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視覚障害者について私たちが知らないたくさんのこと。スマホは使う? どんな夢を見る? 一番暮らしやすい街は?

ゲスト/小林 幸一郎さん(NPO法人モンキーマジック 代表理事)
    関谷 香織さん(日本点字図書館)
    水谷 理さん(NPO法人モンキーマジック コーディネーター)

聞き手/嵯峨 生馬(サービスグラント 代表理事)

放送日/2016年5月10日(火)9:00〜10:55

―― 時刻は9時を回りました。ここからは渋谷社会部が始まります。NPO法人 モンキーマジック 代表小林幸一郎さん、水谷 理さんを中心に進めていきたいと思います。

小林:私はNPO法人モンキーマジックで、主に視覚障害者を中心にフリークライミング/ボルダリングのスポーツの普及活動をしていて、「クライミングがいろんな場所でできるようになるということを通じて多様な人々が暮らせるユニバーサルな社会を実現したい」と思いながら、いろいろなことをやっています。
私自身は、1人の視覚障害者です。今日は、視覚障害のことを一緒にお話できたらなと思ってやって参りました。お願いします。

水谷:私は普段は、サラリーマンをしながら、ボランティアに5 年ぐらい関わっておりまして、イベントの運営など「モンキーマジックを多くの人に知っていただくか」というようなことに携わっています。

――ありがとうございます。まず、視覚障害をお持ちでいらっしゃる方へ、面と向かって聞きづらいことのひとつでもあるのですが、どういう風に「街」が感じられているのでしょうか? 小林さんはどんな見え方をしているのでしょうか? 小林さんの場合は後天的に視覚障害になられたので、元々は見えていたということですよね。ですから、「見えていた時」と「見えていない時」との違いもご自身の中でお分かりになっていらっしゃるということもあると思うのですが、いかがですか?

小林:今私は48 歳で、ちょうど20 年前の28 歳の時に初めて、「あなたは目の病気です」という診断を受けているんですね。
それまでは、眼鏡すらかけていませんでしたし、視力も1.2や1.5でした。運転していて、夜に対向車が来たらやたら眩しく感じ、雨の日にワイパーを動かして窓ガラスの方が何となく見えづらいなと思っていて、眼鏡屋さんに行ったら、「あなたの視力は機械では測れないから病院に行ったほうがいいですよ」と言われ病院に行ったところ、「進行性の網膜の病気です。この病気は治療方法がなくて、あなたは近い将来失明します」と、突然言われました。

階段をゆっくり降りていくように、だんだんと視力が低下し、今では、電気がついている、窓の外が明るい・暗いがわかる程度まで視力は低下してしまいました。「中途障害」って言ったりしますけれども、人生の途中で、目の病気にかかって、障害者になりました。
だんだん見えなくなっていたので、はっきり目で見ていた街の姿とか記憶があって、やっぱり、自分の人生は視覚障害なんですけれども、目で見えていた世界の中で、自分は生きているんじゃないのかなという感覚で今は日々生活しています。

―― 視覚障害の中にも、類型があるんですよね。

小林:視覚障害って一言でいっても、実はいろんな見え方があるんです。

例えば、眼鏡やコンタクトレンズをしている人が眼鏡やコンタクトを外した状態の、全体にピンボケしてにじんで見えるような感じの見え方だったり、すりガラスの向こうを見ているような感じの―白濁と濁っていたりとか、それから、目の前の世界が周りからだんだん見えなくなって目の真ん中の部分だけ見ているような状態、例えば、サランラップの筒を両目に当てて見ているような見え方になっていたり、それから目の真ん中が見えなくて周りはなんとなく見えてるんだけど……っていうような見え方があったり。

つまり、全く見えないのではないのだけれども、見えているのだけれど、見えにくい。そんな視覚障害の世界が弱視とかロービジョンとかいうものです。
全盲についても、いろんな定義づけもあるらしいのですけども、見えない人、見えない世界を全盲というんだそうです。

私の場合は、「あなた病気らしいです」と言われてから、最初は目の中心部が見えなくなり始めました。目の中心部に見えないと何が起きるかというと、人間の目って、目の中心の本当に小さな部分で細かいものを判読したりする能力があって、私の場合はそこが見えなくなっていったので、一番に人の顔や文字がわからなくなってきました。ですが、周囲はなんとなく見えていたので、あちこちフラフラ出かけていました。

最近よく駅で「スマートフォン見ながら歩かないでください!」って放送してますけど、目の中心は、スマートフォンを見ながらも、周りが何となく見えているので歩けるんです。昔の私の目はそんな感じでした。

―― ちょっとずつ見えなくなるというのは、自分が信じられなくなるとかこんなはずじゃないという気持ちになるのですか?

小林:私の場合は、自分が信じられなくなるっていうか、「病気だ」って言われたことが1番信じられなかった。自分で車を運転して病院に行き、「あなたは目の病気ですよ。治療方法がないから、あなたは将来失明しますよ」と言われて「えっ!!」ってなっても、自分で運転して帰って、急に生活は激変しなかったんです。でも、未来予想図が崩れていく感じで、気持ちの方は激変しました。

―― 28 歳の時にそういうお医者さんに病気を言われてから、今の状態になるまで5 年10 年という時間がかかって、今に至ってるという形なんでしょうか?

