論のしやすさもかなり変わってくることになります。

軸は後付けでもOK 論点を抑えるのがポイント

軸の設定は意外と難しく、慣れていないと時間がかかってしまいます。その時は先にいくつか案を作ってしまい、そこから軸を逆算、すなわちでっち上げてしまう方が効率的なこともあります。前回のNoteでデザインの言語化について書きましたが、言葉で考えるより先に作る方が得意な方は、作った別案をもとにディレクターやクライアントと一緒にどのような軸で分類したら検討しやすくなるか議論するのも手です。

それよりも重要なのは、軸で論点を抑えることです。設定された軸はそのまま議論のポイントになるので、何を基準に考えれば議論しやすいかを考えて軸を設定しましょう。これは、それまでの検討プロセスで何を重視し、何を課題としてきたかで適切な軸が変わります。たとえば、直感的にしたいと思いつつもどれくらい文字で補足すべきかを迷っていたなら「ビジュアル-文字軸(直感と明瞭)」などの軸が考えられますし、若者中心に考えつつも一般ユーザーの使い心地も考慮したい場合は「適正年齢軸」などが出てくるかもしれません。このように、検討するための素材を軸にすると論点が明確になった上で各案の役割が伝わりやすいです。逆に軸が適切ではなく、似たような軸が曖昧な基準で設定されているの議論が霧散するため注意しましょう。

これを応用すると、こちらから論点を設定して議論をコントロールすることも可能です。例えば開発工数が圧迫されそうになった場合は、検討軸に開発コストを入れると「ここまでのコストをかけてこの表現をやりたいですか?」と言う部分に論点を持っていくことができます。別案は出して終わりではなく、出した後の議論をデザインする手法でもあります。多くの別案ループは論点や評価基準がアヤフヤなために発生するので、軸を活用して適切な議論を促しましょう。

それでも、積む時は積むことになるんだという覚悟

元も子もないですが、これも真実です。賽の河原に別案を積まないと次に進まないこともあるので、多少の割り切りは必要です。今回の投稿は、そんな中でも少しでも意義のある議論のために、目的を捉え軸を設定した別案の考え方をご紹介しました。

少しでも考え方のタネになれば光栄です。



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