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クライミングは、身体障害者とかの“障害者スポーツ”ではなくて、一生涯誰でも楽しめる“生涯スポーツ”だ

「渋谷社会部」2016年4月12日(火)9:00~10:55放送分

【ゲスト】小林幸一郎/水谷 理(NPO法人モンキーマジック)

―― ここからは“渋谷社会部”ということで、ソーシャルなテーマを扱った2時間の番組を始めていきたいと思います。

今週、本日4月の第2火曜日は、NPO法人モンキーマジックの小林幸一郎さんに、ご登場いただきます。モンキーマジックという団体は“視覚障害者のクライミング”ということに取り組んでいる団体なんです。まず、“クライミング“って言ってわかりますか?

佐藤:壁を登っていくやつですよね?

―― そうです。佐藤さん、やったりすることありますか?

佐藤:いや、全然。握力とかも自信がないので、興味はあるんですけどやったことはないですね。

―― ときどき(クライミングをする場所を)見かけますよね?

佐藤:増えてきていますね。

―― 特に渋谷あたりは、町中でボルタリングの壁を見かけることってあるのかなと思います。

そういうのはよく見かけるんですが、ボルダリングに視覚障害の方たちが取り組むということで、目が見えない方が果たして壁に登るっていうことができるのか。

佐藤:ハードルが結構高い感じは印象としてあるんですけど……

―― 直感的には、とても難しそうだなあという感じがしますよね。

こういったことに取り組む意義が何なのか、また、視覚障害者の方がスポーツなどに取り組むということの意味、その辺について、いろいろお伺いしていければと思っております。

―― 小林さん、今日もありがとうございます。おはようございます。

小林:おはようございます。モンキーマジックの小林です。よろしくお願いします。

―― 簡単な自己紹介をしていただいてもよろしいですか。

小林:NPO法人モンキーマジックの代表をさせていただいてます、小林幸一郎と申します。1968年生まれで干支が申年の48歳、(今年2016年は)年男ですね。東京の築地に生まれまして、今は吉祥寺に住んでおります。2005年に今のNPO法人モンキーマジックを設立して、今年で11年目の団体になります。

私自身、このフリークライミングっていうスポーツは16歳、高校2年生のときから、もうかれこれ数えたら32年やっています。よく飽きずにこんなことやってるなっていう感じなんですけど、岩や壁を登るクライミング、っていうスポーツをずっとやらせてもらっています。

人生の途中で目の病気が分かって、だんだん目が見えなくなっていく中でもクライミングをやめずに続けてこれたので、自分にもできるんだったら、ほかの目が見えない人、視覚障害のある人にも、このクライミングってスポーツができるんじゃないかなと思って、今の活動をやり始めたというような感じです。

―― モンキーマジックという団体が、今どんな活動をやってらっしゃるのか、概要を教えてください。

小林:いくつかの活動があるんですけれども、まず、視覚障害の方を主に対象とした、壁を登るスポーツ“クライミング”の教室を、月に2~3回ぐらい定期的に開催しています。それから、障害のある人とない人の交流を目的としたクライミングイベントも定期的に開催してます。ここ渋谷でも毎月、定期的に開催しています。

―― 教室どんな場所で行われているのですか。また、視覚障害者の中でも、どういった方を対象にされてらっしゃるんですか。

小林:それは、私たちの法人の設立の経緯と現在にも関わってくる話になります。元々、先ほどお話させてもらったように、私たちの法人は2005年の8月25日が設立なんですけども、11年前なんです。結構な時間が経ってまして、設立した当初と今とで、活動の仕方であったり、コンセプトも随分成長することができました。

―― では、設立の時からゆっくり聴き聞かせていただきましょうか。

小林:クライミングスクールっていうところでまず申し上げると、2005年8月25日にNPO法人モンキーマジックが立ち上がった当初は、ロッククライミングなどの“クライミング”っていうものを、主に視覚障害者に普及すること自体が私たちの活動の目的だったんです。

それで、まずは、私たちの活動の目的を達成することに近い、主に視覚障害者を対象としたクライミング教室を開催して2005年からずっとやり続けてきているんです。

主に視覚障害者を対象としてクライミング普及するという私たちの活動って、世界的に見てもほとんど例の見ないことだったので、もちろんいらっしゃる方のほぼ100%はクライミングをやったことがない方でした。なので、もちろん、初めての方でもお楽しみいただけるように、誰でもが参加できるような敷居を低いものとして教室を始めて、発信をしていきました。

―― 視覚障害者の方は始める前に、結構不安も感じられるんじゃないかと思うんですが……

小林:大体、目が見えている普通の社会の人たちでも、団体を設立した11年前、12年前に「佐藤さん、クライミングしに行きましょう」って話したところで、「いやいや、そんな危ないことできるわけないですよ」と言われますよね。ましてや、障害を持っている人は、ご本人もそうですし、ご家族とか、お医者さんとかが、さまざまな方たちが「無理ですよ」ってに思われることが、始めはほとんどでした。なので「いかに安全なのか」「いかに楽しいのか」それからもう一つ、「誰もができないと思っていることを障害を持っている人がやれたときに、障害者だからできないと思って諦めていることを、もう一度取り組んでみようかなっていう前向きな気持ちが出てくるはず」。だから、多くの障害を持ってる人がこのスポーツに取り組む価値はあるんですよ、っていうことを一生懸命訴えてきました 。

でも、それは自分たちが勝手に言ってるだけの話なので、周りの方たちがなかなか「どんどんそれをやっていきましょう!」というふうにはなかなかならなくて……

法人を設立した当初「いろんな場所に広めてほしい」「視覚障害の方にこの情報を伝えてほしい」「参加できる人を紹介して欲しい」っていうことを訴えて回ったんです。例えば、さっき話してた眼科医さん、それから、生活訓練をしているような施設とか盲学校とかに行くんですけども、けっこう門前払いが多くて。「あんた何言ってるんですか。そんな危ないことを、うちの施設に来てる障害者にさせられるわけがないでしょう」というようなお話も多かったので、それでいろいろ考えました。何とか、障害を持っているご本人、当事者たちに情報を届けられないかなと考えて、自分の中で勝手に「これは外堀から埋めなきゃいけないな」と思いました 。

まずは、その視覚障害者の周りにいらっしゃるお医者さんであり、盲学校の先生であり、訓練をしているような専門家の皆さんに「これはいいことだから、安全なものだから伝えていったほうがいい」って理解してもらうために、学会とか、専門家の皆さんが納得できる客観的な発信をしていく必要があるんだろうと思って。積極的にそういう学会で発表したりとか、調査研究を始めてみたりとか、ということをするようになりました。いろんな場所に出ていろんな方、そういう専門家の方たちとも交流していった結果、時間をゆるゆるとかけながらいろんな場所で理解をしてもらい、情報が届くようになっていきました。

―― どんなことを調査研究、発表されて、それによって、どういうふうに皆さんが納得されたのか興味があります。

小林:視覚障害者支援の専門の学会を中心に、何回かやらせてもらいました。

事例研究みたいな形で、例えば、私どもの法人を置いている東京の武蔵野市では、中高年の視覚障害者を対象としたクライミングのプログラムを実施することによって、その方たちが、その教室をやったあと自発的に自分たちでサークルを立ち上げて、その取り組みを継続するようになって、障害者の自立の支援につながりましたよ、とか。

それから、茨城県のつくばに国立の視覚障害者聴覚障害者を専門にした筑波技術大学という大学がありまして、そこの学生さんを対象に、クライミングの教室を通じて“自己効力感”という「俺もっと前向きに頑張れるぜ」みたいな自信をどれほど取ることができたか、っていう調査しました。それも「積極的に前向きになる効果が出ましたよ」というような、調査結果を積極的に発信してきました。

―― 学会で、クライミングが特にそういう自己効力感を高めることに繋がる、という発表をできるということは、何かクライミングに特別な魅力というか、クライミングならではのものが何かあるのかな、というふうにも思ったんですけど、いかがでしょう。