小林:そうです。見えなくなったのはいつですかって言われても、比較できないので、パッとわからないのですが、去年ぐらいからこんなことできなくなったなとか、3 年ぐらい前からこんなだったなっていう感じはあるんですけれども、見え方でいうと、明るい・暗いが分かるような感じだなというふうになったのはここ2、3 年なような気がします。

目が見えなくなって来て、まず失われていったものは、色の鮮やかさです。目が見えていた頃、L.L.BEANというアウトドアの洋服などを売る会社で、お客さんをキャンプとかカヌーとかマウンテンバイクだとか、自然の中に連れて行く仕事させてもらってたんですが、例えば今の時期だと、田んぼに水が張られて田植えがされている。そんな日本らしい景色とか、新緑の緑とかってそういう鮮やかさが目に入る時期だと思うんですよね。その鮮やかな色とか紅葉、青空、天の川とか、鮮やかさが失われていって、だんだんいろんなものが、視界からなくなっていった感じです。

―― 夜の外出とかは結構制約されるんじゃないでしょうか?

小林: 夜の街灯がぽつんって光っているのがわかるので、家に帰ろうとすると、お店の看板と街灯が混じってぶつかったりしてしまうこともあるけれど、今は街灯を頼りに家に向かって帰るときもあります。一概に昼間⇔夜っていう感じではないと思いますね。

例えば、渋谷のスクランブル交差点を一人でセンター街へ行ってくださいと言われたら、極めてハードルが高いです。

もちろん、コンディションは人によって違うんですが、明るい・暗いだけではなく、見え方によって違うのがこの視覚障害の不思議だなと思います。人によっても違うし、私自身も過ごしてきた時代によっても違ったんだなという気がします。

―― 街を歩かれるときに、後ろから人が来るとかですね、あるいは人が走りつつ去っていく、自転車が通っていくとか、いろんなことがありますよね。これに対してどう対応されてらっしゃるんですか?

小林:できることとできないことがあると思います。私は目の見え方が年々変化していて、それにあわせなきゃいけないですし、「目が見える世界」が私の基準なんだと思うんです。目の前に人がいるだとか、自転車が来ているとかに、決して気づきやすくはないと思うんです。

それに対して、一緒にいてすごいなと思うのは、生まれつき目が見えない人たちって、同じ視覚障害者というくくりにしていいのかと思うほどなんです。コウモリと呼ばれている一緒にクライミングする全盲の高校生がいるんですが、彼は段差や人が来ることや、一度行った曲がり角などを周りの音で、全部わかっているんです。彼は以前、高田馬場で「電車が来たので先に行きます!また~!」とタッタッタッと階段を下りて、人をよけながら電車に乗っていったんです。

僕にはそんなことできないです。逆に、時間をかけながら同じ場所に来ることによって、自分の頭の中に、駅の作りを描いて記憶をしていけるような感じ。視覚障害のビギナーです。

―― 視覚というものがない分、健常者が感じ取れない空気や殺気などを察する力を持っていると思いがちですが、生まれつきと、後天的では違うってことですね。

小林:全然違います。

―― 視覚障害の方を前にお話してると、何か見透かされちゃってるんじゃないかなと結構ドキドキしながら話すのですが……。

小林:持っているならそんな能力は持ってみたいですね。

―― でも、ちょっとした息づかいとか、声の調子とかに対して敏感になるのではないですか?

小林:持っている能力は嵯峨さんも私も何ら変わらないんじゃないかなと思います。ただ、必要な能力を必要に応じてどう使ってるかっていうことだと思っています。

例えば、ご自宅には必ず電気のブレーカーってあるじゃないですか。大きい主電源みたいなのがあって、それで奥に小さなブレーカーがバチバチと並んでいて、オンのものとオフになってるものがあって……人間の能力ってあれに近いんじゃないのかなと思っていて、主電源は、生きている・死んでいるを指すようなもので、その横にあるオンとオフする部分が人間の能力だと思っています。

目が見えている人は、目で情報を得られるので、他のものはそこまで研ぎ澄まさないで、オフもしくはパワーセーブになっているものが沢山あるんじゃないかなと思うんです。ところが、視力・視覚がオフになってしまうと、他のスイッチをオンにしたり、パワーセーブを解除したりて、他の能力を利用するようになってくるんだと思うんです。

視覚障害の方は、「耳がすごくいいんですよね」とか「ちょっと触っただけでわかるんですよね」だとか「声を聞くと、名前を言わないでも私が誰だかわかるんですよね」っていうようなたくさんの誤解がありますが、持ってる能力っていうのは全く同じだと思うんですよね。

例えば、「次は渋谷駅です。人身事故のため、湘南新宿ラインには遅れが発生しています」という放送が山手線で流れたとしても、大体乗っているみんなと話をしているとその放送に気が付かないんです。でも、自分にはなぜか耳に入っていて、湘南新宿ラインおくれてるよっていうと、「本当だ!そこの画面に出てる!」って言ったりするんです。だから気づくものが全然違うんだということがありますね。

―― 一方で先ほど誤解とおっしゃった「声を聞いただけで誰かわかる」ということはないんですか?

