ここが問題! 新しい水産資源の管理 第7章 新しい資源変動の考え方を検証する

 第6章において、新しい資源変動の考え方を説明しました。現行の資源変動理論を一言でいうと、密度効果を非常に重視し、「再生産成功率(0歳魚尾数÷親魚量)は親魚量水準によって決定される」という考え方をするのに対して、新しい資源変動理論では、密度効果は考慮せず、「再生産成功率は環境変動によって決定される」という考え方をします(第6章、図6-7)。

 この考え方が正しいか否かは、再生産成功率が環境変動によって、実際にどの程度再現可能かを見れば、判断することができます。第7章では、再生産成功率が環境変動によって、どの程度再現可能であるかを調べることにします。

7.1 環境変動要因として何を用いるか?

 既に述べたように、再生産成功率は親魚量1キログラム当りの0歳魚尾数で定義します。ところで、「再生産成功率が環境変動によって決定される」としても、環境変動としてどのような環境要因を選んでくればいいのかは、とても難しい問題です。

 再生産成功率に影響を与えている環境として、まず第一に思いつくのは、卵が生まれた時や孵化してから数日間から数ヶ月間の環境が極めて重要ではないかということです。

 孵化後しばらくして、自ら餌を食べ始める時期に、餌となるプランクトンの量が多いか少ないかによって、生残率が決まり、0歳魚尾数の多寡が決定されるという説もあります。

 つまり、餌となるプランクトンの量も時間的に変動しますから、ちょうど餌となるプランクトン量が多い時期と孵化後の餌をとり始める時期とが、うまく一致した時(マッチした時)に、生残率が高くなり、そうでない時(ミスマッチした時)には、生残率は低くなるという考え方です。「マッチ・ミスマッチ仮説」と言われています[1]。

 しかしこの仮説が正しいか否かを証明するのは至難の業です。なぜなら、餌となるプランクトン量の時間的・空間的な情報が長期に渡って収集されていなければ、論証することができないからです。そのようなデータは残念ながらほとんど皆無です。小達和子博士が調べられた長年にわたる貴重なプランクトン量の時間的、空間的な情報もありますが[2]、それでも上記を論証するには十分とは言えません。

 次に、考えられるのは水温情報です。これについてはかなり膨大な情報が蓄積されており、全球の表面水温などについては、気象庁がかなり昔のものからホームページ上に公開しています。

 この情報を用いてある魚の再生産成功率との関係を分析しようとすると、その魚の産卵海域や孵化後の生息海域の水温情報を、気象庁のデータベースから自分で作り直さなければなりませんが、実はこれが結構大変な作業になります。

 産卵海域や、孵化後の生息海域といっても、北緯何度から何度、東経何度から何度といった具合に正確にはわかっているわけではありませんし、年によっても産卵海域や、孵化後の生息海域は変化するので、再生産成功率の変動を水温情報で説明するのは、なかなか大変です。

 そこで、誰でもがもっと簡単に入手出来て、簡単に使えるような環境変動の指標となるようなものはないか、といろいろ探していたところ、ようやく、北極振動指数と太平洋10年規模振動指数という2つの指標が使えそうだ、ということがわかりました。あまり聞いたことがないと思いますので、以下で説明します。

7.2 北極振動指数とは?

 北極振動について、ウィキペディアに以下のような説明があるので引用します[3]。

 「北極振動(Arctic Oscillation:AO)とは、北極と北半球中緯度地域の気圧が相反して変動する現象のことである。テレコネクション(大気振動)の一種で、気温や上空のジェット気流流路等にも変化をもたらす。冬季にこの振動の幅が大きくなると、北半球の高緯度・中緯度地域で寒波やそれに伴う大雪、異常高温が起きる。」