小林:やっぱり事前に持っているイメージというのが大きいと思うんですね。「こんな大きな壁を自分に登り切るなんて無理じゃないか」っていうようなマイナスイメージが、プラスに転換していくプロセスに価値があるんだと思うわけですね。

私たちのやっている“クライミング”ってスポーツは、自然の岩で登っても、人工の壁で登っても同じ“クライミング”ってスポーツで、自分の持ってる手足、人間の持ってる能力だけで岩や壁を登るスポーツのことをクライミングって言うんです。皆さんも一度や二度テレビや雑誌等でご覧になったことがある、カラフルな色んな形をした石が壁に取り付けられている人工の壁を登るクライミングをイメージしてください。

「壁についてる石を、どれ使ってもいいので登ってみてください」っていうと、誰でも結構だいたい登れちゃうんですね、上まで。どうやって楽しむかっていうと、使っていいホールドを制限するわけですね。壁についている石のことをホールドっていいます。

このホールドとこのホールドだけを使ってあそこのゴールまで行ってみましょうと。難易度が分けられていて、1級2級3級とだんだん難しくなってきて楽しめるわけです。

面白いなと思うのは、人間、登り始めて、ある途中のところで、その次のホールドが持てなくなる。届かない、握れない、進めなくなるわけですね。この動きが止まった瞬間に、人はいろんなことを考え始めて「明日も仕事あるし、ここで頑張ったんだけどできないって言って辞めちゃおうかなー」とか、人にはあまり言いたくないマイナスな思考が働いたりとかします。

他方、もっとプラスに「あそこ絶対俺は取ってやる」ってやった結果、次のがとれなくて落っこちてしまったりとか、というふうなことが人間に起きるんだと思うんですね。この、気持ちの中での葛藤を乗り越えていくプロセスを、クライミングの中ではきわめてシンプルに振り返ることができると思うんです。このプロセスって、皆さんの日常生活でも普通に起きていることだと思うんですよね。例えばお仕事であったり、家庭であったりとかいろんな場面で。それと同じように、自分が何かを乗り越えていけたという実感が、極めてわかりやすく得られるのがクライミングであろう、と。

それからもう一つ、私たち目が見えない人間にとっては、次の石、ホールドが握れたのか握れなかったのかっていうのは直感的なので、ものすごく分かりやすい。誰にでも、手で握れたかどうかはわかるので。そういう意味で「ある気持ちを乗り越えられたっていう達成感」と、それからもう一つ、「自分の手でやり遂げたという実感」とがそこにはあるので、視覚障害者がクライミングってスポーツに向き合うと自分の気持ちが前に向いてくという変化が現れる、という結果が出たのだと思います。

―― 視覚障害者のクライミングの場合は、次のホールドを探すのはどういうふうにされるですか。誰かから指示をもらって進める形になるんですか。

小林:そうですね。まず、クライミングの魅力は、誰かより速くやる必要も、誰かに勝つ必要もなくて、自分がこのルートを登るんだと決めたら自分でそこに向かって打ち込めばいいっていうスポーツであるところ、自分の目標を自分のペースで達成していく、ゴールはそれぞれ違っていいんだっていうところだと思っています。

なので、クライミングのプロセスっていうのは、障害者であっても障害がない人でも全く同じ事を同じように楽しんでいるだけなんです。クライミングは、身体障害者とかの“障害者スポーツ”ではなくて、一生涯誰でも楽しめる方の“生涯スポーツ”だと私は思って行っています。

目が見えない人は、どこのホールドを使っていくかっていうことだけを教えてもらいさえすれば、目が見えている人と全く同じようにクライミング楽しむことができるって我々は思っています。そこで、伝え方を僕らなりに考えました。僕らは“H・K・K”って呼んでいます。何かっていうと、日本語で“方向”“距離”“形”なんですよ。この順番がすごく大事だろう、と思っています。(伝え方は)時計の針になぞらえて、例えば「2時の方向のちょっと遠いところに、右から左に向かって持てる穴みたいなのがあるよ」っていうふうに。すると、なんとなく、次に使っていいホールドのイメージができてくる。そこの位置関係だけ教えてもらいます。大事なことは「それを右手で持つのか左手で持つのか」とか、「左足をいつ上げるのか」とかっていう“登り方”は聞かないということが一番のミソだと思ってます。

何故かって言うと、後ろから「右手で持ってね」、「次のところ左手で、そのときに左足を上げると良いんだよ」って聞いてしまうと、まるで目が見えている人の操り人形とかリモートコントロールのロボットのように視覚障害者がクライミングすることになってしまい、クライミングの面白さまで目が見えている人が持って行ってしまいます。そうではなくて、せっかく目が見えている人たちと同じように楽しめる、一生涯楽しめる生涯スポーツなのだから。僕らは、見えている皆さんと同じようにクライミングも楽しみたいだけなので、目が見えないからできないことって何なんだろうということを一緒に考えながら伝えてもらえると、ぐっと距離も近づいて、クライミングを一緒に楽しめる仲間になっていけるんじゃないのかなと思います。

この“H・K・K”を伝えるために作ったビデオをYouTubeに公開しています。『視覚障害者と楽しむクライミング』ということで、多くの方に、クライミングを一度でも二度やったことがある方にはぜひ見ていただいて、近くにいる目が見えない人とか障害者の人と一緒にクライミングを楽しむ機会を広げてもらいたいなと思って、このような活動もしています。

―― 設立した2005年以降、学会発表などで仲間をちょっとずつ増やしていかれたところから、ここまでどれぐらいかかりましたか。

小林:多分、転換点がひとつあったのかなって思っているのは、ちょうど今から5年前ぐらいです。自分たちの活動の目的は視覚障害者にクライミングを普及するっていうことで終わってしまっていいのかなという疑問を持ち始めて、もっとその先に自分たちの活動の価値ってあるんじゃないのかなっていうふうに、いろいろ思うようになりました。

そこの転換点のひとつとなったのが、今、渋谷でも定期的に開催している、“交流型イベント”です。障害のある人もない人もクライミングを通じてもっと仲良くなっていこうよという、このイベントを始めたことによって飛躍的に、障害のない方たちが多く関わってくださるようになったことが、大きな転換点だったなと思っています。

―― ここで1曲音楽を挟みます。ご用意いただいた曲を紹介して頂けますか?

小林;私たちの法人の名前は“モンキーマジック”なんですけど、最近スマートフォンとかでモンキーまで入れると、予測変換のところには私たちの法人のスペルじゃなくて、別のスペルのモンキーマジックが出てきます。マジックが「MAJIK」アーティストのモンキーマジックさんが出てくるわけですね。僕らは、どうしたら彼らよりも前に出ていけるんだろうといつもいつも悩んでいるくらい、

ずっと意識しているモンキーマジックの皆さんの曲を聞いていただきたいなと思います。もっともっと、いつか仲良くなりたいモンキーマジックさんの曲で『アラウンドザワールド』。

♪音楽♪

―― 渋谷などでも始められている、交流型のクライミングのイベントはどういうイベント活動でしょうか。

小林: 障害のある人も、障害のない人も、普段なかなか交わることのない人たちがクライミングを通じて、もっと近くなって、もっと自然に友達になっていけたらいいね、というイベントです。実はもともと始めた時は趣旨がちょっと違っていたんです。

私たちはNPO法人モンキーマジックの活動を始めた2005年当時、視覚障害の皆さんにクライミングスクールというのを提供していました。私たちNPOとはいえ法人ですので、どうしても会社を運営していかなければいけなくて、参加費を頂戴してプロのクライマーの方に来てもらって、安全な環境の中で教室を提供するということをやっていました。