小林:全然わかんないです。「小林さん!!」っていわれても、声のかけ方は、「僕のことをよく知っている誰か」だけど、「あなたは誰ですか?」みたいな感じのことがあります。すごい失礼な話だなと思って自分はそれがすごく嫌なんですけれども、なかなか抑えがたくてね。もちろんわかる人もいますけど、声だけで判別できるというのは、顔を見て判別するのに比べるすごく難しいと思いますね。

―― リスナーの方も、多分顔を見て声をかけられてもわからないことがあると思います。名乗ってもらった方がいいですね。

小林:もうぜひ名乗ってもらった方が、先々コミュニケーションがスムーズになると思います。「この人誰だっけなー」と探り探りみたいなことが必要なくなるので。最初から言ってもらった方がありがたいです。この人はきっと私の事はわかってないんだろうなっていう前提でぜひ小林に話しかけてもらえるといいなと思いますよね。

―― そうですね。もし他にも、実は誤解されているんじゃないかって思うことがあれば、ご紹介いただけますか?

小林:やっぱり何か特殊能力みたいに思われている反面、目が見えなくなると、あれもできなくなる、これもできなくなると思われている場合があって、例えば一人暮らしは無理なんじゃないかとか、ご飯作るのは無理なんじゃないかとか、買い物はどうするんだとか、1人で外出なんかできないんじゃないかとか、結構いろいろあると思うんですけれども、私は、結構1人で、乗り物に乗って、外出をする、出張をするということをします。

思っている以上に視覚障害者といっても、できないことだけじゃなくて、できることっていうのは、沢山あると思います。ただ、見えている人に比べて、ひとつひとつ時間がかかるようになりました。極めてストレスです。パソコンを使いますし、携帯電話を使いますし、やっぱり1番驚かれるのは1人で外国に行くっていうのが1番驚かれたりしますかねぇ。

―― ご飯も作られるんですか?

小林:ご飯も作ります。包丁は、多分、見てる人は、「ああ、危ない!」ってなると思いますが、普通に切りますし、ガスもつきますし、「慣れ」の世界かなと思います。ただ、やっぱり昔と同じようにはできなかったりします。私の場合だと、常に見えていた頃の自分と比べてしまうことがありますね。

食事を作るだけじゃなくて、食事をとるっていう方ですかね。例えば、気の利いたレストランに行って綺麗に食事したいと思っても、なかなかあと1 個だけお皿に残っている枝豆みたいなのがあって、それがフォークに刺さないと、周りにいるみんなもUFO キャッチャーみたいな感じで教えてもらって、フォークで刺して食べたりとか……。なので、できなくなってきたことも、すごくストレスにはなるんですけれども、それを心の中で周りにいる人たちと「一緒に楽しむ気持ち」もないと多分押し潰されてしまうと思います。

―― 水谷さん何かありますか?

水谷:生まれながら目が見えない全盲の友人は、料理が好きで一人で天ぷらを揚げますし、何か自販機で買おうとて小銭落としたら、何円の小銭が落ちたかわかるんですよ。

小林:すごい、僕は絶対無理です。

水谷:視覚障害者と一口でくくれないなと常々感じますね。

―― ありがとうございます。30 分過ぎました。一旦ここで曲の紹介をしていただけますか。

小林:はい。今日の1 曲。ではレイ・チャールズとノラジョーンズ『Here We Go Again』

―― 今9時39分ですね。新しくお一人、ゲストの方を混ぜて進めていきたいと思います。日本点字図書館の関谷香織さんです。

関谷:どうぞよろしくお願いします。

小林:すごい緊張感があるしゃべり方してるんですけれども、NPO 法人モンキーマジックでずっと僕らの活動のお手伝いもしてくれたりとか、水谷君と同じような形で関わってくれた時期もあったりとかして、私の大事なお友達の1人です。

―― 日本点字図書館がどういうところかご紹介いただけますか?

関谷:映画とかテレビとかインターネットによる動画配信など、私たちの身の周りには映像による娯楽が溢れていると思うんですけれども、およそ30万人の視覚障害者の方は、それらを見て楽しむというのは難しく、読書は視覚障害者の方にとって得られる楽しみの多いものなんです。

視覚障害者用の図書には点字図書、録音図書―オーディオブックを一般の書店では販売しておりませんので、図書館が協力してくださるボランティアとともに、活字の図書の点字化あるいは音声化して視覚障害者の皆様に貸し出ししている図書館です。

―― 公立ですか?

関谷:私たちのところは、民間です。ただ、財源は皆様からの寄付金、助成金です。

―― 場所はどちらですか?

関谷:東京高田馬場にあります。

―― どれぐらいの大きさの施設ですか?

関谷:上は4階建、地下も書庫があるので、地下2階ですね。小林さん行かれたことないですか?