 図7-1 は、地球を北極上空から見た時の図で、北極振動指数がプラスの値を持つ時とマイナスの値を持つ時の北半球の様子を示しています[4]。

図7-1 北極振動(AO)指数 がプラスの時とマイナスの時の地球の様子

 北極振動指数がプラスの値を持つ時は北極付近に低気圧があり、その周りをジェット気流が反時計回りに吹いています。この時は北極付近が平年に比べ寒冷で、その周りの中緯度地域が暖かいという傾向があります。日本は中緯度地域にあるので暖冬になります。

 反対に、北極振動指数がマイナスの値を持つ時は北極付近に高気圧があり、その周りをジェット気流が反時計回りに吹いています。

 この時は北極付近が平年に比べ暖かく、その周りの中緯度地域が寒冷という傾向があります。日本は中緯度地域にあるので寒冬になります。このように北極振動指数は北半球全域の気候変動に影響を及ぼすものです。北極振動指数は1950年から毎年、月別の値がアメリカ海洋大気庁(NOAA)のホームページに公表されています[5]。

7.3 太平洋10年規模振動とは?

 ウィキペディアに以下のような説明があるので引用します[6]。

 「太平洋十年規模振動(Pacific Decadal Oscillation:PDO)とは太平洋各地で海水温や気圧の平均的状態が、10年を単位とした2単位(約20年)周期で変動する現象である。太平洋10年周期振動とも言う。海洋と大気が連動して変化する。」

 図7-2 は、地球を赤道上空から見た時の図で、太平洋十年規模振動指数がプラスの値を持つ時とマイナスの値を持つ時の全球の様子を示しています[6]。

図7-2 太平洋十年規模振動(PDO)指数 がプラスの時とマイナスの時の地球の様子

 太平洋十年規模振動指数がプラスの値を持つ時は太平洋海域が平年に比べ冷たく、南半球があたたかいという傾向があります。日本は中緯度地域にあるので寒冷になります。

 反対に、太平洋十年規模振動指数がマイナスの値を持つ時は太平洋海域が平年に比べ暖かく、南半球が寒冷という傾向があります。日本は中緯度地域にあるので暖かくなります。

 このように太平洋十年規模振動指数は地球全域の気候変動に影響を及ぼすものです。太平洋十年規模振動指数は気象庁のホームページから1900年以降の毎年・月別の値をダウンロードすることができます[7]。

7.4 相関係数を計算する

 次に、北極振動指数や太平洋10年規模振動指数と再生産成功率との関係を調べる方法について説明します。

 t年1月、t年2月、・・・、t年12月の太平洋10年規模振動指数のことを、PDO(t, 1)、PDO(t, 2)、・・・、PDO(t, 12)と書くことにします。

 同様に、t年1月、t年2月、・・・、t年12月の北極振動指数のことを、AO(t, 1)、AO(t, 2)、・・・、AO(t, 12)と書くことにします

 もし、「PDO(t, 1)が高い値の時には、t年の再生産成功率も高い」という傾向がある時は、「PDO(t, 1)とt年の再生産成功率は正の相関がある」と言います。

 反対の場合は、すなわち、「PDO(t, 1)が高い値の時には、t年の再生産成功率が低い」という傾向がある時は、「PDO(t, 1)とt年の再生産成功率は負の相関がある」と言います。

 その相関の強さを表したものが相関係数です。相関係数はマイナス1からプラス1までの値をとり、相関係数がマイナス1に近ければ近いほど、非常に強い負の相関があり、相関係数がプラス1に近ければ近いほど、非常に強い正の相関があると判断します。

 もし、PDO(t, 1)とt年の再生産成功率には強い正の相関があるということがわかれば、1月のPDOが高い年の再生産成功率は高い値になり、1月のPDOの値が低い年の再生産成功率は低くなる、ということが予想できます。

 このような関係があるか否かを、他の月についても調べます。すなわち、t年2月の太平洋10年規模振動指数PDO(t, 2)と、t年の再生産成功率の相関係数、t年3月の太平洋10年規模振動指数PDO(t, 3)と、t年の再生産成功率の相関係数、・・・、を計算していきます。t年のPDOと、t年の再生産成功率の相関係数を計算した例を、表7-1(2列目)に示しました。

表7-1 再生産成功率(RPS)とPDOの相関係数.
     赤字は有意確率(後述)が5%以下で、最も高い相関係数を示す. 