そうすると、実際に参加している視覚障害の方たちから「クライミング楽しいからもっと続けていきたいし、機会も増やしたいんだけれども、参加費を払ってモンキーマジックの教室に参加することしか道ってないんだろうか」という声掛けをもらって、「確かにそうだな、なるほど」と思いました。何かやり方はないのかなと思ったときに、私たちの教室だけではなくて、視覚障害の人たちと一緒にクライミングに出てくれるような仲間たちをつなげる、マッチングの機会を作れないのかなと思って始めたのが交流型イベントでした。

2012年の4月から、毎月、高田馬場で“マンデーマジック”っていうイベントを始めました。月曜の夜に開催してるので“マンデーマジック”です。このイベントは、障害のある人とない人がクライミングを通じて交流する、というところで始めました。

最初その意図は、障害のある人がトレーニングを続けられるように、もっと機会を増やせるように、見えている人と繋げるってところが目的であったんですけども、実際に始めていってみたら、目が見えている障害のない人が、クライミングを通じて普段接点のない視覚障害の人たちとのつながりが持てる、しかも終わったら、みんなで汗をかいた楽しい仲間とビールも飲みに行ったりして普段聞けないようなことがいろいろ聞けて距離がぐっと縮まる、っていう声がたくさん聞けるようになってきました。参加者の数も、どんどんどんどん増えていって、視覚障害の皆さんも「あそこに行けばクライミングができるらしいよ」と。「よく視覚障害のメディアでモンキーマジックって名前も聞くし、クライミングっていうのもできるらしいって聞いてたけど、さすがに教室に参加するのはちょっと仰々しいよね」って言っていた人たちがふらっと仕事帰りに来てくれるようになった。さらに時間がたっていくと、障害者のクライミングっていうことで、聴覚障害「耳の聞こえない私でも参加してもいいんですか」というお問い合わせが入り、最近では聴覚障害、難聴の方たちも随分来てくださるようになりました。さらには車椅子に乗っている方も顔を出してくれたり、それから小学生が来てくれたり、いろんな世代のいろんな方たちが、まさにこの交流型イベントを通じて交流するような場所に発展するような形になってきました。

高田馬場の“マンデーマジック”で始めたイベントが(広がり、)ここ渋谷で毎月金曜の夜にやっている“フライデーマジック”、それから、私どもが、つくばに自前で持っている小さなクライミングジムで土曜日の夜にやっている“サタデーマジック“、さらに、東京での私どもの活動に関わってくれていた仲間が札幌で”蝦夷モンキー“っていうのをはじめていたり、昨年からは、大阪でも”ナニワモンキー“っていう活動が始まったり、全国にこの交流型イベントの輪が広がり始めるようになってきました。これが特にこの5年間で発展してきた、成長できた活動の輪なのかなっていうふうに思います。

―― マンデーマジックなどのイベントはどういう時間帯にどういうことが行われてるんですか。

小林:これ、極めてゆるいイベントです。大体、夕方の6時に始まって、夜の9時まで3時間の時間帯のイベントです。何時に来てもらっても、何時に帰ってもらってもいいですよ、と。もちろん「終わってからお楽しみ懇親会ありますよ。ぜひ来てください」という形でやってます。高田馬場の場合は定休日のクライミング施設を特別に提供していただいてやってるので、僕ら全面的に使えるんです。ちょっと大きめの施設です。こちら45人の募集で大体毎回満席です。

渋谷でやってるものは大体20名の募集で、こちらも大体満席です。

高田馬場でやっているほうの場合は、来た人たちが最初の1時間ぐらいフリータイムで登ってもらって、初めてクライミングをする方たちへの簡単なレクチャーや、初めて視覚障害の方とクライミングする方向けに、さっきの“H・K・K” 、“方向”、“距離”、“形”の順で伝える、というホールドの伝え方のレクチャーなんかもしたりします。途中で私、法人の代表から最近のモンキーマジックのトピックについて簡単にお話させてもらって、あとはこちらで任意のグループ分けをします。その日初めて会った人たちを、適当にぐちゃぐちゃにして3~5人ぐらいのグループを作って、その人たちでクライミングを一緒に楽しんでくださいというイベントにしたりしてます。

それから渋谷の場合は施設がもうちょっとコンパクトですので、最初のうちは高田馬場と同じで自由にクライミングしていてもらうんですけども、途中でモンキーマジックの最近の活動のご案内をした後は、皆でクライミングゲームを(します)。3、4人組くらいのチームを作って、みんなでポイントをとってもらうようなゲームやったりとかいうような形で、クライミングを通じて人と人との距離を狭めるような感じのことをしてます。

面白いなと思うのは懇親会なんです。出席率が大体8割から9割ぐらい、45人参加者がいて、その人数の飲み会なんで、結構な大騒ぎなんです。そこに来る前に、クライミングを通じて初めて会う人達といきなりグループ分けさせられて、皆で登ったりとか、大声出して喜んだり、真剣に悔しがったり、みんなで応援したいということをやっていると仲間になってくれるので、懇親会に行ってまたテーブルについてまた初めての人たち同士になっても、すぐに、ぐっと距離が近づいてくれて、そこに耳の聞こえない人がいようが、目の見えない人がいいようが、自然にみんなつながっててくれるというのがこのイベントの大きな力かなーって感じています。

―― クライミングの力もあるのかと思いますが、参加者がそこまで親密になるイベントをご主催されている小林さんが、何か気を使われていることはおありになりますか?

小林:僕はクライミングの力は極めて大きいと思ってます。もう一つ、クライミングは大変そうっていうイメージを誰もが持っていて、特に初めて来た人は多少なりとも不安を抱えていらっしゃると思うので、“とっても楽しい、誰もが自分でいられるような空間づくり”っていうことを意識してます。「こうしなければいけない」っていうことよりも、「こうしてください」「こうしたほうが楽しいですよ」っていうことをたくさん伝えようとしてます。特に常連さんが多いので、そういう一つ一つが、脈々と雰囲気として空気としてそこに流れてくれるようになってるんじゃないのかなって。

―― 常連さんや上級者の方もいらっしゃると、初心者は自分の居場所がないんじゃないかなって思ってしまうのではないかと想像してしまうのですが……

小林:やっぱり初めてやるもので、誰もが不安だと思うんですよね。でも、あんまり他の人が登れてないかとかって周りの人は、そんなに気にしていなくて、むしろみんな気持ちがわかるわけです。うまくいかなくて落ちてしまった時の悔しい気持ちもよくわかるし、登れて嬉しいときの気持ちもみんなよくわかるし。それって、チャレンジしているルートはみんなそれぞれ難易度が違うんだけれども、やっている、チャレンジしてること自体は同じだからです。みんなが気持ちを一つにできる悔しさや嬉しさという共有できることがあるから、来てもらって最初のレクチャーを受けてその輪に入っていくと、すぐにそこの空気感というのは皆さんに伝わっていくことだと思います。まずは、“申し込みしてもらう”というそのハードルを越えていただけさえすれば、ぐぐっとそこに、包まれていくんじゃないかなって思います。

―― 渋谷では、どちらでやっていらっしゃるのですか。

小林:宮益坂の方面に、ロック&ウォールっていうクライミングジムがありまして、そこを毎月、金曜日の夜6時から9時、貸切にさせてもらっています。そこでモンキーマジックのフライデーマジックと言うイベントやらせてもらっています。参加費は3,000円です。通常よりも安く利用できる形で、靴とかも借りられます。来ていただくのに必要なのは、まず、楽しむ気持ち。それと、ジーパンとかスーツとかじゃない方が、女性もヒールやスカートじゃない方がいいと思うから、ちょっと簡単な着替えだけあれば何もなくて大丈夫です。