小林:入ったことはありますが、全容は知らないです。日本の視覚障害者を支えてくれる施設の頂点みたいなイメージですね。

関谷:日本の最大規模の図書館であり、貸し出しのほかにもさまざまなサービスを行っていまして、その中の一つに視覚障害者の方の日常生活に便利もしくは、欠かせない商品っていうのを扱っている「わくわく用具ショップ」があります。

―― 小林さんは点字が読めるんですか?

小林:全く分からないです。むしろ、学生時代にやっていた麻雀用語の方が覚えている。とてもじゃないですけど6つの点で点字を読むというのは、にわかに信じがたいですね。訓練がとっても要るものなんだろうなって思っています。

―― 視覚障害の方でも点字が読める方とそうでない方がいらっしゃるんですね。

関谷:点字を読めるのは、全体の視覚障害の方のうちの1 割弱です。なので、点字図書館とは言いながらも、点字が読めない方も楽しめるDVD の映画に合わせて音声の解説がついてるオーディオブックなどがあります。

―― 視覚障害者の方も、映像作品映画などもそういう楽しむことができるというような、ソフトがあったりすると―主に点字図書と、オーディオブックと、映像に対する音声ガイドですかね。

小林: 日本点字図書館って、視覚障害の人がいろいろなものを借りに来るんだそうですけど、点字の図書を借りるのは、借りる数の半分より多いと思いますか?

―― 点字図書館という名前なので点字図書を求めるということで皆さん足を運ばれるのではないでしょうか? 

関谷:正解は、点字図書は9000回/年間。それに対して、オーディオブックの利用の方が13万6000。15倍です。

―― オーディオブックへのニーズが大きいんですね。

小林:そして、実際に僕らが借りたいと思ったときに、その高田馬場にある点字図書館に足を運ばなければなくても借りられるんですよね。

関谷:はい。インターネットによる配信で「サピエ図書館」というものがありまして、インターネットを通じてダウンロードしたり、再生したりできるんです。それは点字図書館と別の団体がやっているんですが、点字図書館も一緒にインターネットを通じて音声を提供する事やインターネットを介してデータをダウンロードしたりできるんですね。

―― 借りに来るための移動の努力というものがそれで一気に省けるんですね。

関谷:電話と郵送でやりとりするっていうのもできます。

小林: 私のような点字がわからない人間にとって、音声化されたものが簡単にインターネットでダウンロードできてそれを自宅で聴くことができるっていうのは極めて大きくて、やっぱり視覚障害の方だと鍼灸・マッサージなどの仕事をしている人も多いので、医学蔵書もたくさんありますし、それから雑誌―週刊文春やAERAもあったかと思うんですけど、読み物としての雑誌もありますし、でも、僕ら一番面白いなと思うのは、一応ランキングが出ているんですが、ほぼ上位に入るのは官能小説です。

水谷:文学のタイトルで検索すると、10タイトルあったら、3、4タイトルぐらいは入ってくるんじゃないかな。

小林:視覚障害者だからって言って求めてるものは何ら変わらないっていう所は極めて大事だなって。特別なことじゃないよね。

関谷:やはり、インターネットの配信ができるようになって、電話をしたり、お手紙で官能小説のタイトルを言うの、なかなか恥ずかしかったかなと思うんですけれど、それがインターネットによって、人に知れずに、自分が読みたいものが読めるというのはいいなと思いますね。

水谷:それは音声化してくれている方は、どなたが?

関谷:それは日本点字図書館に登録してくださっているボランティアさんです。

小林:官能小説をどうしても読んで欲しいってなったら、どうしたらいいのですか?

関谷:本のリクエストを点字図書館にしてもらえれば。担当ではないので、そこのところ曖昧なお答えしかできないんですけど。

水谷:ベストセラーなんかはすぐに音声化されやすいですよね。あとは視覚障害の方しか借りられないんですよね。

関谷:学習障害や発達障害の方で、音声のテキストが必要な方もいるので、必ずしも視覚障害の方だけっていうわけではないです。

―― いったんここで5 分間休憩をとりたいと思います。

―― 時刻は10時を過ぎました。渋谷社会部後半の1 時間に入っていきたいと思います。今日この時間はNPO 法人モンキーマジック 代表の小林さん、水谷さん、関谷さんにお越しいただいています。

―― 関谷さんが、歩行訓練士をしていらっしゃるということですが、そもそも歩行訓練士とは?

関谷:視覚障害者生活支援員、または歩行訓練士と言われるんですけれども、通常、私たちは、視覚以外の情報がオフモードや節電モードになってるんですね。見えなくなったことで、そのオフだったり、節電モードになっている感覚を、起こすといいますか―それが私の仕事かなと思います。

―― 歩行訓練士というのは視覚障害の方をサポートすることだけをいうのですか?

