スピリチュアルな誤解(2):宗教やスピリチュアルで人格は悪くなる

 それでは、少し具体的に話をしていきたいと思います。まずは宗教とかスピリチュアルをやっている人は人格者であるという幻想です。宗教とかスピリチュアルをやっている人は、きっと人格的にも優れているに違いない、と多くの人が漠然と思っていますが、そういうことは全くありません。
 例えば、有名な役者とかスポーツ選手に人格者を期待するのと同じです。相撲は国技と呼ばれ、横綱という存在は心技体共に優れていないとなれないとされていますが、芸能ニュースを賑わす事件とかをみれば必ずしもそうでないことが分かります。学校卒業してから、相撲界という閉鎖的な社会に入り、その他の社会を経験することなく、横綱になるのです。しかも横綱になるためには、時間のほとんどを稽古に割かなければなりません。そういう人物がどうやって人格を磨けるというのでしょうか。逆に人格云々を言うことの方が酷だと思います。
 宗教やスピリチュアルな世界も同じです。宗教で言えば、閉鎖された社会で生き延びて来た人たちが指導者と呼ばれるようになる訳です。一般の社会常識など身につけられるはずもありません。また、近年のスピリチュアルブームで、様々能力などでリーダーと呼ばれる人たちも同じです。社会常識なども必要がなく、スピリチュアル好きな人たちの中という閉鎖空間で評価された人たち、そういう人たちが人格者である訳もありません。
 さらに言えば、根本的な構造の問題があります。人は意識を自分の外に向けるか、内に向けるかしかありません。瞑想とか自分軸とか自分に向き合うという話は、全て人の意識を内に向けさせます。人が意識を内に向けると、自動的に外への意識がおろそかになります。外への意識とは、他人に対する配慮、思いやり、他人と接するコミュニケーション、社会的な役割を果たすこと、家族の中での役割を果たすこと、親としての役割、パートナーシップとしての役割、そういうことが全ておろそかになってしまいます。
 もちろん本人の選んだ人生なのでそれが悪いというつもりもありません。しかし、宗教とかスピリチュアルなことは、意識を自分の中だけにしか向けなくなる傾向を強め、だんだんと社会不適合になっていくのは事実だと思います。これが、宗教とかスピリチュアルをやると人格が悪くなるという理由です。原因は、意識が内に向くか外に向くかの話だけであり、万有引力の法則みたいなもので、人格は悪くなるか、おかしくなるかしかありません。
 もちろん、それをキチンと理解した上でバランスをとりながら宗教やスピリチュアルに向き合うことは良い事だと思いますし、大切な事だと思います。しかし、多くの人が漠然と宗教とかスピリチュアルな人に、人格者の幻想を投影して、それと違うと分かると、詐欺とかインチキとか言い出す、そういう構造はそろそろ終わりにしたらどうかと思います。
 宗教やスピリチュアルに向き合う時は、すなわち自分の内面と向き合う時は、それと同じぐらい自分の外と向き合う、すなわちコミュニケーションとかビジネス、家庭の役割とかに比重をかけなければなりません。これは宗教やスピリチュアルを見分ける基準にもなると思います。

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金子浩一

実用的なスピリチュアルを求め、ビジネス、ヒーリング、スピリチュアルなど幅広い情報発信を行う。30年間シャープに勤め、「MZシリーズ」、「書院」、「ザウルス」などを担当。2012年に退職、その後、スピリチュアルとビジネスとを融合させた新しい形のセミナーやワークショップを行う。

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