―― 各地に活動が広がってますけれども、これはやはり小林さんのモンキーマジックの活動を経験された方が、地元でも広げてみようとして始められているのですか。

小林:やっぱりその仲間たちが広がって広げてってくれてるっていうこともあります。もちろん私たちが全面的にお手伝いしているということもあるんですけれども、ここに至るにはモンキーマジック の「東京以外の地域にも視覚障害、障害者の方はたくさんいるんだからその人たちにクライミングを届けたい」という私の前のめりの思いがあります。一時、助成金をいただいて、東京以外の各地に札幌から福岡までモンキーマジックの教室を展開するっていうことにチャレンジしたことがあったんですけども、ことごとく失敗しました。撤退をして「だめだな」と思っていたんですけども、これがまた交流型イベントっていう形で地域に着地をして、今着々と広がり始めてくれています。これは僕らの失敗があったからなんだろうと自分では思っています。

―― 先ほどのお話で、『モンキーマジック』が『エゾモンキー』とか『ナニワモンキー』、札幌とか大阪に広がっているという話が出たところなんですけども、一方でその前に視覚障害者に対するクライミングを広げていこうという動きをされたけども、うまくいかなかったこともあったという話もされました。

この辺の試行錯誤のお話をちょっとお伺いするっていうところで時間がきたので、その続きから小林さんにお願いしましょうか。

小林:そうなんです。この2005年に法人立ち上げてから11年の中には本当にいろんなことがあって、失敗していることの方が多いんじゃないかなって思っている中のその最たる例が、地方に東京でやってきた視覚障害者のクライミングスクールを届けようっていうことでした。やったけれども、参加する視覚障害者はほとんどどの地域も出なくて、継続ができずに、毎回毎回、毎月毎月の計画は立てるんだけれども申し込みがゼロでした。地域のクライミング施設の方、指導者の皆さんには、「すいません今月もゼロでした。」「今月もできません。」「今月もできません。」ということが続いて、結果、撤退していったっていうことだったんですけども……今思えばそれは何だったかというと、東京で成功した東京のやり方をそれぞれの地域に持っていこうとしていただけだった、っていう風に私は思っていて、今、交流型イベントを軸にして、障害のある人もない人もクライミングを通じて仲良くなろうというイベントを、『エゾモンキー』、札幌で成功しているもの、『ナニワモンキー』、大阪でやっているもの、という形で着地ができてきているのは、私は、このイベントは私たち『NPO法人モンキーマジック』のイベントではなくて、それぞれの地域の方たちが地域のやり方で、地域の人たちと一緒に盛り上げているイベントにしていくべきだという風に思ってやってます。我々は何をしてるかというと、東京でうまくいったこと、うまくいかなかったことの情報を共有して、地域は皆さんがより前に進んで行きやすいように応援していく立場だという風に思ってやるようにしていることなんじゃないかな、と思います。

やっぱり持続可能な仕組みっていうのは、地域には地域の色があって、地域には地域の人がいるので、その方たちが一番自発的に自立的に動いていけるような仕組みが必要なんじゃないかなというふうに思ったので、以前の失敗、東京のやり方を持っていくのではなくて、地域のやり方を応援する私たちであり続けたいっていう風に今思えた結果が、新しい形で今少しずつ着地して、芽吹き始めたんじゃないのかなと、思えるようになりました。

―― 2つ質問があるんですけれども、まず札幌で大阪で現地で『モンキーマジック』の活動に取り組んでいらっしゃる方々っていうのはどういう人たちなのかということと、それから東京のやり方ではないやり方、地域の独自のやり方っていう風におっしゃったんですけども、実際にどう違うのか、特別な特殊性というか、どういう違いが出ているのか、この辺を教えていただいていいですか。

小林:まず後者の方なんですけれども、基本的には大きな違いはないんです。なぜかというと、私たちが東京でやってるコンセプトですね、先ほどお話させてもらった障害もある人もない人も共に楽しむイベント、ここは障害者のイベントではなくて障害のある人もない人も一緒に楽しむ場なんですよっていうそのコンセプトに、札幌の仲間も大阪の仲間も、「そうだよね!それ絶対いいからやろうよ!」って言ってやってくれているので、大きな違いはないんですけれども、我々が「こうしてください。」「こういうやり方でやってください。」っていうことは一切言ってないんです。

コンセプトを共にして、その表現の仕方は皆さんの方で参加している皆さんとお話をしてもらったりしながら広げていって欲しいんですっていうやり方こそが地域の皆さんが自分たちで育てていけてるという、やる気というか、継続していく力につながってるんじゃないのかなという風に思ってます。

これは、お金をもらう対価がある仕事ではないので、皆さんが自発的に自分たちの社会をより良く、より楽しいものに変えてこうという力なので、そこにはやっぱり自分たちでよりよいものを創造していくというクリエイトしていく、場が必要だと思っているので、そういう意味でかかわって皆さんの充足感というのもそこにあるんじゃないのかなというふうに思うので、特段、「大きく札幌ではこういうやり方をしてます。」「大阪ではここが特色です。」っていうほどのものはないです。私も年に数回ですけどもそれのイベントに参加してます。これから他の地域でもやっていこうとしてるんですけど、全く同じような感じになるんじゃないのかなという風に思ってます。

―― 今のもちょっと面白くて、同じ形のものを無理やり全国に広げようとすると広がらない。そうではなくて、あるコンセプトを共有してそれぞれにベストだと思うことに取り組んでみましょうという形である程度自由な状態でお渡しする。そうすると結果的には同じようなものが、それぞれの地域で生まれていくという。

小林:はい。

―― こういうNPOの活動ってどうやって広げていくか、よくかたい言葉で“水平展開”なんて言うんですけどもね。これをどうしていくのかっていうのは、結構多くのNPOが課題として抱えていることで、今のはちょっとしたヒントになるのかな、なんて思いながら伺ってたんですけれども。

小林:ありがとうございます。僕は、「どうしたら楽しい?」っていうのが1番大事なことなんじゃないのかなと思っているので、よく札幌のみんなとも、それから大阪のみんなともそういう話をしていて、参加してるみなさんに対しても「何がいいことか?」よりも、「どうしたら楽しいことか?」っていう視点で「皆さんもっとどうしてほしいの?」って聞いたら「俺、参加してくれてる人、継続してこのイベントのこといろんなところでも発信してくれて、また仲間連れてきてくれると思うんだよね。」っていうことはよく伝えてます。

先の一番目の嵯峨さんのご質問でどうやってその仲間たちをっていうところで申し上げると、その仲間たちって、多かれ少なかれ、東京での私たちの活動に参加した事があり関わったりしてくれている人たちがやっぱりコアメンバーになっている場合が多いんです。

東京で面白かったから、やっぱ楽しかったからっていうところが共通言語には一つ大きくなってるんじゃないのかなっていう風に思います。

やっぱりこの“楽しい”、“面白い”、“ワクワクする“とかそういうのって、NPO 法人なので関わってくれる仲間たちに、お金が渡せるわけでもなかったりすることが多いです。そういう中でいくと、やっぱりここに関わっていることが、ここにいることが、今まで見たことがない新しい日本の姿をつくっていくことに繋がるのかもしれないなって思ってもらえるようなことを表現できるかどうかっていうことがすごく大事なことなんじゃないのかなって思って、日々ちょっとその辺は意識して考えるようにしてます。その辺は、嵯峨さんが代表されておられる、『サービスグラント』さんに関わってもらって、僕たちNPO 法人の活動のコンセプトワークだったりとか、ミッション一緒に考えてもらったりしたプロボノの皆さんの応援の力も大きいかったですし、それから何より私たちの法人関わってくれている。ボランティアでのスタッフ、ボランティアというかもう本当にスタッフの仲間たちの力が本当に大きいなと思ってます。

―― 先ほどのプロボノのこと触れていただきましたけれども、『サービスグラント』とプロボノのチームで、『モンキーマジック』さんのパンフレットを作らせていただいたということがあって、今お手元に今日ご用意いただいていますけれども、“見えない壁だって越えられる”っていうこういうキャッチコピーをつけた『モンキーマジック』さんのパンフレットですけどもね。こういう外部のプロボノのメンバーもいますけれども、今小林さんがちょうど“仲間”っていう話をしていただいていて、実は今日は、『モンキーマジック』はもちろん小林さんを中心に活動を展開されてる団体さんですけれども、そこにたくさんの仲間が集まっているその1人である、今日は、水谷 理(みずたに・おさむ)さんも実はスタジオにお越しいただいてますので、ここからは水谷さんもぜひ一緒にお話に合流していただければと思います。こんにちは。

水谷:はい。こんにちは。

―― 今日はお越しいただきましてありがとうございます。

水谷:ありがとうございます。

―― 水谷さんは、『モンキーマジック』のボランティアであるということなんですかね。ちょっと簡単に自己紹介をしていただいてよろしいですか。

水谷:はい。『NPO法人モンキーマジック』のボランティアスタッフをしております、水谷理(おさむ)と申します。えー何をしてるか?