関谷:そうですね。障害者生活支援員というのが、大きなくくりで歩行訓練だけではなく、パソコンの関連ですとか、調理や掃除などの日常生活必要な動作を視覚以外の感覚で、どういうふうにしたらいいのかをお教えするうちの、一つが歩行訓練というもので、外を歩いてるときに、杖からの情報と臭いや音や足の裏から伝わってくる路面の変化をどう使っていくのかっていうのをお教えする仕事です。

―― 例えば骨折をした人が歩けるようになるっていうこれも歩行訓練とは言わないのでしょうか?

関谷:それとは違いますね。私は視覚障害の方の歩行訓練士というもので、骨折した方を対象とするのは、理学療法士です。

―― どういう経験と知識が必要なんですか?

関谷:全国に2つで視覚障害者生活支援員を養成する学校がありまして、その一つの埼玉所沢にある学校を出ています。

―― どんなことを勉強するんですか?

関谷:2 年間の学校なんですが、目の疾患のことですとか、歩行関連の技術そのもの、パソコン、調理、掃除、生活に関わる全ての動作を見えない中でやるにはどうすればいいのかということを、アイマスクをして体験して、教える側だったり、教えてもらう側になってだんだん組み立てていくように習得していきました。

―― 何人同期の方がいるんですか?

関谷:私のときは定員20人で、2年後一緒に卒業したのは10人でした。

―― 2つの学校で毎年20 人弱の人が卒業して、活躍し始めるのですね。

関谷:今はもっと少なく学生さん1人とか2人とか。実際、訓練士不足ではありますね。

―― 卒業して働かれる場所は主にどこですか?

関谷:私が、日本点字図書館の以前に働いていたのが視覚障害者のリハビリテーション施設ですね。

―― 病院ではなく?

関谷:リハビリ施設です。あとは、役所の障害者センターみたいなところに所属している歩行訓練士もいます。

―― 学生が減っている理由は何かあるんですか?

関谷:仕事をする場所が少なかったんです。リハビリ施設も全国に100あるかないかくらいでして、誰かが辞めないとそのポストが空かないんです。ニーズはあるけれど、世の中にも知られていなくて、なかなか職域が開発されなかったっていうような現状もあると思います。

小林:視覚障害者の生活支援員って資格ではないんだそうです。2 年間学校で勉強したとしても、国家資格を得られるわけでもなければ、おまけに仕事もなければ、なり手はいないんじゃないかと聞きます。

我々視覚障害者が、社会復帰したいとかもう一度自分の足で立って歩きたいって思ったときに、すごく支えになってくれる立場の人の数が減ってしまうっていうのは、将来に向かって心配だなって思ってしまいます。

―― 生活支援員の皆さんたちはどういうふうにサポートしていかれるのかなど、具体例を教えていただけますか?

関谷:見え方によってということであれば、例えばその中心部分かと見える方だったら、周囲が見えづらくなっているので足元の段差が見えづらいですとか、あとは向こうから来る誰かわかるんだけれども、急に横切られるとびっくりしてしまうとか、見え方によって生活のしづらさっていうのが違うので、そこに合わせます。

―― 見え方や状況に合わせて、どうしたらいいのか、こういときにこういう器具を使うといいとかそういうことですね。

関谷:そうですね。視野がかけていて、周辺だけ見える方には、ちょっと視線をずらすことで、拡大した文字が見えたりですとか、中心部分が見える方だったらと文字を大きくするのではなく、逆に小さくして見やすくしたりですとか、白内障の方は、光が眩しかったりするので、白い紙に黒い文字で書かれているものが眩しくて見えづらかったりするので、それを文字と、背景の色を反転させる拡大読書器を使って、そういうので見やすさを変えたりしています。

―― 日々、生活上のいろいろな悩みを改善していってるんですね。

関谷:見え方だけではなくてその方の今までの仕事はどうかとか、バックグラウンドによってその方が得意なこととか苦手なこととかあるので、その辺もあわせていながら、「こういうところがいいですよ」っていうような、アドバイスをしています。

―― 生活以外にお仕事とかに関するアドバイスもするっていうことですか?

関谷:私は、生活に関することがメインで、また別の就職に関する専門家がいるのでその方にお願います。

小林:視覚障害になった当初、訓練士のみなさんに「どんなツールを使うと生活が便利ですよ」だとか「どういうふうに移動するといいですよ」という以外に、「こういう社会制度がありますよ」とか、そういうような知識ももちろん持ってらっしゃるので、可能性や情報を提供してくれたっていう印象もありますね。

関谷:実際に私が小林さんと出会ったきっかけも前の職場のレクリエーションで、利用者さんにクライミングをぜひやっていただきたいなっていうのがあったので、イベントに乗り込んでいったんです。

―― 器具の使い方とか、目線の動かし方とかだけでなく、法律など情報も提供するのも大きな役割ということですね。

関谷:はい。視覚障害になると情報障害と言ってなかなか自分で情報を得るのか難しくなるので、私たちもたくさん情報持ってその方は何を必要としているのかなとか、どういったことを情報差し上げたらいいのかなっていうのは常に考えております。

―― 何人ぐらいの障害者の方をサポートされるんですか?長期的にその方をサポートされるのかそれからある程度一定期間が終わった支援プログラムが終わるなど、どんなふうにサポートされてるんですか?

