漫才師「ツイタチ」の同人小説

下北沢Creamの地下で、せっせと漫才の素振りをしていたのはオバサン、否、男です。
「これのどこが芸術点やねん!」
笑いやすいポーズをとって、男は元気に唱える。
一人きりの地下室が暫く静寂に包まれると、男は首を傾げ、再度笑いやすいポーズを決める。
「これのどこが芸術点やねん!……ちがうな。これのどこが芸術点やねーん!これのどこ……これの!これのどこが芸術点、芸術点やねん!!……これのどこが芸術点やねん!……うーん、やっぱりしっくりこない。」
そう、この柄シャツボブ眼鏡は、ファルス軍団の軍団長、お笑い芸人のツイタチ一瀬だ。
「伸び悩んでいるな、どうしよう。……ああそうだ、マイナーな映画とか見たら、物語に影響されていいツッコミができるようになるかもしれない。女に頼んでネットフリックス観させてもらうか。」
一瀬が変なことを言っていると、ツイタチの要、ツッコミ曲芸師の野川がやってきた。
「……おっ、一瀬はんやないですか。何してはりましたのん?」
「ああ、漫才の素振りだよ。例の『これのどこが芸術点やねん』のところだね。1番重要なくだりだ。」
それを聞いて、野川は家から持ってきたでっかい水筒をグビグビ飲みながら尋ねた。
「……そんなに重要でっか?わてひとっつもわかりやしまへん。」
「重要でっかって言ったって、そうじゃないか。前も君に話したかもしれないが、漫才は音楽、ミュージックなんだよ。小気味よいビートをオーディエンスの耳にぶち込む。ツンタカツンタカツンツン、ポーン!」
一瀬はなぜか膝の上をドラムみたいにしてリズムをとりだした。
「ポンツクポンツク!まあ、『これ芸』は、漫才の特異点、曲でいう転調する瞬間だね。」
「ほぇ〜。……それオモロいんでっか?」
「うん。オモロイな。」
一瀬は即答した。壁のシミを人差し指でなぞりながら。
「故に……ホンモノの漫才師になる1番の近道は、楽器になること。わかったかい?」
「楽器!へへっ、そりゃ楽しそうでんな。わてはあれでっしゃろ?和太鼓!どんどこどんどこ男道でっせ!」
「ははは……。」
一瞬苦笑いした一瀬は、腰に手を添え真顔になると、目を見開き言った。
「君はクラリネットさ。」
面食らった野川は後ろに仰け反った。
「く、くらね、りっと?なんでっかソレ?」
「奏ればわかる。」
そう言うと、一瀬は階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。
「一瀬はん!どこいきますのん?本番前にネタ合わせやらへんのん!?」
「野暮用を思い出したよ。すぐに戻ってくるから。」
「一瀬は〜ん……。」

一瀬は下北沢Creamを出ると、裏路地に入った。
「野川くん……君がクラリネットなら、僕はネコの鳴き声さ。寂しいネコのね。……にゃ〜ん。」
……ニャー……ニャオーン。
一瀬の暖かいネコボイスに共鳴するように、か細い子猫の鳴き声が裏路地に響いた。
一瀬が可愛がっている野良猫だ。
「おっと、ここにいたのかい。このネコは怪我をしてて、でも飼えないからたまに餌を持ってくるけど、それで懐いたネコだね、この子は。」
言わずもがなメス猫だった。
「めっちゃネコ好きだからなー、僕ネコの話を人とするのも好きだし。ユーチューブの履歴とかほとんどネコじゃないかな?ユーチューブのオススメも大体ネコ動画だし。」
一瀬はYouTubeのアカウントを2つは持っていた。
「今はお金ないからな、飼えない。将来、野川とホンモノの漫才出来るようになったら、お金あるだろうからいっぱいネコ飼おうかな、10匹とか、餌代足りるだろうから。」
一瀬は右手にはめた安い腕時計をガン見すると、ネコにニコッと微笑んだ。
「……もうタイムリミットだ。じゃあね、ネコちゃん、好きだよ。」
一瀬はネコになが〜いキスをした。
「……ぷはっ!……ネコちゃん可愛いね。このまま遅刻しちゃうかも。」
今度は小刻みなキスをネコにめっちゃした。
「ちゅっ、くちゅ、れろ、んちゅっ、んーちゅ、くちゅれろ、ちゅっちゅ。」
一瀬が一瀬ならネコもネコだ。満更でもない顔でトロンと一瀬を見ている。
「……んーまっまっ、よーしこれで十分。」
一瀬はちょっと笑いながらダッシュで会場へ戻っていった。

下北沢Creamに戻ると、野川が改変昔話漫談で場を繋いでいた。
「次は何太郎がでてくるんでひょか〜……あ!一瀬はんがきはりました!ちょっと〜、出番遅れたらあきまへんやんか〜!」
「えらいすまんな、許してちょんまげ。」
一瀬は漫才中、関西弁がついついでちゃう人なのだ。案の定出身は長崎だ。
「いやいや!ちゃんと謝らなあきまへんでー!!……ん?なんか口に付いてはりまっせ?なんですのんそれ。」
一瀬はゆっくりと微笑むと、三味線のような高尚な響きで答えた。
「ちゅ〜る、やねん。」

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