―― そうですね。例えば今お仕事はされてらっしゃるのですか。

水谷:はい。仕事は、サラリーマンしておりまして、かっこよく言えばプロボノという形でこの『モンキーマジック』に関わって5年ぐらい立ちますかね。

―― 5年ぐらい。結構長いですよね。

水谷:そうですね。2011年の冬ぐらいに小林さんに知り合って、私は目が見えてますし、

その当時5年前に、井の頭線の明大前にある明治大学にクライミングウォールがありまして小林さんと共通の友人知人に「クライミングスクールやってるから来ない?」って言われたんですね。「手伝いに来ない?」っていうような。私が高校から山岳部に所属していて、クライミング、登山、アウトドアになじみがあったので、それで呼ばれたみたいなとこがあったんですけど。そこに行ったら、たまたま小林さんがやっている盲学校の生徒向けのクライミングスクールだった、っていうのが初めのきっかけだったんですね。家も近くて、その後飲みに行って仲良くなって、私は山岳部にかつていたっていうことでクライミングの用語で話すこともできて、それもあって一緒に何かしたら面白いなってことで、5年ぐらい経ってるっていうようなところです。

小林:しかもあれだったよね。初めてイベントに来てもらって、その日飲みにいって、その日私は、本を2冊ばかり出させてもらっていって、その1冊目の本のタイトルをどうするかっていう話を飲みながら皆でワイワイやっているその場にいてくれて、結局、この水谷理くんが出してくれたアイデアがそのまま本のタイトルに……『見えないチカラ』っていうタイトルに。

水谷:なんと、そうなんです。何か「『見えないチカラ』ってどうすか?」みたいな感じで軽く言ったのが1週間後の出版社と編集者さんとの編集会議で『見えないチカラ』が最終候補にあがってるよみたいな感じであって、それで「もうこれしかないでしょう!」みたいな。

小林:ね!

―― 鮮烈デビューですね。

水谷:そんなこともあったので、私自身は、その障害者に関わった事もないし、身近にもいないし、専門的な何か学びをしてきた勉強してきたわけじゃないんですけども。

やっぱり小林さんに会って、「視覚障害の世界ってこんな世界なんだ」といいますか、30数年間生きてきて、「自分が知らない世界がこんな目の前にあったんだ」っていうカルチャーショックとか、あと視覚障害者って全員が全く見えない訳じゃなくて、いろんな見え方があって、パソコンも『スクリーンリーダー』っていうソフトでガシガシ使うし、携帯で写真も撮るし、メールもどんどん送ってくるし。そういうことがすごく面白いなって思ったんですね。知らなかった世界をいろんな人に伝えるのも面白いなっていうことで、クライミングを通じた活動っていうことに従事しているというとこですね。

―― うん。水谷さんは具体的にボランティアというのは、実際にそういうイベントの運営とかをお手伝いされてるんですか。それともどういったかってことを実際にされているんですか。

水谷:そうですね。言ってしまえば、『NPO法人モンキーマジック』が世に触れることすべてに関わっているといいますか、プレスリリースも書きますし、イベント担当者にもなりますし、いわゆる営業活動も行いますし、あとは交流型イベントって先ほど話があったと思うんですけども、私自身も今まで視覚障害者が身近にいなかった。そこで、たまたまあそこで空間を共にした人が障害を持っていたっていう経験が、今、モンキーマジックに関わるきっかけになってるのかな、と思うんですけれども。いかに接点がなさそうな人たちと接点を持つかっていうようなことを中心にイベントをしてますね。先ほどの『見えないチカラ』っていう小林さんの自伝が出たときにも、視覚障害者が、目で読む本を目で追って読むはずの本を、視覚障害者が本屋でイベントしてたら面白いんじゃないか、っていうようなことを思いついて。去年、かつて青山にあって、去年渋谷に引っ越してきた『ユトレヒト』さんていう書店でワークショップさせていただいたりですとか、そこで来た人たちが小林さんのことを知って、その世界のことを知ってもらって、クライミングのことを知ってもらって、クライミングイベントに来ていただいて、っていうような流れができるといいなと思いながら。

小林:タイトルとか考えるのが上手なんです、この人。『マンデーマジック』って名前もそうだったし、『マンデーマジック・オブ・モンキーマジック』っていうサブタイトルがついてたり。その書店でやったイベントのときも、『ブック・バイ・ブラインド』っていう『BBB』って付けよう、って感じのタイトルつけてくれたり、何かそういう世の中に対して、僕たちの活動のコンセプト上手に発信してくれたり。私自身が“障害者“っていう画数の多い漢字とか、”福祉“みたいなのがあんまり好きじゃなくて、もっとさっきから言葉にさせてもらってる“楽しい”とか“元気”、“ハッピー“とか、そういう感じのこと自分がよくしているので、それをとってもスマートに世の中に伝わるような言葉に翻訳してくれている人だなって感じているのがこの水谷さんです。

―― 水谷さんは普段、広告とかそういうお仕事されてるんですか。

水谷:営業マンです。物を売っているメーカーに勤めているんです。何か『モンキーマジック』に関わってるのって、もう完全にボランティアスタッフなんですけども、やっぱり会社組織の一員で、サラリーマンでいる自分もいるんですよね。それってすごく対局に近いことやってるなと思ってまして。「仕事してます。サラリーマンやってます。」っていうのって、そのサラリーマンの立場で何か言葉を発するのって会社を代表して言う言葉なので、結構控えてる部分があるんですよ。決して隠してるわけではなくて。お給料いただいてる身分なので、その言葉だけひとり歩きしてしまうっていうのを控えてるんですけども、逆に『モンキーマジック』の活動っていうのは、ただでさえクライミングっていうこれからどんどん盛り上がっていくスポーツをさらに盛り上げていくっていう必要があって、まず人の目に触れてもらって知ってもらうっていうことが大切なので、自分の全責任で物事を発信するっていうことなので、何かどっちかに優劣があるじゃなくて、会社員組織人として規律を守ること。あともう一つがボランティアスタッフとして自分がいいと思った価値を自分の全責任で発信するっていう、両方バランスよく日々学びになってるなっていうところはありますね。

―― 今までの話で水谷さんのお話からも、端々に聞こえてると思うんですがその水谷さんがいいと思う価値といわれているところ、『モンキーマジック』さんに5年間も関わられているということは、やはりその中でも『モンキーマジック』さん自身が変化して成長していくということもあるでしょうけれども、何かずっと水谷さんが関わり続けたいなと思う何かがあるという風に感じられるからなんじゃないかと思うんですが。