関谷:リハビリテーションでいわゆる訓練施設の場合は、長期的にお付き合いすることが多いですね。相談だけで終わる方ももちろんいらっしゃいますし、今の場所は相談が多いです。

―― どうすれば、生活支援員の方と知り合いになることができるんですか?障害者手帳をもらった時にこういう制度があるから使ってくださいとかって言われてご紹介を受けるようなぐらいスムーズにつながっているんですか?

関谷:役所の担当者の方とか、相談員が、視覚リハのことを知っていれば、繋がるんですが、知らないとそのまま過ぎてしまうこともあります。10年くらい視覚障害リハビリテーションのことを知らずに、家にずっと引きこもっていたという方もいらっしゃいました。

―― 実際その生活支援で本当に日々の日常的な行動が生活支援員の皆さんたちがサポートすることで、生活、あるいは、人生に対する前向きさが変わってくるんでしょうか?

関谷:できないと思ってたことができるんだって思うことは、やはり大きな違いなのかなと思うんですね。

―― 先ほど小林さんも、「視覚障害者も結構できることがあるんですよ。」とおっしゃっていたんですけど、できる方法を教えてあげるというが生活支援の役割なんですね。

関谷:ちょっとした工夫でできないと思ってたことが結構できるようになったりっていうのはあるので、受けていただくと違うかなと思います。

小林:できないということが本当に物理的にできないことももちろんあると思うんですけども、諦めてしまってるということも多いと思うんですね。障害を持ってる本人の問題だけではなくて、例えばご家族とか、周囲にいらっしゃる方たちが「もうあなたは目が見えないんだから無理よ」っていうふうになってしまうっていうこともあったりすると思うので、訓練の皆さんの関わりは、周囲の皆さんへのサポートもしてくれるので、視覚障害者の可能性っていうのは、そういう人たちとの関わりがあるとないのとで、本人たちも、家族とか、例えば仕事してる人だったら会社にいる人たちもそれがあるのかもしれないし、いろんな周囲の変化へのアプローチも、たくさんしてくれる人たちなんだなというふうに思いますね。

関谷:職場の環境を整えたりするのも仕事の一つです。

―― 障害を持ってる方が安全を確保するにはどうすればいいかとアドバイスされていますか?

関谷:例えば何か物を落とした時に、急にかがむと椅子の角に頭をぶつけたりですとか、テーブルにぶつけたりっていうのがあるので、顔の前で手をかざすような感じでかがむと、怪我を減らせるとか……。

小林:でも、酔っ払ってると忘れちゃう。

関谷:もうそこはしょうがないですね。(笑)

―― あと料理する時、危ないからやらせないとなってどんどんやらなくなってしまいますよね。

関谷:例えばまな板の上に、包丁で何かを切っていってて、そのまま見えてた時っていうのは真ん中にどんと包丁を置いてたと思うんですが、そうすると、移動したときに包丁がお腹で動いて足元に落ちてくる恐れもあるので、そういうときはまな板の奥に定位置として決めておくと、探す必要もないですし、あとは出て足元に落としてしまうということもないので、そういうことをお伝えするのも仕事です。

水谷:千切りするとき、ボウルの中にキャベツを置いて、その中で包丁を動かすなんてことも聞いたことあるんですけど……

関谷:初めて聞きました。

水谷:小林さん家で久我山盲学校の子がお好み焼きか何か作る時にそんなことしてたような気がするんですけれど……

小林:彼は全盲の男の子なんですけれども、家にいると包丁を持たせてもらえることはまずないっていうことで、まな板の上で切れなくて、周りが騒いでいたから、ボウルに入れて、その中で包丁を使っていたんです。

関谷:工夫の一つだと思うんですよね。その方にとって安全なのはボウルの中でガシガシ切ることであれば、一つの方法としていいんだと思います。

小林:もう1人そのとき面白かったのは、弱視の子で、中学1 年に上がる春休みに私の家に男の子たちが5人集まってお好み焼きを焼いたんだけれども、家ではヒックリ返したことがない。お母さんからしたら暮らしの中なので、どうせ汚すからやらせてもらえない。「やってみたかったんだ!」と言ってすごく嬉しそうにひっくり返していたしね。その1回っていうのが多分、今後自信になって、「できたんだからやらせてよ!」って言ってできるんじゃないとなるのかなと。やってみるチャンスがすごい大事だなとそのとき思いました。

―― チャンスとそういうちょっとしたノウハウというかね、効率的にかつ安全にやるという方法があれば、それだけ成功体験がが実感できるんですね。目の前でできるっていうことを実際に経験される方を見ると、関谷さんも感じることはありますか?

関谷:やりがいはありますね。

―― 視覚障害者の方にリハビリテーションという言葉があること自体目から鱗でしたし、専門にしている職種の方がいらっしゃるということをもっと知っていただくと良いのかなと思いました。ありがとうございます。

―― そうしましたら、またちょっとここで1 曲休憩を入れましょうか。

関谷:GAGLE / ソレイライ feat. MONKEY MAJIKです。

―― 時刻は10時28分です。ここからも引き続き渋谷社会部を続けていきたいと思います。視覚障害のことを知ることができるクイズが用意されているということで、早速1 問目から。

関谷:日本の人口に対して、視覚障害の方は何人に一人でしょうか?

