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ついにベールを脱いだ金融庁のフィンテック政策

 昨日(2017年10月25日)に、今後の金融行政の方針を占める「金融レポート」が金融庁から発表されました。今年の「金融レポート」では、あまり目立たないのですが、フィンテックに対する金融庁の方針が4つの原則(プリンシプル)として明確に打ち出されました。(要約版には数行しか記載がないため、興味のある方は「金融レポート」本体の100-108ページをお読みください。)

 昨年の「金融レポート」では、フィンテック事例の紹介や、金融庁によるフィンテック相談窓口の設置、業界からの要望を受けての銀行法改正など、フィンテックに対する、どちらかと言えば受け身の姿勢が目立ちました。当時は、フィンテックの社会的意義や影響について金融庁として測りかねていた印象です。

 しかし、今年の「金融レポート」では、フィンテックに対する金融庁の姿勢が明確に打ち出されています。「金融レポート」全般について言えることですが、国内外の有識者との意見交換を重ね、表面的な変化を追うだけでなく、より根底にある潮流について洞察を深めた上で、ある程度リスクを取って大胆な方針決定を行った印象を受けます。

 今回、金融庁から打ち出された、フィンテックについての4つの原則(プリンシプル)は以下の通りです。

1.「経済の持続的な成長と安定的な資産形成を通じた国民の厚生の増大」という金融行政の究極的な目標に最も良く寄与できるかを基準に判断を行う。
2.顧客とともに新たな価値を創造し、顧客の信頼を得ることのできる担い手が成長できるよう、必要な環境整備や障害除去をフォワードルッキングに行っていく。
3.利用者保護上で生ずる新たな課題等に対処する際に、手遅れになって被害を拡大させることがあってはならない。他方、先走って過剰規制になることも避ける必要があり、過不足のない弊害防止策を適時にとることを目指す。
4.既存金融機関のメカニズムのレガシーアセット化については、当局は金融機関に対しフォワードルッキングな経営を促すことによって対応すべきであり、対応できない金融機関が発生しないようにイノベーションを制限するといった対応は行わない。

 第1の原則では、経済成長や安定的な資産形成という金融庁の政策目標に照らしてフィンテックを個別に判断することが宣言されています。つまり、金融庁として、「フィンテックが流行っているからサポートする」という立場も取らないし、「フィンテックはよくわからないので、とりあえず先送りにする」という態度も取らないということになります。

 第2の原則は、金融庁として、金融業界の利益よりも、顧客の利益を優先していくという方針を示しています。ここで、必要な環境整備に留まらず、将来的に障害になるものは予め排除するとまで踏み込むは異例といえます。

 この点について分かり易く説明するために、「障害除去」と「フォワードルッキング」という言葉を取り除いてみましょう。

「顧客とともに新たな価値を創造し、顧客の信頼を得ることのできる担い手が成長できるよう、必要な環境整備を行っていく。」

 いかがでしょうか?これでも、通常の政府の文書と比べ、十二分に積極的な表現です。しかし、金融庁は、さらに一歩踏み込み、次のような文章で公表しました。

「顧客とともに新たな価値を創造し、顧客の信頼を得ることのできる担い手が成長できるよう、必要な環境整備や障害除去フォワードルッキングに行っていく。」

 金融庁の並々ならぬ覚悟を感じます。ひょっとすると、日本のフィンテックが、アメリカやEUはもちろんのこと、中国と比較しても遅れを取っていることへの焦りがあるのかもしれません。


 
 第3の原則も、やはり顧客保護です。フィンテックの発展に伴い、これまでの規制がそもそも想定していない新サービスが登場することが予想されます。金融サービスを提供する側が、金融サービスを利用する側よりも圧倒的な知識や情報を持っていることを踏まえれば、規制を変えなければ悪質なサービスが跋扈しかねません。と言って、新しいサービスの芽をむやみに摘んでしまっては、良質なサービスも新たに生まれてきません。

 フィンテックによって金融サービスが進化していくのに伴走する形で、規制や監督体制も進化させていくという金融庁の意思を感じ取ることができます。

 第4の原則では、金融庁として、金融業界を守るために、フィンテックによるイノベーションを犠牲にするようなことはしないと明言しています。
 
 この一文には、衝撃を受けた金融機関の関係者も多いはずです。かつて1990年代までは、政府の方針としてすべての銀行を守ってきました。いわゆる「護送船団方式」です。すべての銀行を守ることが、ひいては顧客の保護にもつながると考えられていたのです。

 その後、銀行を無条件で保護することがモラル・ハザードにつながることが明らかとなり、「銀行の保護=顧客の保護」という図式が崩れました。そして今回の「金融レポート」では、顧客の利益や利便性の向上を目的とした金融サービスのイノベーションが、金融業界の保護よりも優先されることが明確になりました。

 金融庁のフィンテックに対する方針が打ち出された背景には、フィンテックによって金融サービスのあり方そのものが大きく変わる可能性があるという課題意識があります。金融庁が特に注目しているのが、フィンテック・ベンチャーや事業会社と金融機関が協力することによるオープン・イノベーションの進展や、ブロックチェーンやP2Pサービスに代表される分散型の金融取引システムの登場です。

 フィンテックの流れは早く、そして光が強ければ強いほど、影も強くなります。新しい金融サービスが次々に登場する熱狂と混乱のなかで、フィンテックのメリットだけでなくデメリットにも世間の注目が集まることもまた時間の問題です。それを重々承知の上で、今回、金融庁が大胆とも言える方針を打ち出したことによって、日本でのフィンテックの流れがますます加速していくことになりそうです。

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