水谷:そうですねぇ。なんか、まさにこうやって『渋谷のラジオ』にお邪魔させていただいていけてるっていうのも一つですし、なんですかね、小林さん自身って、すぐ酔っ払っちゃうしお酒飲むと。「あれやりたいこれやりたい!」ってすごく声を上げて、僕らが「あれもまだやってないのに!順番でしょう!」みたいな押さえるときもあるし。でも、すごく小林さん自身がいろんなとこに動いてていろんな人に会ったりしてるので、すごく“人たらし”だなって思うんですね。そこに巻き込まれているっていう自分がいて、巻き込まれてる自分も楽しいなって思えてるっていうところが一番あるんです。価値っていいますと、私自身で言うと、身近に障害者がいなかったんですけども、かつて今よりも20キロくらい太ってたんですね。人と接する機会も持たずにいて。登山を始めて、アウトドア・クライミングをして、そこから身体がシェイプして、思春期とともに自分に自信がついてきたみたいところがあって。なんかそれって今すごく恩返しができてるんじゃないかなというところがあるんですね。それこそ自分だけの思い上がったところでもあるんですけども。やっぱり小林さん自身が、もっともっと外に発信できる人になれるように支えていきたいなっていうとなんか恋人みたいですけど。(笑)「すごくやりたい」と思ったことを小林さんも「ああそうだね、いいじゃん!」と共感してくるので、そこにはやっぱり“稟議書”書かなくて済むっていうような、すごく風通しの良い環境であるので、自由に動ける気持ちよさみたいなものが内側にいる一つの価値かもしれないですね。

―― そういう意味では本当に気持ちと気持ちの繋がり合いというか、そういう関係っていうのがあるのかなと思いますけど。小林さん、“人たらし”ということですが。(笑)

小林さんも企業でお勤めになったことってあるんですか。小林さんの経歴をお聞きしてなかったですね。

小林:私は、大学を出ましてから、最初3年間ばかり旅行会社にいて営業やってました。自分のお客さん連れて海外添乗もありましたし、温泉旅行の何かどんちゃん騒ぎの添乗員もやったりしてました。3年目の秋に転職をしまして、『L.L. Bean』(エルエルビーン)というアウトドアの会社に転職して、当時一号店が自由が丘に出展されるときで、その世代の方はご存知かと思うんですけど“メールオーダー”っていう通信販売の走りみたいな、日本でブームの走りみたいな会社だったので、カタログでの通信販売が流行ったり、私どもの店もとっても流行ったりした時期で。一店舗目が自由が丘、二店舗名が新宿、三店舗目が吉祥寺ってお店が開くまで僕も店舗のスタッフとして働いて、アウトドアの洋服売ったりしていました。三店舗目が開いたときに、「カスタマサービスを担当しなさい」っていう人事の発令があって。部長さんに「カスタマーサービスって、何やるんですか?」って聞いたら、「何も決まってないからお前考えろ」と言われてですね。その『L.L. Bean』っていう会社はアメリカでは本当にカスタマーサービスが優れた会社だとして非常に評価を受けている会社でしたので、わかりやすいとこで言うと外圧があったんだと思うんですけども。「日本、カスタマサービスを強化しろ」とだから人事をして人を配置しなさいっていうことだったと思うんですけども。その担当になって「じゃあ、お前が考えろ」というんだったら、「じゃあ考えます」って言って、何しようかと。“アメリカのライフスタイル、アウトドアライフスタイルを日本に定着する“っていうことが目的の会社でしたので、じゃあ、その“アメリカのアウトドアライフスタイル”って何なのかを実際に体験できるようなアウトドアのプログラムをお客さんに提供しようっていうプログラムの、要はスクールとか、教室とか、ツアーとかそういうのの担当を8年ばかりやって、11年経ったところで退職をしたということです。『モンキーマジック』で2005年に立ち上がった時に始めたクライミングスクールをやるにあたっては、この前職でやっていた仕事の内容が、大きく自分の経験としてプラスに働いたものになりました。

―― ちょっと無理やりこじつけに聞こえるかもしれませんけど、ある意味ではそういうライフスタイルというものを広めるということを『モンキーマジック』においても、障害者、健常者も一緒になって交流するという新しいライフスタイルというか、振る舞い方というか、そういう文化を作っている、そういう活動だっていうこともいえると思いますので、そういう仕事の経験が、今生かされてるということになるんでしょうかね。

小林:そうですね、きっとあるんだと思います。自分の中でもよく話をしていて、松本清張の小説じゃないですけど、“点と線”だと思うんですよね。やっぱり過去の自分の経験の一つ一つが線になって繋がって、今こうして『モンキーマジック』の活動になり、11年を経てまた次の発展に交流型イベントを通じてそれが全国に広がり、という形でまた広がる道になってるんじゃないのかなっていう風に思ってます。

―― こういう活動なので、水谷さんも普段の仕事というのはさっき“規律”という話がありましたけれども、この『モンキーマジック』の活動においてはもう新しいものを想像していくというか社会の人々の振る舞い方を変えていくっていうことで、クリエイティブな気持ちというものがすごく刺激されるからこそ、さっきのいろんな新しいイベントのネーミングだったり、いろんな企画なりっていうのがわいてくるという、そういうことなんですかね?

水谷:そうですね!あとはほんとに私自身が、デザインできるわけでもないし、ITに強いわけじゃないし、クライミングそのものは、小林さん自身とか、筑波の自前のジムの店長とかスタッフの方が全然うまいし。じゃあ、どんなことできるかなっていったら、仕事でずっとやってきた営業活動も一つだし、何かと何かを繋ぎ役になるっていうのが、それしかできないって思ってたんだけれども、それが一つの強みになるなと。そこでデザインできる子がいたり、ITに強い方がいたり、いろんなスタッフが集まって、小林さんはじめ、お店のスタッフの皆さんもすごく懐が深いので、何か自由に勝手にやってることを理解あって認めてくれてるっていうところがありますね。

―― 『モンキーマジック』のボランティアってだいたいこう何人ぐらいいて、どういう人たちで構成されてると思いますか。

水谷:そうですねー。本当にもう、交流型イベントに参加してくれた方が、常連さんがそのイベントの初めて来た方をサポートいただいくっていうのも、一つの本当にもはやボランティアスタッフとなってますし。関わる人全てって言えばそうなんですけども。

実際どうですかね、小林さん。

小林:法人としての『モンキーマジック』自体で申し上げると、先ほどお話の出ている、茨城県のつくばにある私どものクライミングジムのスタッフは、お店を運営しているので、雇用しているスタッフとして、専従のスタッフが1人。専従というか、社員としてのスタッフが1人。それからアルバイトのスタッフが4名という形でやってまして。他にこの法人本体の方でいうと、多少なりともスズメの涙みたいなお金ですけど、多少なりともお金を払って関わってくれているスタッフが3名。それから、水谷くんのように完全なボランティアスタッフとしてサラリーマンでガッツリ関わってくれているのが彼の他にもう1人。もう1人の方はもう誰もが知ってる日本の重厚長大産業の中年のいい歳の……

水谷:お兄さま。

小林:うん。スタッフがやっぱり1人いて、みんな「クライミング面白いね」と思ってくれてたり、僕らの活動って「面白いね」って言って関わってくれてる仲間が多いですね。

―― ボランティアの関わり方、そういう意味では水谷さんのように、総務といいますか、企画関係の方が2人いらっしゃって、あとはそのイベント関係の部分で実際にクライミングを教えたりするっていう関わり方があって。大体この2つですか。他にもありますか。

小林:重なってる場合が多いんですね。例えば、現場のイベントも助けてくれるんだけれども本業がIT 関係だから、『モンキーマジック』のコンピューターに関わる微に入り細に入りちょっと応援してくれる仲間がいたりとかいうような感じですかね。みんなで現場はいろいろと動かして応援はしてくれるんだけれども、それぞれが持っている本業であったりとか、それから好きだったことだったりとか、絵を描くのが好きだった子は何かデザイン起こしてくれたりとか、というな感じのいろんなかかわり方をしてるんですけども、何か一つの分野っていうよりどちらかっていうとみんな何かしら現場の部分で多少なりとも関わってくれていて、あとはそういう強い部分をうまく生かしてくれてるみたいな感じの関わり方をしてくれてますね。