―― 1,000人に一人ですか?

関谷:約400人に一人です。いわゆる身体障害者という方が(約)366万人で、そのうち視覚障害者の方が(約)31万人。

小林:身体障害者というのは視覚以外だと、どういう方がいるんですか?

関谷:聴覚障害、言語障害、肢体不自由、内部障害で、1,000人に29人くらいです。

小林:今の数字を聞くとクラスに1人くらい(40人に1人)は、身体障害者の友達や家族がいるって本当かな?って感じてしまう。肌感覚としては意外といないよう感じがしてしまうような気がするのは、障害をもっている人が表に出ていないからなのかもしれないですね。

―― 31万人のうち、先天的な視覚障害の方と後天的な視覚障害の方との割合は分かりますか?

関谷:今ちょっとわからないですけれども、全く見えない方と何らかしらの視覚情報を得ながらと見えづらい中で生活している方の割合は、障害手帳を持っている方のうち、1級障害―両方の視力を足した数が0.0以下―が1割くらいです。それ以外の方は、ぼんやりと見えるとか、光を感じるという状態です。

―― ありがとうございます。

小林:出張でよくビジネスホテルに泊まったりする機会があるんですけれども、「うちのホテルはバリアフリー対応です。車いすの方でも宿泊できて、段差のない部屋を兼ね備えてますし、情報板には点字が貼ってあるので視覚障害者の方も安心して宿泊いただけます!」と書いてあったところがあって、情報保障がされてるかっていうと、決してそうではないと思うんです。

点字があれば、目が見えない人は全員それを理解できるんだっていう変な思いこみとか、社会で信じられているっていうのがやっぱりあるのは面白いなって思います。

水谷:私もモンキーマジックに関わる前は、点字があることで「バリアフリー対応してるんだな」って思っていた節がありますから。

小林:最近の新しい駅では、改札口の近くに「ここに点字案内板があります!」って言っているけれど、その点字案内板に触っても、まったくわからないもん。

―― 点字案内板を読めない方にとって、こういうのがあればいいなというものはありますか?

小林:デジタル機器が充実していて携帯のGPS を使えば目が見えない人でも歩いて進んでいくこともできるとは思うのですが、でも詳細に改札口の横の駅員さんのいる場所がどこかっていうことは分かったりしないし、機械では解決できないこともあるので、人とのかかわりってどこまで行っても変わらないんだろうなって思うし、逆に周りにいる人たちに支えてもらうだけでなく、本人たちも発信したりとか、どうしてもできないことだけ、ちょっと助けてもらうとか、自分でやり進めていく努力とか、その両方が必要なんじゃないのかなと思うんですよね。 

そうでないと、「点字板がないから全部お手上げです。助けてください」となってしまうので、そのバランスをとるのがこれからもっと要になってくるんじゃないのかなって思うんですよね。

―― 次のクイズ行きましょうか。

関谷:視覚障害の方は夢を見ると思いますか?

―― はい。

小林:じゃあ、どんな夢を見ると思いますか?

―― 健常者と変わらないような夢を見てるんじゃないかなとちょっと思ってましたけど、どうなんでしょうね。

小林:私は今日前半から話している通り、昔目が見えていて、人生の途中で目が見えなくなってきたので、頭の中では常にというか見てた過去の映像があって、そこの中で生きていると自分は思っているので、夢もはっきりとした絵で見えます。

多分今夜は「渋谷のラジオ」で話しをしている自分を見てるんじゃないのかなっていうふうに思います。

先天性の全盲の友達に同じような質問をしたことがあるんですが、2種類の答えが返ってきました。

1人は、夢はみるけれども、音で見るって言ってました。つまり、音声だけが聞こえてくる。

もう1人は、絵で夢を見るといっていました。何年か前に、「赤いスポーツカーを運転してイチロー選手を迎えに行った夢をみたんだよ」って言ったんです。脳の中で何が描かれてたのかっていうのもすごい興味があったんですよね。

逆に、みなさんは、空を飛ぶ夢を見ますか?

関谷:小さいころは。

水谷:ありますね。

小林:空を飛ぶ夢って、空を飛んでいる自分が地面を見下ろしているような状況か、それとも空を飛んでいる自分を第3 者的に見てた夢だったか、どっちだったか覚えてますか?

