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「えーーーーー、国際結婚!?」エミコが突然大声を出し、隣に座っているカップル客が二人揃って怪訝な顔を向けた。エミコは酒が入ると声が大きくなりすぎるきらいがある。社会人になってもそのクセは全く抜けていないようだ。

周囲への迷惑に気づいていないエミコに代わり、向かいに座っているサナが隣に軽く会釈をし、詫びの姿勢を見せた。

「しーーっ」サナは自分の唇に人差し指を当てエミコに注意するものの、当の本人は全く気にする素振りもなく、「で? 誰なの? カナちゃんの結婚相手って」と鼻息を荒くしている。30歳間近の女子が金曜日の夜に酒を片手に話すことといえば、誰それちゃんが結婚するだの、付き合っただの、不倫しているだの。仕事の話も自身の恋愛話も尽きた今、他人様の恋愛事情で持ち切りになるのは、当然といえば当然のことだった。

「超エリート証券マンらしいよ。名前は……リチャードだったかな。しかもカッコいいの。写真でしか見てないんだけどモデル並に小顔で。ツーショット写真もらってるよ、見る?」

サナは、今日絶対この話をするんだと決めていたとっておきのネタを披露し満足した。なんて言ったって、あのカナちゃんの結婚の話題なのだから。

高校時代、まるで恋愛なんて興味がないといった感じの大人しめの優等生が、イケメン証券マンと国際結婚なんて言ったら、誰がどう考えても特ダネでしょう。サナは自信満々だった。

一通り話し終えると、目の前にあるたっぷり盛られた生ハムに手を付けた。ここは2人の行きつけのスペインバルで、月に2回は来ているからだろうか。生ハムの量は、来る度に増えている気がしてならない。

ほとんど食べ尽くした料理の中でも一番気に入っている生ハムに舌鼓を打ち、目を細めていると、エミコが黙っていることに気づいた。片目を開けて様子を伺う。目に飛び込んできたのは、さっきまでの興奮した様子とは打って変わり、ガクンと頭を垂らし明らかに憔悴しているエミコの姿だった。

「え? 何? どうしたの?」サナは席を立ち、エミコの顔を横から覗き込んだ。

「リチャード……」エミコが口をパクパクさせながら、今にも吐きそうなほど顔を真っ白にしている。

「もしかして、知り合い……?」サナはなんとなくイヤな予感がして、近くにいる店員を呼び水を頼んだ。ついでに今日は長くなると察し、白ワインのボトルも追加した。

「話す? それともやめとく? 今日はとことん付き合うよ」

お世辞にも昔から恋愛運があるとは言えないエミコのことは、幼なじみの自分が一番理解している。サナはそんな自負心から、エミコが口を開くまで一人ワインを注いでは飲みを繰り返し、その時を待った。

「リチャードは……」2本目のボトルが1/3ほど空いた頃、ようやくエミコが顔を上げた。そしてグラスに残った白ワインを勢い良く飲み干すと、ポツリポツリと話し始めた。口から先に生まれたのではと疑いたくなるほど黙るを知らないエミコがここまで口を閉ざしたのは、知り合ってから初めてのことではないか。サナは妙に感心しながら、今にも泣き出しそうなエミコの顔を見つめていた。

「サナには言ってなかったけど、私、リチャードと一時期付き合ってたことがあるの。いや正確に言うと、私としては付き合ってたかな。彼には彼女がいることを知ってたんだけど、好きになっちゃって……。リチャードも彼女とは別れるから、だから一緒にいてほしいって。私その言葉信じてた。ごめん黙ってて」

「でも、結局は別れなかったと?」

感情を込めて話すエミコとは対称的に、サナは昔にも聞き覚えのあるような話だな、あれは誰だったかな? コーイチ? ケント? と酔いが回ってきた頭で、一生懸命顔と名前を思い出しながら聞いていた。

「うん。でも結婚するなんて聞いてなかったし、何より相手がカナちゃんだったなんて……。確かに私とリチャードが知り合ったのは、カナちゃん主催の飲み会だったけど、二人ともそんな雰囲気じゃなかったし」

ここまで言うと、エミコは声を張り上げてワンワン泣き出した。またも隣の客がこちらを見た。柿は食っていないが、牡蠣ばかり食べている客に向かって、すみませんと、もう一度サナは会釈して謝った。

「でもさ、何で教えてくれなかったの? リチャードとのこと」サナは段々ペースが上がってきたエミコの空いたグラスを見ながら、もう一本頼むべきか悩み始めていた。サナの経験上、終わった恋愛の話だったらエミコは回復が早い。早く切り上げて、ただ楽しく飲みたい。今のサナの頭の中はそれだけだった。

「だってサナ、不倫とか略奪愛とか嫌いでしょう? 以前ケンイチとそういう関係になった時めっちゃ怒ってたから。サナにだけは絶対嫌われたくないし」

あー、あの人ケンイチだったか、とスッキリしたのも束の間、好きな男と女友達だったら、真っ先に「男!」と言ってのけそうなエミコから意外な言葉が出たことにサナは思わず目を丸くした。

「じゃあさ、次に好きになった人にやっぱり彼女がいて、それが私だったらどうする?」

「え……、彼と別れる……」

「本当? 今一瞬、迷いがあったよ」

「本当本当! 絶対! 誓う!」

エミコの顔は涙で化粧が崩れて、それはそれはひどい状態になっていたけれど、晴れやかな良い表情になっていた。

「じゃあ友情に乾杯ってことで、もう一本いっちゃう?」

サナより先にそう提案したのは、エミコの方だった。




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