―― そういう意味でもやはりまずは交流型イベントなどに参加をしていただいてそこで『モンキーマジック』の皆さんと、接していただいて自分に何ができるかっていうことでかかわっていただくっていうのが一番良い入り方だと思います。

でも、今はその交流型イベントを通じて参加していただける場も出来たし、実際に接してもらえる。私ともそうです。接していただける場もできたし、「そこから先もっと応援したい。何ができる?」っていう風になっていくような形のことも出てきているので。具体的には、例えば私どもがYouTubeにあげている、ビデオとかに聴覚障害の方向けに日本語のセリフに日本語にした字幕をつけてみたりとか。素人が我々が一生懸命知恵絞ってやってることなのでプロの皆さんがやってる日本語字幕と多少違うと思うんですけども、そういったようなもの付けてくれたり。それから同じく日本語でしゃべってるセリフを英語に翻訳して海外の皆さんにもそれ見ていただけるような仕立てをしたりとか。そういうのは皆さん「あそこだったらできるよ」「私ならできるわ」って言って関わってくれる皆さんが手を挙げていろいろ動いてくれたりしてます。小林さん:そうですね。先ほどお話したやっぱり飛躍的に関わってくださる障害のない方たちの人数が増えたのがこの交流型イベントで、それまでよく言われたのが「『モンキーマジック』さんの活動いいですよね。障害者の応援になって、社会のためになりますよね。で、私どうしたらいいんですか?」って言われたときにその先がやっぱりなかったんです。

でも、今はその交流型イベントを通じて参加していただける場も出来たし、実際に接してもらえる。私ともそうです。接していただける場もできたし、「そこから先もっと応援したい。何ができる?」っていう風になっていくような形のことも出てきているので。具体的には、例えば私どもがYouTubeにあげている、ビデオとかに聴覚障害の方向けに日本語のセリフに日本語にした字幕をつけてみたりとか。素人が我々が一生懸命知恵絞ってやってることなのでプロの皆さんがやってる日本語字幕と多少違うと思うんですけども、そういったようなもの付けてくれたり。それから同じく日本語でしゃべってるセリフを英語に翻訳して海外の皆さんにもそれ見ていただけるような仕立てをしたりとか。そういうのは皆さん「あそこだったらできるよ」「私ならできるわ」って言って関わってくれる皆さんが手を挙げていろいろ動いてくれたりしてます。

―― ありがとうございます。ここでまたちょっと1曲、音楽を挟みたいと思うんですけれども、曲の紹介は水谷さんからですね。

水谷:はい。休憩させていただきます。不可思議/wonderboyで「いつか来るその日のために」。

♪音楽♪

―― それではですね。ちょっとここで小林さんが今ちょうど取り組んでらっしゃる“クラウドファンディング”のお話があるということですね、4月30日までということで今月の取り組みなんですけど。これについて少しご紹介をいただいてもいいでしょうか。

小林:もちろんです。嵯峨さん、今ちょっと“クラウドファンディング”って逆にもう単語サラ~っておっしゃってもらったんですけど、このラジオ聞かれている渋谷区のみなさんて結構“クラウドファンディング”っていうのは、自然に、「あー(あれのことね)」って理解していただけるような言葉になるもんなんですかね。

―― ありがとうございます。多分少し補足を説明をしておきたいと思うんです。“クラウドファンディング”、主にインターネットを通じて、何かの目標設定してあることを実現したいということを宣言して、それに対して寄付を募ると。この“クラウド”っていうのは大衆て意味なんですかね、いろんな人たちがちょっとずつお金を出し合って一つのことなし遂げようという、こういう形の寄附のプロジェクトだと思います。

今、多分こういったことをインターネットを通じて、告知をされてらっしゃるという状況なんじゃないかなと思うんですが、目標設定してどんなプロジェクト、どんな目標に取り組まれようとされているのかっていうところがポイントになるかなと思いますね。これにみなさん共感できるとね、「ぜひ応援しよう!」ってことなると思いますし、その辺をお伺いできればと思うんですが。

小林:はい。私たち2回目になるんですけども、私たちの目標は今回のプロジェクトでの目標というのは、“障害“、障害者の障害ですね。『障害サイン付チョークバッグでクライミングをもっとハッピーに!』というタイトルなんですけども、何を言ってるかっていうと、チョークバックっていうのはクライミングをする人たちが登っているときに腰にぶら下げる、小さな滑り止めの粉を入れる袋のことなんですね。

“障害サイン付チョークバッグ”なので、このチョークバッグっていう小さな袋で「私、障害者なんですよ」っていうことがわかるようなものをつくって、それを障害者がつけることによって、クライミングっていう場所がもっとハッピーになるんじゃないか。それを実現したいので皆さん応援してください。ぜひ!というのが今回の私たちのプロジェクトなんです。何でこの“障害サイン付チョークバッグ”を障害者がつけるとハッピーになるのかというと、例えば耳の聞こえない聴覚障害の人がクライミングをやってクライミングの場所にいたときに、後ろの方から他の人が「そこに立ってるから危ないからちょっとよけたがいいですよ」って言っても耳の聞こえない人にはそれがわからないわけですね。

ところが、それを後から親切に言ってあげた人が耳の聞こえない人が気がつかないから無視をしているように感じられたら、「なんだよ、あいつ感じ悪いな」ってなってしまって、

せっかくみんなが楽しんでるクライミングの場所が、悪気はないのに、ちょっとアンハッピーな場所なってしまうと思うんです。そんな時に「私、障害者なんです」っていう事がちょっとサインとしてしかもスマートにそれが伝わったら、同じく視覚障害の人でも、なんでそこからそこに至る上から人がおりてくるかもしれないからっていうのがちょっと見えたらわかるはずのことがわからないから、それも遠目に見てわかるように、「この人障害者なんです」っていうのわかるチョークバッグ、サインがあったら。このサインも私たちも当初は、大きなゼッケンとかで「私、障害者です」ってわかるようなものを確かに実際やっているような人もいて、それはそれで一つのやり方かと思うんですけども。でもそのゼッケンはつけたがらない人もいるんじゃないか。だったらそれを伝わるやり方があったらいいなと思って、このチョークバックっていうのを思いつきました。

例えば蛍光色でどこからも目立つような、『見猿、言わ猿、聞か猿』がデザインされてるような。そんなような感じのものをみんなに配っていけたらいいかなっていう風に思ったので、これを製作して障害持ってる人に配布をしたい。それから全国にあるクライミングの施設などにポスターを作って、「このチョークバックを見かけたら、もしかしたら耳の聞こえない人、もしかしたら目の見えない人かもしれないから、ちょっと配慮してこんな風に声かけてあげてくださいね」っていう風な啓発啓蒙するような発信をしたり、クライミングの専門雑誌に例えば意見広告みたいな形でこのチョークバック見かけたら、皆さん一言配慮してあげてください。クライミングってこんな風にいろんな人が楽しめる素晴らしいスポーツなんですよっていうことを発信していきたいなと思って、そういうことをするための金銭的な支援、皆さんからの寄附を今募っているところなんですけども、4月の30日が締切日なんです。この日までに設定している目標金額100万円に達しないとプロジェクトは解散。そこまで「お金を支援しますよ」って言ってくださった皆さんにも全額返金になってしまって、プロジェクト終了という形になってしまうので、ぜひ皆さん応援していただきたいなと思っています。現在私たち『NPO法人 モンキーマジック』のホームページのトップにも、ボタン押してもらえればすぐにそこに行けるわかりやすいボタンを付けています。『障害サイン付きチョークバッグでクライミングもっとハッピーに!』となってるので、ぜひちょっとそこをご覧いただきたいな、というお願いです。もうひと押し、皆さん応援してください。

―― これすごいデザインが可愛くて、逆に普通につけたなるような、ボランティアとかじゃなくて、何かつけたくなるデザインなのでいいですよね、これ。結構そういうのってあからさまな感じのデザインも結構多くて、やっぱりつけたがらない方も多いと思うので、これならつけたい感じですよね、逆に。