 次に、1年前、すなわち、t-1年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-1, 1)と、t年の再生産成功率との相関係数、t-1年2月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-1, 2)と、t年の再生産成功率との相関係数、…、を計算します(表7-1、3列目)。

 同じことを、今度はもう1年ずらして、すなわち、t-2年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-2, 1)と、t年の再生産成功率との相関係数、t-2年2月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-2, 2)と、t年の再生産成功率との相関係数、・・・、を計算します(表7-1、4列目)。

 なぜ、このように年をずらして計算してくのかについて、次に説明します。

図7-3 成熟年齢が2歳の場合の0歳魚尾数と親魚量の関係

 図7-3 は、第6章の図6-2 と基本的には同じものですが、図6-2 のように0歳魚尾数と親魚量のY軸の値が一致するような調整は行なわないで、0歳魚尾数と親魚量の変動を示したものです。ただし、加入量は尾数、親魚量は重量ですから、Y軸の目盛りや単位は異なります。基本的な考え方は、図6-2 と同じで、0歳魚尾数が環境変動によって周期的な変動をしているものとします。

 成熟年齢が2歳の場合を例として説明します。親魚量は成熟年齢分(2年分)右側にずれた曲線で表すことができると仮定しているので、0歳魚尾数aは2年後に親魚量Aになります。0歳魚尾数bも同じく2年後に親魚量Bになります。

 0歳魚尾数aに2年間の生残率をかけて重量に変換したものが親魚量Aですから、0歳魚尾数aが大きいと親魚量Aも大きく、0歳魚尾数aが小さいと親魚量Aも小さいということになります。

 例えば、マサバやマイワシなどのように自然死亡係数が0.4の魚に対して、漁獲係数が0.3となるような漁獲の強さで操業しているときは、1年間の生残率は0.5でしたから(第2章の表2-1)、2年間の生残率は0.5×0.5で0.25になります。従って、0歳魚尾数に0.25をかけて体重に変換したものが親魚量になります。つまり、t年の親魚量はt-2年の0歳魚尾数に比例するということです。

 図7-3 を見ていください。t年の再生産成功率はt年の0歳魚尾数÷t-2年の親魚量で計算します。もし、t年の親魚量は、t-2年の0歳魚尾数に比例しますから、t-2年の0歳魚尾数がt-2年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-2, 1)と強い相関があるものとすると、t年の親魚量も PDO(t-2, 1) と強い相関があることになります。

 すなわち、t年の再生産成功率はt年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t, 1)ばかりではなく、t-2年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-2, 1)とも強い相関があるということになります。他の月についても同様です。

 話を簡単にするために、これまで成熟年齢は2歳とか3歳とか1つの年齢のみで代表させて説明してきました。しかし、実際には親魚は成熟した複数の年齢の魚から構成されていますから、寿命が3歳の魚の場合は、親魚量は2歳の魚だけではなくて、3歳の魚も親魚量を構成しています。

 従って、3歳の親魚に対しては、t年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t, 1) だけではなく、t-3年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-3, 1)とも強い相関があることになりますから、結果的には、再生産成功率はt年だけではなく、t-2年、t-3年1月の太平洋10年規模振動指数PDO(t-3, 1)とも強い相関があるということが想定されます。

 寿命が長い魚の再生産成功率は、さらにさかのぼった年の1月の太平洋10年規模振動指数とも強い相関があるということになります。これが、年をずらして相関係数を計算していく理由です。北極振動指数についても全く同様のことを行います。

7.5 再生産成功率を再現する

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