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190416_「好き」と「苦しい」の関係_14日目

「好き」だから「苦しい」ということ。

―世の中一般的に、恋すると苦しくなるっていうじゃないですか。あれってなんでだかわかります?

たぶん、好きだからなんですよ。

―なんで好きだったら苦しいかわかります?

苦しいから手放すっていうシンプルなことができないからなんですよ。苦しかったら手放せばいいだけのこと。

でもその対象に対して執着があって手放せなくて、苦しむしかないからなんです。

だから、「苦しい」っていう感覚の前提に「好き」っていう感情があるはずなんですよ。

人間って、手に入れたものに対して、手に入れるまでに掛けたコスト分の価値があると思い込む生き物だと思います。だから、コストを掛ければ掛けるほど、対象に価値があると思うようになります。

なので、マーケティングやプロモーションの設計において、この「手に入れるハードルの高さ」の設計は命の次に大事なわけですね。

気をつけなきゃいけないのは、「好き」の伴わない「苦しい」ですね。

これを続けてしまうと精神がぶっ壊れます。

なので、「苦しい!」と思った先に「好き」がないと思ったら、さっさと撤収するに越したことはありません。個人的にそういう経験をしたことがあって、本当に「目の前が真っ暗に」なった記憶があります。もっと早く逃げときゃよかった。

ぼくが問いたいことは、

その「苦しい」の先に「好き」がありますか?

ということです。

「好き」を自覚していると、わりとどんな「苦しい」にも耐えられるんじゃないかと思っています。つまりは「WHY」の自覚なわけなんですがね。

それがぼくの場合、「言葉」とか「テキストで伝える」ということなんだろうと思います。だからたくさんワインを飲んでめちゃくちゃ眠くてお風呂に入りたくてnoteなんか書きたくねえよって思いながら、いまこうやって書いてます。つらみ~。苦しみ~。ちろうみ~。

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