小林:そう、そここそまさに!「もっと自然に、もっとハッピーに」だと思うので、やっぱりつけたいなって思ってもらえないと、それをつけたくないと思ってしまう障害者もいると思うし、やっぱり嫌々じゃなくて「つけたい!」って思えるようなものがいいなと思うので、今みたいに佐藤さんにおっしゃっていただけるのはとっても嬉しいです。今はまだまだアイデアベースのデザインのものが紙の上にできてるだけなんですけども、ぜひそれは実物として、世の中に作り出して多くの障害者の手にそれを届けたいな、障害者クライマーの人たちに届けたいなと思うので、ぜひ本当に応援してもらいたいです。

―― 確かにね、僕らでもつけたくなってもしまう、それぐらいのデザイン性っていうか、かわいらしいものというのは見る側の人にとっても楽しめるという感じがしますし、これ実際にホームページに行くとどういうデザインなのかっていうことも見ていただけると思うので、よかったらぜひアクセスしてみていただければと思います。それからTシャツの話もあるんですかね。

小林:逆に今つけたいってチョークバッグのことをおっしゃっていただいたんですけども、『モンキーマジック』では、私たちの活動を支援してもらっているもう本当に多くの方に知ってもらっているアウトドアブランドがあって、それが、『The North Face』(ザ・ノース・フェイス)なんですね。実は今私が来ているこのTシャツがそうなんです。この『The North Face』が2006年から毎年デザインを変えて、『モンキーマジック』の活動を通じて障害者クライミングの普及を応援するという名目でのこのTシャツを制作してくれてます。このTシャツを『The North Face』の各店舗で売ってくれてるんですけども、この売り上げの一部が私たちの活動の支援に、という形になってます。これはぜひですね、皆さんに着てもらいたい。ぜひ買ってもらってですね、着ていただきたくて。これもコンセプトがすごく大事で。先ほど佐藤さんにおっしゃってもらったような“障害者のなんとか”だからではなくてかっこいいから、“イケてる”から、みたいな感じのTシャツが一番のコンセプトなんです。結果的に「これって何なんだろうね?」ってよく見てみたら、洋服を買っていただくと皆さんよくタグがぶら下げられていると思うんですけども、そこに書いてある「このTシャツは、『モンキーマジック』っていう活動を通じて障害者のクライミングの応援になってます。」っていう風な感じで、「そういうことだったんだ!」っていうふうになるようなストーリーになっているTシャツです。今年、今私が着ているTシャツ。これ水色かな?だと思うんですけども、出たばっかりです。4月の本当に1日、2日ぐらいからやっと世の中に出歩き始めたTシャツなんです。今年もとってもかわいいTシャツのデザインになってます。

背中で猿が一匹クライミングをしてるグラフィックになってるんですけども、私が2014年にスペインでクライミングの世界選手権に出たときの私の写真をモチーフにした“猿”です。皆さん見てもらってですね、手に取ってもらって、ぜひ着て、いろんな人に「このTシャツねー実はこういう意味があるんだよ。いいと思わない?」って一言添えてもらっていろんな人に自慢してもらいたいなと思ってます。ぜひこの『モンキーマジック』そしてノースフェイスのコラボレーションTシャツ、ぜひ手に取っていただきたいなと思います。

―― 本当に“イケてる”Tシャツですよね。この背中ももちろんかわいいんですけど、ずっと横にいさせていただいていた時に、前にも刺繍が付いててお猿さんが付いているんですけど、それがすごい可愛くて。普通に着たいですよね、これだったら。

小林:渋谷はご存知かと思うんですけども、明治通り沿いに、

『The North Face』の旗艦店となるような大きな店がありますので、そちらの方で手に取っていただけますので、ぜひ。一色だけじゃないんですね。男性もので6色、女性ものでも5色、子供ものもありまして、親子で合わせてもらうこともできるので、ぜひ、気に入る色気に入るデザインを。このお猿の刺繍も、生地の色に合わせて全部違ってます。ぜひ手に取ってください。

―― こういうクラウドファンディングでもそうですし、『The North Face』さんとも一緒にこういうTシャツを作るっていうこともそうですし、また日常的に交流型イベントを各地でやってらっしゃる。本当に多彩な活動を視覚障害者のクライミングというところを軸に取り組んでらっしゃるんですけれども、今日ちょっと時間は大分残り少なくなってきましたが、これから『モンキーマジック』さんというところ、組織なり、あるいは視覚障害者のクライミングということを通じて、これからどういうことをさらに進めていかれようとされているのか、っていうこの辺をちょっと最後にお伺いしたいなと思ったんですが。

小林:私たちは2005年に法人を立ち上げた当初、視覚障害者へのクライミングを普及をすることが法人の活動の目的でした。でも、11年という時間の中で、例えば交流型イベントが始まり、サービスグラントのプロボノの皆さんにも関わっていただいてコンセプトの見直しなんかも進めて、“見えない壁だって越えられる”というような新しいキャッチコピーもいただきました。そういう中で自分たちのミッションって何なんだろうということをもう一度整理をしていく中で、今自分たちのミッションとしておいているのは、“障害者クライミングの普及を通じて、多様性を認め合うことのできるユニバーサルな社会を実現しよう“、これが今の僕たち『モンキーマジック』の活動の目的に成長することができたんじゃないかなって思ってます。“ユニバーサルな社会“って何だろうって考えてみると、障害や、国籍や年齢や文化や趣味や……その様々なものが一緒になっている社会で、その人たちが元気に笑い合って応援し合って悔しがって。そういう社会が“ユニバーサルな社会”なんじゃないかなと思っています。今、僕たちが、一つ交流型イベントの中で起きている空気や現場っていうことが、そのあるべきユニバーサルな社会の縮図なんじゃないかなと感じてます。その縮図となっているようなクライミングで起きている現場をもっと社会に広げていくことこそが、僕たちが描いている多様性を認め合うことができるユニバーサルな社会なんじゃないかなという風に思っているんです。今はそれが実体験できるクライミングの現場を、交流型クライミングの現場を一つずつ増やしていくことが『モンキーマジック』の活動にとって自分たちが描いている日本の未来に必要なことを実現するために必要なんじゃないかなと思うので、今自分たちにできること一つ一つ動かしてる感じです。

―― なるほどですね。代表の小林さんがこう言われたのでなかなか水谷さんつけ加えずらいと思うんですけど、水谷さんが『モンキーマジック』に思い描いている何か未来とか夢みたいなものかあれば。

水谷:そうですね。本当に交流型イベントにぜひ遊びに来て欲しいっていうのがあります。それはなぜかといいますと、目が見えない人も見えにくい人も、耳が聞こえない人も聞こえにくい人も、足が動きにくい、動かない方も、みんな一緒になって同じクライミングの同じルールの上でのスポーツをみんなそれぞれ楽しんでるんですね。それって、社会の縮図といいますか、僕らが目指す一つの形だなっていう環境づくりをしてますので、まずそちらに遊びに来てください。あともう一つが、クライミングやったことないけどやりたいけどっていう方にはかなり手厚くクライミングのルールから教えますので、“障害”っていうことではなくて、クライミングっていう切り口で遊びに行きたいなっていう方もぜひぜひお待ちしております。

―― ありがとうございます。

この渋谷のラジオもご存知かもしれませんが、“ダイバーシティ、シブヤシティ”といって、多様性というものを大事にやっていこうと思ってるんですね。この小林さんが来月以降も、ご出演いただくと思うんですが、この番組自体もそういうユニバーサルな社会というものを実現するその空気感というものをぜひそこにチャレンジしていただければ、というふうに思ってます。

小林:そうですね。ゆるく楽しくいきたいですね!


聞き手/嵯峨生馬/佐藤万葉子

テキストライター/柴田 実季さん(前半)、池田 融子さん(後半)

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