水谷:自分が地面を俯瞰してますね。

関谷:私も。だから飛んでいる自分は見えないです。

小林:両方の人がいるらしいんですよ。飛んでいる自分を第3 者的に見てる夢だという人もいれば、自分の目線で見下ろしている人もいる。飛行機の窓から下にいるとか、自分の目線なのは、何となく想像できるけれども、自分が飛んでいる姿なんて見えないから、完全に想像の世界なはずなんです。やっぱり人間の脳の中には、想像の世界の中の映像を作り出す力はすごく強くあるんじゃないかって言う話を聞いたことがあって、だからから視覚障害者でもどんなような形であれ、目が見えている人の夢の見え方が違うように、視覚障害者もさまざまな形で、夢を見ていると聞きました。私も絵ではっきりいろんなもの見ます。

―― 音で見るっていう方もいらっしゃるという話がありましたが……

小林:そうですね。その方の場合は、先天性の生まれつきの全盲の方だったので、映像のイメージがその方にはないんだというふうにおっしゃっていて、普段の暮らしの世界がそこにあったって言ってました。

―― いろんな夢の見え方があって面白いですね。次の質問にいきましょうか。

関谷:視覚障害の方はiPhoneを使っているか?

―― よく考えられている商品だと思うので、使っているんじゃないですか?でもどういう風に使っているかわからないです。

関谷:もともとボイスオーバーというソフトが入っているので、関連情報を音声で説明してくれます。画面をたたくと決定など、音声と併用することで使えます。

小林:Suicaが広まったので、最近切符を買う機会って少ないと思うんですけども、電車の駅の券売機も、いつしかタッチパネルになりましたよね。目が見えない人切符を買うとしたら、どうやって買うと思いますか?

―― 音声を出すボタンがあるんですか?

小林:必要がないと全く気が付かないとおもうんですけれど、実は小銭を入れる穴のすぐ上に、電卓のテンキーみたいなものがあってそこの左下に米印を押すと、券売機は喋り出してくれるんですよ。発券方法なんか。「切符を買うのは1番」「Suica のチャージは2番」みたいに。あと、銀行のATMもそうですよね。私の場合は、セブン銀行ATMだと、自分で出したり入れたり振り込んだりができるんです。

―― それは何か違うんですか?

小林:はい。それは他のコンビニのATMではできないんです。どなたでもできるので是非やってみてほしいんですけれど、問題があった時に呼び出し用のインターホンみたいなものが横にありますよね。あれを取って、聞くと「係員を呼び出すのが1番」「音声使うのは2番手」って言ってくれて、受話器の番号を押すだけで、お金の出し入れ振り込みがちゃんとできるんです。必要ない人には必要ないんだけれども、必要のある人には、ある何かをすると使えるっていうのが、結構実は沢山あります。

私はAndroid 使ってるんですけれども、Android もそのあるしゃべる機能を使うことによって、見えている人と同じようなスピードと全く同じようなことはできないかもしれないけれども、電話が使えて、インターネットに、社会にアクセスできるっていう感じです。

―― いろいろ対応している機器は増えてはきているということですね。

水谷:なので、視覚障害でスマートフォン持ってる方も、「渋谷のラジオ」のアプリはダウンロード済みですよね。

小林:もちろん!

―― あと時間が4分くらいなので、もう1ついけますか?

関谷:(歩くときの)点字ブロックの国際基準について。①デンマークでつくられた ②スウェーデンでつくられた ③アメリカでつくられた ④そういう基準はない 、のどれだとおもいますか?

―― ②スウェーデン。

関谷:正解は、④の基準はありません。こういうのだといいよ、っていうものはあるんですが、こうしてください!みたいなものがない。一応、丸くボツボツとした危険を知らせる警告ブロックと、方向を案内する長細いものはあるんですが……。

小林:でも(日本のように)私たち目の見えない視覚障害者が街を1人で歩けるようなものが広がっている国は、ほかにないと思うんですね。東京は世界で一番視覚障害者が暮らしやすい街だと思うんです。

―― 本当ですか?

小林:点字ブロックだったりとか駅の情報案内だったり、駅員さんの補助だったりが充実しているところはないと思うし、それから、皆さんが会社の中で社員教育として障害者を支援しましょうという教育を受けていたり、学校教育の中で障害者理解みたいなものが進んでいって僕らがちょっと困ってると「大丈夫ですか、お手伝いしましょうか」って声かけてくれる人が増えてきたので。どんなにiPhoneなどが充実しても、どんなに点字ブロックができていても、それでも人の力が最後は支えてくれるというところのこの部分まで、人々の優しさというか社会を一緒に生きてこうっていう気持ちが今伝わってくるようになっていて、ほんとにいいことだなと思うので、この世界一 の東京を、もっともっとよくしていくように社会に働きかけていけたら本当にいいなって最近常々思います。

―― ちょっと誇らしいですね。世界各地を旅してる小林さんにはそういうふうにおっしゃるんであれば……。大事にしていきたいなというふうに思うところですね。

小林:かつて日本は、ハードはあるけどソフトは……なんていわれたりしたと思うんですけど、本当に胸張ってもらっていい時代がやってきたと思うので、東京もっと良くして、それから東京でおきていることをもっと広げていけたらいいじゃないかなと。渋谷をよりエッヂを立ててそのままよくして行けたらいいなと思います。

―― ありがとうございました。いろいろと勉強になるお話がありました。またよろしくお願いいたします。

⇒ この番組の放送内容はこちらからお聴きいただくことができます

テキストライター/松岡 永里子さん

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